第3話「妥協策」

 本日の先客の分布を確認する。いつもどおり、後列は二席を除いてほぼ埋まっていた。

 右端の電源席には推定五十そこそこのサラリイマンがいて、コンセントに繋がれたスマートフォンを黙々といじっている。どこにでもいそうな暑苦しい外見をした男だが、平日のこの時間、後列右端は彼の指定席だ。ここ一年ほど、私が訪れた際に彼がそこに座っていなかったためしがない。

 彼以外にも、常連客は数名いた。新卒か二年目ぐらいと思しき、いかにも頼りなさげな瘦せっぽちのメガネ男子や、対照的にだらしなく太った三十前後の厚化粧の女。いずれも少しも望んでいないにも関わらず、もう見飽きたと言えるほどに出くわしてきた。メガネ男子も厚化粧の女も一般的なセオリーどおりに後列を好んでいることは、直接聞かずとも明らかだった。パンをかじりながら、彼らもスマートフォンを手にしている。


 前列に目を向けたとき、私は絶望した。

 いつもであれば五席前後はあいていることが多いにも関わらず、今日はことごとく埋まっているではないか! いや、よく見れば中央の席があいていると思って近寄るも、椅子の上にちんまりと置かれた女物のハンケチに気付き、再び絶望した。嗚呼、なんということだろう。嘆息するのも忘れるほど、私は動揺していた。


 角の喫煙エリアは、遠目に見ると三分の二ほどの空席を確認できる。

 しかし、それでは意味がない。喫煙エリアに甘んじるぐらいなら、レース会場から徒歩一分の場所にあるバーガーショップにでも河岸かしを変えたほうがましというものだ。とはいえ、このまま突っ立って前列の客が離脱するのを待つのはあまりにも不自然である。後列にわずかながらも空きがある状況下では、不審な行動とみなされても仕方がないだろう。

 

 レジカウンターに視線をうつす。入口寄りの会計スぺイスには、やや大柄な中年の女性店員。そこから十歩ほど進んだ先のドリンクカウンターには、推定二十代前半の女性店員。スタッフの配置は日によって異なるらしく規則性を見いだせずにいるが、どちらも見飽きたものであった。私は、思わず嘆息する。


 イートインスぺイスを視界に入れてからおよそ十五秒、くだんの指定席で寛ぐサラリイマンの隣の席に、鞄と先ほど購入した唐揚げ弁当を不承不承に置いた。妥協策ながらも、やむを得ない。これ以上の逡巡は取り返しのつかない事態になるおそれがある。

 暑苦しいサラリイマンの隣なぞ不本意この上ないポジションだが、もう一方の香水臭さの漂う空席よりはましだった。あの女はそもそも不器量なので厚化粧など児戯じぎに等しく、その上きつい香水の臭いをまき散らすとなれば甚だはた迷惑な努力だ。彼女に、一にも二にもダイエットが最善手であると指摘してくれる知り合いがいないことを憐れに思った。


 鞄の中から長財布を取り出し、嘆息にも満たない嘆息をもらしながら入口へと向かった。

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