第7話 マーユの交渉(黒羽)

「彼女はリーカ。ザグ=アインの石細工職人ダ」


 エドランが覇気を失った声でぼそぼそと話す。出会いがしらの衝突ののち、工房の奥まで一同を案内したものの誰もテーブルには座らず、結局全員が突っ立ったまま話をしていた。

 

「リーカの一族ハ<アインの守護者>の一族ト呼ばれテル。ザグ=アインの地底ヲ守る、デエルレスクでも最も古ク、尊敬を集めル家のひとつダ」


「大ゲサ。権力モナイシ、貧乏ダシ」


 リーカはここまでただ黙念と立っていたが、思わず、という感じで口を出した。


「あとナ。岩人訛りが強いカラ。偉そウに聞こえるのハ、だいたイはそのせいダ」


「……え、そうなんですか?」ララスが意外そうに言う。


「岩人ハ、本当ハこんなしゃべり方ダ。ザグ=アインの外ニ出る奴だケ、頑張っテ外向けノ話し方ヲ身につけるのサ」とエドランが解説するのに、「なるほど……」とララスは感心してみせた。


「デエルレスクの岩人は、めったに外に出てこないと言いますものね……」


「アア。リーカ嬢がココにいるのハめったにないことサ。だかラ、その石についテ聞いてみタんだガ……」


 問題の石は、テーブルの上、皆から均等の距離にぽつんと置いてある。


「その青い奴は、その石のことを知ってるんだろ? そうだよな?」


 ジュールがリーカに向けて、黒い毛に覆われた指を突きつけた。


「知ッテイルカラ、ナニ。誰ダカワカラナイ奴ニ、シャベルワケナイ」


「てめえ……」ジュールが殺気立つのを「まあまア」となだめつつ、エドランがリーカに問いかける。


「なラ、俺からノ依頼ってことデどうダ。同じ岩人ダ」


「岩人トイッテモ、後ロ暗イ情報屋。信頼デキナイ」と、リーカはにべもない口調で答えた。


「おいおイ。あんタも、その情報を買おうと来たんじゃネエか。そりゃないゼ……」


 岩人2人が言い合うのをよそに、「情報屋……?」と、マーユがふたたびつぶやく。

 それを見たララスは、気まずそうな顔になった。


「……実はそうなんです。エドランは石の専門家じゃなく、岩人関係の情報屋。この工房は、本当の仕事を隠すための、見せかけだけの場所なんです」


「おいおイ。いちおウ、たまにハ職人が来テ使ってるんだゼ。……たまにだガ」


「ふうん……」マーユはさして興味もない様子でそう言うと、つかつかとリーカに近づいた。


「…………」


 リーカは何も言わずマーユの顔を見る。マーユも、自分と同じぐらいの高さのリーカの顔をじっと見ていた。

 誰も言葉を発しない、緊張した時間がしばらく流れる。


「……どうしたら、石のこと教えてくれる? できることがあるなら、やる」


 やがてマーユは、きっぱりした口調でそう言った。


「……マズ教エテ。コノ石、ドコデ見ツケタカ」


「いいよ」リーカの問いにマーユはすぐうなずく。


「3年ぐらい前、マトゥラスの露天市で、他のがらくた石といっしょに売られてたらしい。見つけたのは私の父。父が買ってきて持ってるのを2年ぐらい前に私が見つけて、もらった。それだけ」


「ソウ。ナラ、ナゼソンナ石ノコトヲ、調ベヨウトスル?」


 リーカの問いに、マーユの動きが止まった。また、誰も動かず声を出さない時間が数秒すぎた。

 マーユはあきらかに迷っているらしく、眉がひそめられ、首がゆらゆらと左右に揺れた。


「……ごめん。それは言えないから。それ以外のことにして。いい匂いだけど、まだそこまで信じられない」


「…………」


 今度はリーカが考え込んだ。みたび場が緊張する。

 そこに、グーという低い腹の音が響き「やべ……」というジュールの低い声がした。「ク……」とエドランが思わず笑いをもらし、それをごまかすように「そうダ!」と声をあげた。


「そのお嬢ちゃんハ、マトゥラス商業学校の生徒だゼ。中央図書館に入れるんジャないカ? リーカ嬢、図書館で調べモノしたいんだロ?」


「……商業学校? ソコノ生徒ハ、図書館ニ入レルノカ?」


「あア。補助員っテことデ、一名まデ外部の奴も入れられル。どうダ? それなラ条件になるだロ?」


「……ソウカ。ウン、ソレナライイ」


 リーカはうなずくと、マーユの顔を見た。


「私ヲ、中央図書館ニ入レルヨウニシロ。ソシタラ、教エラレルコトハ、教エテヤル」


「…………」 しかしマーユは答えない。


「どうした、お嬢。ためらうことなんてないだろ」ジュールが急かすように言うのに、マーユはうつむいた。


「言ったよね。図書館に入れるのは、成績優秀者だけだよ……」


「ああ、そうか……」ジュールも絶望的な声をあげ、「賢そうニ見えるのにナ」と、エドランが言わずもがななことを言った。

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