第13話 崩れる壁(黒羽)

 ノール暦327年、7月も第3週を迎えている。学校には夏の休みが近づいていた。


 図書館に行かない平日の放課後、マーユはリーカから情報をもらうためエドラン工房に来ている。エドランは不在だが、リーカは勝手に簡易台所に入りお茶を入れていた。


「図々しくない?」


「大丈夫。そのぶんお金払ってるかラ」


 リーカは小さく鼻歌を歌いながらお茶を運んでくる。岩人も鼻歌を歌うのかと、マーユは目を見開いていた。


「ねえ、今日はずいぶん上機嫌だけど……何かわかったの?」


「うン」リーカはうなずく。


「お墓に行ってきタ。ルギャンの墓」


「ルギャン? ……初代大公のとき、大臣だったひと?」


 リーカを手伝って文献集めをしていたので、マーユもすっかりマードゥ建国史に詳しくなっている。


「そウ。マードゥの側近ノひとリ。重要人物なのニ、お墓がどこにあるのカわからないママだっタ。やっと、マトゥラスの街門の外にあるのをつきとめタ。お墓に行ったら、岩人にしかわからない印を見つけタヨ。間違いなク、ルギャンは岩人」


「そうなんだ。……大事なことなんだね、それ」


「そウ。300年前にハ、岩人はザグ=アインから全く出てなかったはズ。岩人の歴史ではそうなってル。でも、ルギャンはマトゥラスにいタ。初代大公が、岩人と昔から関わってタ証拠」


「なるほど……」マーユにとっては興味を持ちづらい話題だったが、リーカが歩み寄って話してくれていることはわかっているのか、頑張って相づちを打つ。


「なんのためニ、ルギャンはマトゥラスにいタ? 答えはひとつだヨ。あるものヲ、マトゥラスに隠すたメ」


「あるもの?」


「そウ。岩人のタカラ。なにより大事なもノ。それヲあえテ、ザグ=アインから離しタ。誰にも奪われないようニ」


「それに、初代大公も関係してるの?」


「そウ。たぶン、主役はルギャンじゃなイ。初代大公。300年前、マードゥがソレを隠しタ。誰にもわからないようニ。悪いやつに見つからないようニ。いつカ、ザグ=アインに返せるようニ」


 ひどく抽象的な話しぶりで、マーユはよくわからない表情をしていたが、ひとつだけわかることがある、というふうに言った。


「リーカは、それを見つけたいんだね。だからマトゥラスに来て、古い本とかを調べて探してるんだね」


「…………」


 しかし、肯定するかと思われたリーカは考えに沈む。マーユは不思議そうに首を傾げた。


「私も、もちろン見つけたイ。でモ、手伝いヲしてるだケ」


 やがて思い切ったように、マーユのほうを切れ長の目でじっと見ながら、リーカは言った。


「マードゥが隠したものヲ、探しているのハ……あるヒト。たぶン……マーユも知ってるひト」


 マーユは息を呑んだ。

 リーカとマーユの間にあった情報の壁が、取り払われた瞬間だった。



★☆★☆★



「生きてるんだね!? コボネは……無事なんだね!?」


 マーユは立ち上がると、テーブル越しにリーカにぐい、と顔を近づけて叫んだ。

 だが、リーカの反応は芳しくなかった。


「……コボネ?」


「生きてるの? ねえ!?」


「あノ……コボネっテ何?」


「コボネはコボネだよ! 私がつけたの! あの石を持ってた、あの子の名前だよ!」


「えエー……」


 リーカはなんともいえない、苦い顔をした。


「カッコわるイ……」


「そ、そんなことないでしょ!? 可愛いよね!?」


「もうちょっと、何かなかったノ?」


「何かって何? たとえば!?」


「ガ……ガリンバーン、とカ」


「ガリンバーン!? なにその硬そうな名前! 骨でできてるからってそんなのないよ! コボネはもっと可愛いよ!」


「岩人の名前ハ、硬そうなノがカッコいいノ!」


「コボネ岩人じゃないから!」


「でもカッコいいでショ!」


「可愛いのがいいんだよ!」


 そこで叫び疲れたのか、言い合いがいったん止まり、ぐっと間近で睨み合ったあとで、両者我に帰ってすとんと椅子に腰を落とした。


「ええと……。こんなことで喧嘩してる場合じゃなくて」


「うン。……結論からいうト、御子ハ生きてるヨ」


「御子? 御子って呼んでるんだ……。そっかー」


 マーユは脱力したように言った。


「石が光ってるから、生きてるんじゃないかとは思ってたけど」


 目から涙が溢れ出し、それを袖でぐいぐいと擦る。


「そっかー……。よかった……」


 そう言いながら泣くマーユをじっと見ていたリーカは、悔恨のにじむ声でつぶやく。


「もっと、早く伝えればよかっタ……。ごめんネ……」


「ううん……。リーカ見てたらわかるから……。何か、大変なことになってるんだよね……」


「そうだネ。……ザグ=アインからはネ、6年前、地霊様が消えたノ。だかラ、大変なことになっタ」


「地霊……ルズラさん?」


「ルズラヴェルムを知ってるノ!?」


「うん……。小さい頃、1週間ぐらいだったけど、一緒にいたよ。あと、ガジルさんっていう岩人も」


「エッ……ガジルさんも知り合いなんダ。……それを早ク知ってれバ、こんなに隠すこトなかったナ……」


「それはお互いさまだよ。……で、ルズラさんに何があったの?」


「……一言でハ、とても言えないヨ。ともかク、御子は地霊様と同じ時ニ、大変な目にあっタ……。そしテ……長い長い時間のアト、蘇っタ」


「蘇った、って何? いちど死んだの、コボネ!?」


「そウ……だネ。実際は、私にハよくわからなイ。御子からちょっト、話を聞いたダけだかラ。でモ、御子がまタ動けるようになっタのは、去年の終わりごロ」


 それを聞いて、マーユは息をつきながら何度もうなずいた。


「……やっぱり、あの石が光ったのは、そういうことだったんだね……」


「そうだネ。実ハ、私も光って見えル」


「えっ……ほんとに?」


「うン。たぶン、あの石は実際に光ってるけド、それを隠す働きガあるかラ、光って見えなイ。デモ御子と深イ関わりがあるト、その隠す効果ガ働かなくなルんだと思ウ」


「そっかー。……やっと、答えがわかった。ずっと気になってたんだ」


 マーユはふふ、と小さく笑い、冷めたお茶をちょっと行儀悪く音をたててすすった。


「エドランから聞いてル。マーユの3つの疑問。残りノひとつは……他のカケラの行方」


「うん、それを探せれば、コボネにたどりつけるかな……って」


「カケラのひとつは……御子が持ってるヨ」


「えっ!?」


「でモ、外からハ感じられないかラ、探すのはムダ。……というカ、探す必要はないヨ」


 リーカはお茶をこくりと飲んで、ほんのり微笑んだ。


「御子は……もうすぐ来るヨ。ここ、マトゥラスに。だかラ、会えるヨ」


「…………」


 マーユは、リーカの言葉を噛みしめるような表情をしたあと、「……そっかあ」とつぶやいた。

 その顔に、隠しきれない笑みがひろがった。


「たダ……その時、驚かないデ。いまの御子ハ……」


 リーカが言いかけたとき、工房の玄関あたりから、ガコン!と、扉が乱暴に開けられたような音がした。


「エドラン、帰ってきタ? 今日は遅くなるっテ言ったのニ……」


 リーカは玄関を覗こうと、立ち上がって工房の入り口へ歩いていく。マーユはお茶の残りを飲み干しながら、その背中をなんとなく目で追っていた。

 そして、リーカの足がふいに宙に浮くのを見た。


 リーカはとっさに手足を振り回して抵抗するが無駄だった。

 ジジジ! と何かが震えるような音がして、リーカの身体は痙攣すると、だらりと脱力した。

 そのままリーカの身体は無造作に落下し、頭部が激しく床にぶつかるときの不吉な音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る