第15話 監禁のマーユ(黒羽)
何もない部屋で、マーユは目を覚ました。
古い木の床に薄い毛布が敷いてあり、マーユはそこに、もう一枚毛布を掛けられて寝かされていた。
毒の影響か、目覚めたあともなかなか起き上がらない。ぼうっとした目で天井や、天井近くの小さなあかりとりの窓を見上げ、また目をつぶり、ごろりと横向きになった。
数時間後、むくりと起き上がる。ようやく立ち上がり、部屋を見回し、あたりを調べ始めた。
まず、扉を調べる。鉄芯が入っているらしい重厚な扉で、こじ開けられる可能性は全くない。これは予想通りだったのか、マーユはあっさり諦めて次に移る。
部屋の隅に卓がひとつ置いてあり、上に焼きしめたパンが大量に置かれている。その横に水甕と、ひしゃくがあった。
マーユは卓に歩み寄ると、最初は毒味するように硬いパンと水を口にする。どうやら毒がないとわかると、もそもそと時間をかけて食べ、ひしゃくから直接水を飲んだ。
卓の反対側には、蓋付きの壺がひとつ置いてあった。覗き込んだり叩いたりして、壺がある意味を知ろうとマーユは首をひねる。
「あ……」
ようやく用途に思い当たると、マーユは赤くなり、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
部屋にあるのは、卓と水甕と壺だけだった。他には分厚いガラスがはまったあかりとりの窓があるが、卓の上に立ったとしてもマーユには手が届かないうえ、大きさ的にも脱出は不可能だった。
そのまま、5日が過ぎた。
ほとんど完ぺきともいえる監禁だった。マーユの部屋には誰ひとり来ないので、脱出の余地は全くない。焼きしめたパンは半月ぶんはあり、少なくともその程度の期間は監禁しておくつもりだと思われた。
マーユは目覚めた翌日になると、あまり動かなくなった。毛布を壁に寄せて敷き、その上に座って壁にもたれてぼうっとしている。心が折れているのが目に見えるようだった。
しかし3日目になると、ひたすら武術の型を繰り返しはじめた。下着だけになり、動いては休み、動いては休むのを繰り返す。
5日目の午後、部屋の扉がふいに開いたときも、マーユは下着姿で空中に向かって回し蹴りを放ったところだった。
大股開きの下着をもろに見て、質素な服に身を包んだ、清掃婦らしい中年の女は目を見張る。
いきなりのことにマーユも一瞬硬直したが、我に帰るとすぐさま身構えた。
しかし清掃婦はくすりと笑いをこぼし、低い声で面白そうに言った。
「元気そうだね、マーユ」
「えっ」
声を聞いたマーユは戸惑った顔のまま、中年女の顔をまじまじと見つめ、それから小さくつぶやいた。
「……ララス?」
「正解。やっぱり君はすごいね。助けに来たよ、マーユ」
中年女の顔と身体がふっと曖昧になり、水の雫でできているような輪郭だけが残る。
まるで水たまりに映る者が交代するように、その輪郭の中に別人の顔が浮かび上がってくる。
そして、猫背でガリガリの気弱そうな少女、ララスになった。
「はい、ララスだよ。だけど、残念だけど彼女ともお別れ」
ララスの顔も、あっという間にぼやけた。今度現れたのは、すらりとした短い銀髪の少女だった。きりっとして活発な印象の顔が、いたずらっぽい笑みをたたえている。
「はい、ボクだよ」
「いや……だれ?」
マーユはつぶやいた。
★☆★☆★
マーユが閉じ込められていたのは、マトゥラス市街ではなかった。マトゥラスの最北部を出たところ、さびしい平原がひろがる地域にある古い倉庫だった。
「表に出せない荷物とかを死蔵しとくところみたいだね。所有は小さな商会だけど、実質的な所有者はダンデロン商会だよ」
「そう……」
「まあたぶん、今度のマーユみたいに、こっそり人を監禁する役目もしてるんだろう。こんな僻地の倉庫なのに、やけに気合の入った警備員がいたよ。おかげで、こっちも変装しなきゃいけなかった」
マーユとララスだった少女は、夕方ごろに倉庫を無事脱出し、その夜は平原で小さな焚き火を囲んでいる。
目立つのではないかとマーユは心配したが、これを入れれば大丈夫、と少女は小さな石を取り出した。
それを見て、マーユは驚きのあまり口をぱくぱくさせた。
「ほいっ」と、少女は無造作に石を火に投げ込む。
「あ、あんたっ! そ、それ……」
「うん、水人の結界石、のかけら。マーユが持ってるのと同じ石の、かけらのひとつだね」
「ど、どうしてっ!? どうして持ってるの?」
「それは、この石が、もともとボクのものだからだね。ボクが、あの子にあげたものなんだよ。ああ、思い出すな、あの夜……」
銀髪の少女は、ちょっと夜空を見上げてから、マーユを見てにっこり笑った。
「さて、あらためて自己紹介しなきゃね。ボクの名はアイララ。水人の生き残りだよ」
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