第5話「熟練の技」

 足早にドリンクカウンターへと進み、推定二十代前半の女性店員がドリンクの準備をする間、私はサービスカウンターからガムシロップをひとつ取り、続いてトレイ右半分の中央に置かれたお手拭きを右隅へと移動する。


 先週の一件は忘れもしない。

 あの女性店員はここ最近、なぜかお手拭きをトレイ右半分の真ん中どころに置くのだ。そこには一枚の紙ナフキンがセットされており、後ほど用意されたドリンクのポジションであることは歴々としている。それなのに、なぜにその上にお手拭きを重ねるのか、もはや私の理解の埒外らちがいで甚だあきれた行為だった。

 先週注文したのはブレンドコーヒーだった。私は中年店員の悪手に気付かぬままカップを受け取り、そして途方に暮れた。着陸場所をお手拭きにより占拠された哀れなブレンドに、並々ならぬ同情を覚えた。震える右手でカップを宙に保ちながら、左手でお手拭きをあるべき場所へと動かした一連のシーンは、私とブレンドの結束により成し得たものだったのである。普段なら不味いと感じるブレンドコーヒーが、その日は少しだけ美味に思えた。


 同じてつを踏むわけにはいかない。無気力と理不尽の混在した中年店員の悪手にすぐさま気付くことのできた自分に脳内で拍手を送った。


「お待たせしました、アイスカフェオレです」

 女性店員の機械的な声を受け、一揖いちゆうしながらドリンクを紙ナフキンの上に置いた。

 ここまで山あり谷ありというのは大げさに過ぎるが、予想外の局面に遭遇してうろたえながらも、どうにか一段落。トレイを手にして、後方のイートインスペイスへと向き直った。


 その直後、局面が動き出した。

 前列左端に座っていた男性客が、荷物をまとめているではないか! いや、まだわからない。単に荷物整理を始めただけかもしれぬ。サービスカウンターにトレイを置き直し、セルフサービスのお冷やをくんで時間をつぶしながら、私は左端の男性の挙動に注意を払う。

 お冷やを入れ終えたところで、予想は確信に変わった。上着を羽織ったのである。間違いない、この男性は店を出る。近くにライバル客がいない現状、この位置で待機していれば十分だ。


 離席した直後、私は動いて素早くテーブルにトレイを置いた。そして、後列に配置していた鞄と唐揚げ弁当を回収し、通路側の椅子にセットにする。任務完了。これぞ、二年通い続けたからこそできる熟練の技。臨機応変、胆大心小たんだいしんしょうたる行動と言えよう。

 上着を反対側の椅子に掛けて座ったところで、僅かに微笑を浮かべた。

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