第6話
先輩の20年はどんな風だったのだろう。
もしこの店に通えば、いずれはそんな話もできるのかもしれない。
でも…
おそらく私はもうここには来ないだろう。
私の世界で、一番美味しいカレーだったけれど。
先輩の変わらない笑顔を見られただけで、それが全てだった。
過去はわからないけれど、同じように時を経て、今の彼がいて、
記憶の中の面影と同じように笑っている。
高校の時に見ていた、また、桜祭で見せたあの笑顔のままで。
スタッフや客たちと話す彼は、今、幸せそうだ。
それだけで、心が温かく満たされた。
ここからまた私も歩いていける。
レジでお会計をしていると、お釣りを渡す先輩の手が止まり、
今日初めて正面で視線がぶつかった。
「どこかでお会いしてませんか?」
先輩が記憶を辿り、私の目の奥に答えを探しながら言った。
私の心と瞳が一瞬揺らいだのが、自分でもわかった。
お釣りを受け取る手が震えそうになるのを耐えて答えた。
「いえ、私は初めて来ました。カレーとても美味しかったです。
今まで食べた中で一番!」
先輩は少し恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうに
「ありがとうございます。またお待ちしてますね。」
最後にもう一度、あの笑顔を見せてくれた。
入った時と同じように、ドアベルが耳に心地よく鳴る。
外に出ると、春の夕暮れ特有の、甘い桜色の光が顔を射し、空は次第に群青色へと変わっていった。
ー完ー
再会 文月 香奈 @fumiduki_kana
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