エピローグ


 そして、長い長い刻が過ぎた。


 何十回もの春と夏と秋と冬を迎え、見送った。

 椿の花は冬に咲くものだと聞いたから、スィスタは毎年冬だけは、マイスター邸で過ごす。その他は、エネルギーの充填とメンテナンスの為に時折戻って来るだけだ。

「お帰り、スィスタ」

「ただいま、ヨハンソン」

 ヨハンソンはマイスター邸で、庭の手入れをしながらスィスタのメンテナンスとねじまきを引き受けている。本人は「ただのマイスターのまね事だよ」とうそぶいているが。

 スィスタの姿は、以前のような美しい姿ではなくなった。色あせ銀色に近くなった髪、日に焼けてくすんだ肌色。宝石のように透き通っていた碧の瞳は、今や乳緑色に濁っている。

 そして一番異なるのは、その右腕と左脚。特殊な樹脂と金属とで出来た人そっくりの左腕・右脚とは違い、それらは折れた椿の木を削りだして作られていた。設計書を参考にヨハンソンが作った手足だ。武器もなければろくに動きもしない。

 その義肢めいた手足も、削れ、擦り減り、無数の傷がついている。それだけ長い時間を、それだけ多くの土地を、駆けずり回った。耐久年数を過ぎてなお、このオーバーワーク。ヨハンソンは再三、ボディの総交換を提案した。それでもスィスタはその体のままで、争いだらけの世界に『美しいもの』を探し続け、広め続けた。


 スィスタは庭に植わっている、椿の木の根元に腰を下ろした。

 一度折れてしまった椿の木は、それでも驚異的な生命力を見せ、枯れることなく生き続けた。折れてから数十年が経ち枝ぶりこそ戻りはしたが、花はまだ咲かない。以前呼んだ樹医は、もう花を咲かす力はないのかもしれない、と言った。それでもスィスタは椿の花を、紅い着物の少女を待ち続けた。

 上を見上げるスィスタの視界は、ボンヤリ曇る。受像装置のレンズが劣化しているのだ。空の蒼と葉の緑しか認識できない。花が咲いたとして、自分のこの瞳にそれが見えるのだろうか。そんな事を考えてスィスタは顔を俯けた。

 その時、一瞬ちらりと目の前に鮮やかな色が飛び込んだ。ハッとしてよく見ると、地面に紅い花が落ちている。

 金色の蕊と紅い花びら。スィスタは目を見開き、顔をあげる。緑と蒼しか見えなかった目に、無数の紅い花が映っていた。寒色の視界に、手品のように現れた暖色。

「ちゃんと見えてます?」

 からかうような少女の声が聞こえた。

「見えてるよ。美しいなあ……」

 スィスタは微笑んで答えた。

 紅い着物の少女が、照れたようにはにかむ。その黒髪を、一輪の紅い椿が飾っていた。


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カメリア いわし @iwashi1456

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