第5話 男との日々

初めて男の部屋に行ったその日から、私は毎日男の部屋を訪れた。


部屋に行くと必ず、男がきっとほとんど見てないであろうテレビをつける。特に、観たいものがあるわけではなかった。基本的に無口な男の静寂も嫌いじゃなかった。むしろ心地よいと言ってもよかった。だからその静寂を壊さないように、音を小さくBGMのように流し続ける。 

実家のリビングにあるテレビは基本観ない。

あの女と同じ空間で、テレビを見てくつろぐなんてことを考えただけでも吐き気がする。

でも、ここでは、全く笑わない男の無表情の横で、くだらないお笑いの番組も、なんだか笑える気がした。

小さなボリュームのテレビの中の笑い声が、部屋を少し明るくする。



何をするわけでもなかった。

ただ一緒に部屋にいた。

ただそれだけだった。



つけたテレビをぼんやり眺め、男が作る簡単な料理を食べる。持ってきた雑誌を読み、時にうとうと眠ってしまう。そんな日々。

常に無表情で言葉少ない男は、冷たくも、優しくもなかった。かえってそれが私を安心させた。

隣で男の息遣いが聞こえる、ただそれだけの日々が。



この部屋の少し大きめの窓の外には、小川に添うように植えられた桜の木がすぐ目の前にあって、

時々男は窓際に置いた椅子に腰掛け、いつも飲んでいる青い缶のコーヒーを片手にその芽吹いた新緑と、静かに流れる川の景色を眺めていた。


何かに想いを馳せるように。


それは、どこか諦めと、哀しみが滲み出ていて、

私はそっとその姿を眺めては、思うのだ。

私は、きっと私は、その哀しみに、触れることはできないのだろうと。

この先もずっと。


それは、とても悲しい。


そう思って、私は気づく。


私はこの男に触れたいのだ。

この、冷たくもなく、優しくもない、無表情なこの男に。


あの骨張った大きな手に。

肩幅の広いがっちりした背中、表情の少ない顔のおでこや、背の高い鼻筋、切れ長の目尻、薄い唇、隆起した喉仏。


そして、男の内側に。


窓の外に想いを馳せる男の内の哀しみに、私は、触れたいと思ったのだ。



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