第4話
築年数がそれなりにいってそうな、この薄汚れたアパートの二階の男の部屋は、想像通りの殺風景さだった。
飾り気も全くなく、必要最低限のものしかない小さなワンルーム。ローテブルに置かれた吸殻の入った灰皿、台所に置かれた逆さまのコップ、棚に乱雑に置かれた資料のような紙の束、ベッドの上の綺麗に畳まれていない布団。そういったものが、この簡素な部屋での男の生活を垣間見せる。
全体的に少し暗さを感じるものの、不思議と嫌な感じはしなかった。
どちらかというと、どこかほっと、させるような何かがこの部屋にはあるように思えた。
「お邪魔、します。」
一応、小さな声でそう言って靴を脱ぎ入る。
男は何も言わずにハンガーにジャケットを掛けている。
そして靴を脱いで突っ立っているわたしに、
ローテーブルの方へ顎で促した。
座れ、ということなのか。
男はペットボトルを2つ冷蔵庫から取り出して、一つを私に寄越した。
おずおずとローテーブルの前に座り、さして今飲みたい訳ではなかった、もらった水のペットボトルの蓋を開け、一口、口に含む。
男は立ったそのまま自分のペットボトルの水をごくりと飲みくだした。
隆起した喉仏がうねる。この男は、たったこんな些細な姿が様になる。
私は。これから、抱かれるのだろうか。この男に。
この、少し薄暗い小さな部屋のあの簡易な折り畳みのベッドの上で。あの男の大きく骨張った手で、私は。
「飯は?」
「は?」
「食ったかって聞いてんだよ。」
「食べてないけど…」
男はもう一度冷蔵庫を開け、いくつか材料を出し、台所で何か作り始めた。
それをぽかんと見る羽目になった最初の記憶。
抱かないの、と聞いた私に男は、
ガキを抱くほど困ってねぇよと答えた。
ならなんで、と訝しげな顔で尋ねると、
こちらを見ることなく、
おまえ、行くとこねえんだろ。
と、何でもないように言った。
私の胸の中で、何かがほろりと解ける。
それが、それから幾度となくこの部屋で、この男とご飯を一緒に食べることになる始まりの記憶。
その時2人で黙々と食べたシンプルなチャーハンの素朴な味と、窓の外から香る雨の匂い。かすかに聞こえる雨の音。
それら全てが、得も言えぬ私の何かを満たしていったの感じていた。
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