第5章


 雪椿は戸棚の中で息を殺していた。恐怖でカタカタと体が震える。村を焼き払われた時の記憶が、まざまざと蘇った。

 自分が殺される事は怖くはない。それよりも、自分の大切な物が踏みにじられていくのを、何も出来ずにただ見ているしかないのが怖かった。

(スィスタ……スィスタ! お願い、無事でいて……!)

 全部で八人いる軍人達の中で、未だスィスタに銃口を向けているのは一人だけだ。それも恐らく念のためだろう。

 今雪椿に出来るのは、彼らが早く諦めてこの邸を出ていってくれることを願う事だけだ。

 戸棚の中でじっと待っているその数分が、雪椿には何時間にも感じられた。細く開いた扉の隙間から、軍人達が何度も前を通り過ぎるのを見た。人の陰がよぎる度、息が止まりそうになる。

 見つかってはいけない。軍人達が探しているのは、雪椿が持っているスィスタのねじだ。

 一人の軍人が、こちらに近付いて来るのが見えた。隙間から差し込む光がどんどん陰っていく。雪椿は大きく目を見開いて、ねじをしまった懐をギュッと押さえた。

 軍人は戸棚の取っ手に手をかけ、そして――。

 大きく開け放った。

「…………」

 雪椿は怯えた目で軍人を見つめていた。白い喉がこくりと上下する。

 軍人はぐるりと戸棚の中を見て、ハッと表情を変えた。

「少佐! 隠し金庫があります!」

 その呼び声に顔を上げた少佐や他の軍人達が、早足で戸棚の前にやって来る。雪椿が隠れている戸棚を大勢で取り囲み覗き込んだ。

「確かに隠し金庫だが……先程の捜索では発見の報告はなかったが?」

「はい、今初めて発見しました。この板で隠されていたようですね……」

 雪椿のすぐ横に立て掛けてあった板を手にとって、軍人が言う。


 ――軍人達には誰一人として、雪椿の姿が見えていなかった。


 雪椿の体のすぐ横に腕が伸び、半開きの金庫の扉を開いた。

「金庫は開いていますが……中身は空です」

「開けたのは誰なんだ」

「突入前に軍事衛星からの情報を照会しましたが、この邸には我々の他に熱源はありません。誰もいないはずです」

「ではなぜこれが開いている?」

 イライラした様子で、少佐が金庫を顎で示す。軍人達は困った顔を見合わせた。軍人の一人がチラとスィスタを見て言う。

「自分は、No.315が開けたのではないかと思います。エネルギー切れが近いと自覚し、自己防衛に基づいてねじを手にしたのでは?」

 少佐は、部隊の中で1番年若いその軍人を一瞥し、頷いた。

「一理あるな。だがアサツキシリーズのロボットは、自己防衛よりもマスター命令を優先する。我らがここにいる理由は解るな?」

「……No.315が再三に渡る軍部の出撃命令に、反応を返さなかったからであります」

「その通り。マスターである我ら軍部の召集に応じなかったNo.315が、自己防衛の為にねじを探すことは有り得んのだ」

 少佐にピシャリと言い切られ、若い軍人は沈黙した。だがそれは言葉を失ったのではなく、言葉を探す為の沈黙だった。

「少佐。これはただの自分の想像なのですが……」

「何だ? 言ってみろ」

「マイスター・アサツキは、亡くなる前にNo.315のマスター設定を変更したのではないでしょうか」

 少佐の形のよい眉がピクリと跳ね上がった。

「それは契約違反だ」

「お言葉ですが……先に契約を違えたのは我々です」

 若い軍人は上官から目を逸らしつつ、言いにくそうにボソボソと喋った。

「No.315の設計図の公開を迫り、断ったマイスターの故郷をマイスター自身の作品で殲滅し脅迫するなんて……俺がもしマイスターの立場だったら、そんな相手に自分の作品を預けておこうなんて思わな、」

「伍長!」

 伍長と呼ばれた若い軍人は、別の軍人に怒鳴られ言葉を飲み込む。怒鳴った軍人はそのまま伍長を張り倒し、少佐に敬礼をした。

「部下が失礼を致しました!」

「構わない。実際、伍長の言う事も一理ないでもない」

 少佐は伍長を認めるような発言とは裏腹に、張り倒されたまますぐには立ち上がれないでいる伍長を冷ややかな目で見下ろした。


 雪椿は戸棚の中から、じっとその会話を聞いていた。今は恐怖よりも、聞いた会話の衝撃に震えていた。

 マイスターの故郷の村――雪椿がいた村を壊滅させたのはスィスタだった。目の前にいる軍人達の命令を受けたスィスタだったのだ。

 ――雪椿は瞬きも忘れ、スィスタと軍人達を睨み据えた。

 村を焼いたのも、村の人達を殺したのも、スィスタだった。自分は今まで、仇である相手と呑気に庭いじりなどしていたのだ。

「ここの捜索は打ち切る。やはり誰かが持ち去ったと考えるのが一番自然だ」

 少佐が案外あっさりと退却を決めた。軍人達はまた顔を見合わせ、その内の1人が恐る恐る尋ねる。

「No.315はこのまま諦めるのですか?」

「諦める?」

 キョトンとした顔で言葉を繰り返す少佐に、軍人達は戸惑った。

「No.315はエネルギー切れで動作停止中です。ねじも設計図も見つからない以上、再稼動はできません」

「とても有用な兵器だったのですが……こうなってしまってはこのまま手放すしかありませんね」

 軍人達の言葉にも、少佐の表情は変わらなかった。

「何を言っている? このままになどしておける訳がないだろう」

「えっ?」

「君らは使い終わった兵器をそこらに放っておくのか? 愚かな……敵軍に接収されたらどうする」

 そう言いながら、少佐は軍人の1人から小銃を取り上げ、構えた。銃口の向く先には、完全に沈黙したままのスィスタ。

「使えない兵器は、きちんと始末しておかねばな」

 少佐の唇が冷淡な笑みにしなる。次の瞬間、小銃の掃射音が地下室に響き渡った。

「こんなものか」

 少佐が小銃を無造作に投げ捨て、床に倒れたスィスタを見下ろした。

 小銃の斉射を受けて倒れたスィスタは、無残な姿になっていた。右腕がちぎれバチバチと火花を散らし、左脚が吹き飛び煙をあげている。

「これにて作戦は終了とする。帰還するぞ」

 何の感慨もない少佐の声は、とてつもなく無機質な響きで軍人達を戸惑わせた。

「……ここ、まで……しなくても」

 唸り声と呻き声の中間のような声をしぼりだしたのは、ようやく意識を取り戻した伍長だ。

「No.315は……共に戦場に赴いた……仲間です。戦友です」

 先程は伍長の発言を咎めた軍人も、今度は何も言わなかった。

 この作戦に参加している部隊の者は、少佐以外の全員がスィスタと戦場を共にした事があった。上官であり、この作戦の指揮を取る少佐に面と向かって口答えすることはできなくても、皆伍長と似た気持ちを抱いていたのだろう。

「仲間? 戦友? 伍長、君は何を言っているんだ?……その単語は『人間』に対して使う言葉だろうに」

 少佐の言葉はただただ冷たく、表情は冷淡を通り越して不可解なものを見る不気味ささえ浮かんでいた。

「No.315はただのロボットだ。その小銃や弾丸と同じ、軍の消耗品だ。レンタル品ではあったがな。……まあいい。とにかく帰還だ」

 少佐はさっと踵を返し、カツカツと軍靴の音を響かせて地上へ向かう階段を登っていった。軍人達も我に返ったようにその後を追う。何人かは痛ましげにスィスタを見やっていったが、それだけだ。

 この余りにも人間に近いロボットを、仲間だと思っていた。思ってはいたのだが、こうして壊れた姿を見るとやはり、人間ではなくロボットなのだと思い知らざるを得ない。スィスタが負ったのは「怪我」ではなく、あくまでも「破損」だった。

「行くぞ、伍長」

 伍長を張り倒した上官が、いつまでも立ち上がらない伍長に声をかけた。伍長は唇を噛み、俯いたまま低い声で答える。

「行きません」

「……伍長」

 困った声で嘆息まじりに階級を呼ばれ、伍長はノロノロと顔を上げる。だが、その視線は上官ではなく、沈黙したまま傷付き横たわるスィスタに向いていた。

「曹長、自分は元々技術枠の採用です。戦闘用ロボット研究が専門で、設計や整備の経験もあります。ロボットを道具とは思っても仲間と思った事はありませんでした」

 伍長はスィスタから目を逸らさずに、ポツリ呟く。

「でもNo.315は……アサツキシリーズのロボット達は違うんです。少佐が何と言おうとやっぱり仲間なんです。戦友なんです」

 伍長がスィスタを見る目は、弟に向けるような優しい眼差しだった。

「『美しい』と言ったんですよ」

「No.315が?」

「ええ。一年半程前に、No.315と初めて一緒に参戦した時の話です。危険な作戦で、何度か死を思う場面もありました。実際何度も死にかけたのですが、その度に彼に救われて」

「命の恩人だから、仲間だということか?」

 曹長の言葉に伍長は静かに首を振る。

「ロボットが人間を助けるのはそのプログラム上当然の事です。そんな事ではありません」

 曹長は黙って腕を組む。伍長は続けた。

「無線で作戦終了の合図を聞いた時、自分は疲労と安堵でその場に仰向けに倒れ込みました」

「…………」

「空が綺麗でした」

 曹長は伍長と違って二等兵からの叩き上げなので、伍長の十倍は戦場経験がある。だから伍長の言う事もよく分かった。

 生き延びた。まだ自分は生きていられる。そういう時に見た物は、いつにも増して美しく感じるのだ。

「日沈から少し経って空が見事なグラデーションで、そこに星が何個か光っていました。涙が出る程綺麗でした。その時自分の隣で、No.315が呟いたんです」

「……『美しい』と?」

 伍長は頷き、スィスタから曹長に視線を向ける。

「曹長。共に戦場を生き抜き、同じ物を綺麗だと感じて……それが戦友でなくて何ですか?」

 曹長は何も言わなかった。軍人としての見解と個人としての見解が葛藤して、何も言えなかった。

「……曹長、これを出しておいてもらえませんか」

 伍長がジャケットの内ポケットから取り出したのは、除隊願だった。

「自分は……俺は、ここに残ります。No.315を直してやらなきゃ」

 曹長は受け取らずに、伍長をじっと見下ろす。

「作戦中いつもこんなものを持ち歩いているのか」

「はい。……これとワンセットで」

 そう言って取り出したもう一通の表書きは『遺書』とある。曹長は、除隊願を持ち歩くなど軍人としての覚悟が足りないと説教するつもりが、できなくなってしまった。

 曹長は小さく嘆息して、除隊願を受け取った。伍長がふらつきながら立ち上がり、カッと踵を鳴らし敬礼する。

「これが最後の敬礼です。お世話になりました」

 曹長はゆっくり瞬いて、返礼した。

「エリク・ヨハンソン伍長、長年の従軍ご苦労だった。……達者でな。No.315をよろしく頼む」

「はい」

 曹長が小銃を抱えて足早に去った後、伍長はズルズルとまた床に座り込み、ハア~ッと長い溜息をついた。

(辞めちゃった、ぜ……)

 今更になって明日からの暮らしや、離れて暮らす家族への仕送りの事などが気にかかったが、もう遅い。それに、後悔もなかった。

 伍長は改めてスィスタの無惨な姿を見て、痛ましげに眉を寄せた。

「……こりゃ酷いな」

 未だにブスブスと煙のくすぶるスィスタの破損個所を確認し、元伍長・ヨハンソンは呟いた。

 スィスタの腕と脚のパーツは、修理して使える状態ではない。新品と取り替えなければならないのだが、ヨハンソンはスィスタに予備のパーツがないだろう事を知っていた。

 以前古い機関誌か何かで読んだマイスター・アサツキに関する記事で、彼が自分の作品は量産せず予備パーツも作らない主義であると記されていたからだ。

 つまり、アサツキシリーズのロボットは皆一点ものという事だ。

(そうなるとせめて設計図がないと……直してやれないなあ)

 ヨハンソンは戦場で壊れてしまったアサツキシリーズのロボットを、何体か解体検査した事があった。

 黒髪に褐色の瞳をした、東洋系の顔立ちのNo.98。

 栗色の髪に蒼い瞳の、小さな女の子の姿のNo.155。

 金髪に浅黒い肌、中東系の大男・No.247。

 そして彼の作品に触れれば触れる程、その余りの技術の高さに驚いた。そのロボット達はまるで、それぞれ別人が設計・製作したのではと思う程仕組みが違っていたのだ。ヨハンソンは元々、マイスター・アサツキに憧れてこの道を選んだのだが、彼への尊敬の念は増すばかりだった。

(あれ?)

 ヨハンソンはスィスタの無事な左手に握られている物に気付き、そっと抜き取った。

「……椿の花?」

 その時、背後でガタンと音がした。

「!?」

 振り向き身構えたヨハンソンの目に入ったのは、鮮やかな赤い着物の少女。丁度戸棚の扉を開け、中から出てきた所だった。

「え?」

 その戸棚は隠し金庫のあった戸棚で、さっきまで部隊全員で覗き込んでいた場所だ。そこから少女が出てきた。

 この事態の奇妙さに、ヨハンソンは顔をしかめた。

 少女はその黒い瞳でまっすぐにヨハンソンを見つめていたが、不意に駆け出した。少佐が床に放り出していった小銃を掴んで、ヨハンソンに向ける。

「スィスタから離れてください」

「スィスタ?」

「……貴方がたがNo.315と呼ぶ、その方です」

 ヨハンソンは椿の花をスィスタの横に置き、ゆっくりと両手を上げ大人しく言う通りにした。あの小銃が弾丸切れである事は知っていたが、少女の必死な表情に気圧された。ヨハンソンがスィスタから十分離れたのを見届けてから、雪椿はスィスタに駆け寄る。

「確か、背中の……コネクタ?」

 雪椿が懐から取り出したねじまき用のねじを見て、ヨハンソンはあっと声をあげた。

「どうして君がそれを……それに君、今までどこに、」

「黙ってください」

 ピシャリと言葉を遮られ、ヨハンソンは口をつぐむ。雪椿が自分を見る目には、憎しみがちらついていた。

 雪椿は、横たわるスィスタの背中にコネクタを見つけ、ねじを差し込んだ。

「…………」

 しかし、ねじを巻く前に手が止まってしまった。

「……どうしたの?」

 恐る恐る問いかけるヨハンソンを、雪椿はキッと睨んだ。だがすぐにその目を伏せてしまう。

 ヨハンソンは両手を下ろして、穏やかな声で優しく話しかけた。

「……君もNo.315――スィスタと同じ、アサツキシリーズのロボットなの?」

「……違います」

「じゃあもしかして、スィスタの新しいマスターとか?」

 雪椿は首を横に振る。

「まさか。私はスィスタのただの……」

(ただの……何なのかしら。私はスィスタの何なのかしら?)

 答える言葉が見つからなかった。雪椿にとってスィスタがどんな存在で、スィスタにとって雪椿がどんな存在なのか。ほんの数十分前なら、迷わず『友達』と答えられたのに。

 真実をひとつ知ってしまった雪椿は、代わりに別の真実をひとつ見失ってしまった。

「ねじ、巻かないの?」

「…………」

 雪椿はヨハンソンの問いに答えられなかった。自分でもどうしたらいいか分からない。どうしたいのか分からない。

 このねじを巻いて、動き出したスィスタにどう接したらいいのか。止まる前と同じように笑い合えるだろうか。村を焼いた相手と。

「……ええと、君の名前は?」

 ヨハンソンが雪椿と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「……雪椿」

「そうか、いい名前だね。俺はエリク・ヨハンソン」

「エリク……? もしかして、貴方の故郷は……」

 耳慣れた響きの名前に、雪椿は顔を上げ、初めてまともにヨハンソンの顔を見た。

 ヨハンソンは短く刈った淡い金髪に、薄い水色の目をした青年だった。顔立ちがどことなくスィスタと似ている。ヨハンソンはその顔を悲しげに歪ませて頷いた。

「そう、スヴェリエ。マイスター・アサツキと同郷だよ。別の街だけど」

「そうでしたか」

「雪椿はもしかして……あの村の?」

「…………」

 沈黙が答えだった。ヨハンソンは沈痛な面持ちで俯いた。

「こんな事言うのも何なんだけど……、よく生き残ったね」

「生き残ってません……誰も……」

 ふるふると首を振る雪椿に、君がいるじゃないかと小さく呟いてから、ヨハンソンはコネクタに挿さったままのねじを見遣った。

「雪椿がねじを巻かないの、それで分かったよ。さっきの俺達の話、聞いてたんだね?」

 雪椿がビクリと身を震わせる。

「あの村を焼いたのがスィスタだって、知らなかったんだね?」

「…………」

 ヨハンソンは、小さく溜息をついた。

「雪椿。君はスィスタが憎い?」

「……分かりません。もう……分からなくなりました。どうしたらいいか……」

 雪椿は顔を覆い、俯いてしまった。ヨハンソンはその肩に手を置き、優しく言った。

「言葉にしようと思うから、分からなくなるんだと思うよ。軍の人達が行ってしまってから雪椿が最初にした事が、その答えなんじゃないかな」

 雪椿はハッとして顔を上げる。

 ヨハンソン以外の軍人達が地下室を去ってから、戸棚から出た雪椿が最初にしたこと。小銃を取り、ヨハンソンに向けた。――スィスタを守ろうとして。

 ヨハンソンはニッコリと笑って、雪椿の体をスィスタの方へ向けた。

「今の傷付いたスィスタを見て、雪椿は彼に何をしたいと思う?」

 スィスタとヨハンソンを交互に見つめ、雪椿は戸惑ったように眉を寄せる。

「こんな時、本当に憎い相手だったら……もっと酷く痛め付けてやりたいと思うんだよ」

 仄昏い何かが滲む声音に、雪椿はビクッとしてヨハンソンを見る。しかしその水色の目は、明るい色で見返してくるだけだった。

「雪椿、今のスィスタを見て君はそう思う?」

 そう言われ雪椿はじっと、傷付き倒れたスィスタを見つめた。しばらく見つめた後で、そっと首を振る。

「いいえ……」

 思わない。思えない。雪椿にはどうしても、スィスタを憎む事が出来なかった。

 雪椿は、スィスタの背中に挿さったままのねじに手を伸ばした。

 きりり、きりり。細く白い指がねじを巻くのを、ヨハンソンが見守る。

 雪椿はこれ以上回らないところまでねじを巻ききり、コクリと喉を鳴らしてから、引き抜いた。褐色と水色の二対の瞳が見つめるロボットは、微かな駆動音をたてはじめた。

 ぱちっ、とスィスタの瞳が開く。じじっと小さな音を立てて、ピント合わせのキャリブレーションをしている。それと同時にバチバチッと派手な音がして、ヨハンソンは文字通り跳び上がって驚いた。破損した腕と脚から飛び散る火花が、再起動した事によってより激しくなったのだ。

 だがヨハンソンが雪椿に離れるよう指示するより先に、雪椿が動いた。飛び散る火花など全く気にせずに、雪椿はスィスタの体を抱きしめたのだ。

 ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、スィスタの肩口に額を押し付け、嗚咽をこらえるようにしゃくりあげていた。

「再起動完了。右腕パーツ及び左脚パーツ、損傷度各90%。雪椿、危険なので僕から離れて」

 スィスタの感情の起伏のない、どこまでも穏やかな声に、雪椿は更に強くスィスタにしがみついた。

「ごめっ……ごめんなさいスィスタ、私……っ!」

「……雪椿?」

 感情のないロボットであるはずのスィスタが明らかに『困って』いるので、ヨハンソンはポカンと口を開けてしまった。

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