第5話
今の私は、現実から逃避したかった。
日々同じことの繰り返しのような仕事からも。
別れた恋人の残像からも…。
逃げ出したいのに、何かを起こす気力は湧かず、ぼんやり時が過ぎるのを待っているしかなかった。
けれど、写真を見た時、先輩に会いたいと思った。
きっと彼は私のことを覚えていないことも承知している。
しかし、一筋の光を見つけたような気がして、ただこのお店に来てみたかった。
何の考えも、期待もなく、ただ懐かしさで胸がいっぱいになった、その気持ちを行動に移したかっただけなのだ。
「お待たせしました。」
テーブルに注文したバターチキンカレーと、豆のインドカレー、サラダ、オリジナルのラッシーが運ばれてきた。
「美味しそう」
食欲をそそるスパイシーな香りに、思わず声が出た。
「ごゆっくりお楽しみください」
先輩は嬉しそうに笑顔でそう言って、再び厨房に戻っていった。
料理は本当にどれも美味しかった。
2種類のカレーもナンにとてもよく合い、今まで食べたことのないものだった。
本場の味へのこだわりを感じた。
雑誌には、先輩が毎年インドにスパイスや新しい料理を求めて買い付けに自ら赴くと書かれていた。
バイオリンを奏でていた先輩が、インドという国に魅了されるまで、そしてこの店を開き、雑誌に載るほどの人気店へとしていくのに、一体どれほどの経験や苦労があったのだろう。
私は一口一口味わいながら、料理を堪能した。
ー続くー
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