第16話 アイララの事情(黒羽)

「全く、話すことが多くて、何から始めればいいのか迷うよ」


 アイララと名乗った少女は、そう語り始めた。


「はじまりは6年前さ。ボクは、かつてボクのものだった水人の結界石が砕けるのを感じた。ボクは、結界石がどうなってるか、どこにあるのか、なんとなくわかるんだ。所有者だったボクだけの特権だね」


 マーユは口をはさまず、アイララの口元を真剣に見つめている。


「ただ、それもこれも、結界石がちゃんと働いてれば、の話だよ。結界石が持ち主を失い光を失うと、ボクにもわからなくなる。ボクは急いでレメディスを出て、あの子と結界石を探した。そして、ザグ=アインの北の谷を流れる川の中で、いま投げたかけらを見つけたんだよ」


 アイララは焚き火に木の棒を突っ込んで調整しながら話し続ける。


「でも、そこまでだった。次のかけらを探す前に結界石の光は完全に失われ、ボクは、あの子は死んだものと思わざるを得なかった。悲しかったよ。たった一晩過ごしただけの関係なのに。わんわん泣いた。あの子は、ボクの命の恩人だからね」


「命の恩人。私にとってもだよ」マーユが突然言った。アイララは、ちょっと意表をつかれた様子を見せたあと、くすくす笑う。


「いや、そんなとこで対抗しなくてもさ……。ともかく、ボクは肩を落としてレメディスに戻った。でも、いまから半年ちょっと前、結界石がまた光りはじめた。だから、もろもろの障害を蹴飛ばして、ボクはここに来たのさ。君が持ってるかけらに引き寄せられて、ね」


 マーユは、悲しそうに何もない首元を触った。結界石の入った袋は、監禁されたときに取られたらしい。それを見て、はい、とアイララは何かをマーユに投げ渡す。


「!!!」


「ダンデロン商会の支店にあったよ。本店に運ばれる前だったみたいだね。それがマーユから離れたところにあったせいで、助け出すのに時間がかかったんだ。すまなかったね」


「ありがとう……」マーユは、結界石の入った小袋をぎゅっと握りしめた。


「話を続けようか。最初にマトゥラスに来た君を見たとき、ボクは君が何を考えているのかわからなかった。君はあの石について、ほとんど話そうとしなかったしね。だから、ララスという少女を作り出して、君が持ってるのと似た袋を用意して、同級生として君に近づいたんだ」


「……ララスが学校の生徒じゃないことは、なんとなく気づいてた。サリーや先生と会わないように、会わないようにしてたし、定期試験の日取りも知らなかったし」


「アハハ、ばれてたか。ともかく、ボクは君に情報を与えて、君が何を考えてるかを確かめたかったんだ。だから盗み聞きもした」


「工房の帰りに襲ってきたのも、アイララ?」


「いや違うね。あれは、君をずっと監視してた者のしわざだと思うよ」


「監視……?」


「やっぱり気づいてないか。君のまわりには、いつも監視の目があったよ。複数の目が、君を見てるのを感じることもよくあった。まあ、ボクもその1人だったわけだけど」


「ええ……? そんなわけないよ……」


「そんなわけあるよ。君、レドナドルでも襲われてたんだろ? たぶん、誰かがそうやって折りにふれ、君の力を確認してるんだろう」


「ええー……」マーユは鼻の頭にしわを寄せ、苦いような酸っぱいような顔になった。


「ボクが心底びっくりしたのは、あの岩人の少女、リーカがボクたちの前に現れたことだった。彼女はたぶん、あの子が死んで生き返った事情を知ってる。よっぽど、ボクがさらって縛り付けて全部聞き出そうかと思ったよ」


「ちょっと!」


「でもさ、君もそうだろ? こっちは石なんてものを手がかりに必死で手探りしてるのに、彼女は全部知っててさ。悔しいな、ムカムカするな、と思ったろ?」


「…………ちょっとだけ」マーユは、小さな声で答えた。


「アハハ、正直でいいね! まあでも、リーカはリーカで必死に情報を探してて、それがあの子と関係してるらしいってことはすぐわかった。だから、陰ながら図書館の件も協力したよ。でも、もう少しちゃんと、彼女を陰から守るべきだった」


 アイララは持っている木の枝を、地面にばかん、と叩きつけた。見るからに悔しそうだった。


「アイララ、わたしたちが襲われた理由は? 敵はどこのだれ? リーカとジュールは、いまどこにいるの?」マーユは、畳み掛けるように訊ねる。


「……襲撃には、ダンデロン商会が関わっているんじゃないかと思ってる。あの倉庫が使われたことと、結界石が商会の支店に運ばれてたことから、まず間違いないと思うよ。ダンデロン商会の内部にはつねに権力争いがあり、それは大公家の権力争いとたいてい連動している。だから今回も、リーカがそれに巻き込まれた可能性は高い」


 そこまでしゃべって、アイララは肩をすくめる。


「……でも、推測できるのはこのくらいだ。ボクは、図書館でリーカの調査を手伝ってもいないんだ。君のほうが情報を持っているんじゃないか」


「そう……かな。じゃあ、話せることはぜんぶ話す」


 マーユは横座りしていた身体を起こし、背筋を伸ばす。

「いや」とアイララはゆっくり首を振った。


「いい機会だからね。君の従者から聞いてもいいかい?」


「じゅうしゃ?」マーユはきょとんとする。


「うん、君の周囲をつねに飛び回ってるよ。たぶん、君が見たものはみんな、彼も見ている」


 アイララはふいに、マーユの頭上を凝視した。そして


「ねえ、そうだろう、黒い羽くん?」


 そう、

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