第27.5話 謎めく報告……ザグ=アイン
骨の子と別れてすぐ、地霊ルズラヴェルムが地霊ネテラヴェルムに案内されて赴いた先は、地下の小部屋であった。
それも人間の基準でいえばきわめて小さい部屋で、部屋の幅は人間が一人寝られるか寝られないかぐらいしかなく、天井はルズラヴェルムの頭がつきかねないほどに低い。
最高峰の階段の下には、精霊たちの部屋や、たまに来訪する各種族の長などを泊める部屋がある。
が、この部屋はそのさらに地下深くにあり、細い縦穴でしか外部と繋がっていない。精霊しか出入りできない、非常に特殊な部屋であった。
「ここは……。最高峰の地下にこんな部屋があったのですか。知りませんでした。これでは浮くこともできないではないですか……」
ルズラヴェルムは部屋に入ると訝しげに周囲を見回した。
「うん、だから床に足つけてね。ここは特別な部屋なんだ。グレド様に特例でお願いしたんだよ。ちょっと秘密に話したいことがあって」
ネテラヴェルムは部屋の扉を閉めた。
「それで、緊急の話とはなんなのです。御子のところへ戻らねばなりませんから、手早く済ませましょう」
言われた通り浮くのをやめたルズラヴェルムは、腕を組んでネテラヴェルムを見る。
「うん……。その前にね、ひとつやらなきゃいけないことがあって」
ネテラヴェルムは軽く手をあげた。
部屋の出入り口の、閉まった扉の前に石の板が落下してくる。ゴン! という地響きとともに扉をふさいだ。
ルズラヴェルムは、軽く眉をひそめる。
「……なにをやっているのです?」
「ルズラが出られないようにしたんだよ。ま、あたしも出られないんだけどね!」
「出られない? ネテラ、貴方の言ってることはさっきから意味不明ですよ。岩壁など地霊にとっては紙より柔らか……え」
右手を前へ差し出し魔術を使おうとした姿勢のまま、ルズラヴェルムは硬直した。
「そうなんだよルズラ。この部屋は、魔術が使えない部屋なんだ。ノウォンに特殊な細工をして、外のノウォンと混じらないように特殊な壁を作ったとかなんとか。あたしには理屈はよくわかんないんだけどね!」
あははは、とネテラヴェルムは笑う。
「だから、ルズラもあたしもこの部屋から出られないよ。まあ、そう長いことじゃないから安心して。部屋のノウォンをこの状態にしとくのは、グレド様の力でも物凄く大変らしいからさ。だからこんなに狭いんだよ、この部屋」
その言葉に、ルズラヴェルムははっと目を開いた。
「ネテラ。あなたは……緊急の用事があるなどと……。嘘をついたのですね?」
「うん。……本当はあんな苦しいお芝居したくなかったけど、他にどうしようもなくて。……でも、最初からこうすればよかったのかなあ。いろいろ、無駄なことしちゃったかも」
「なんなんですかネテラ。意図を説明してくださいな」
「うん。あたしはね、ルズラが骨の子に付き添ってグレド様に会うのをやめさせたかったんだ」
ルズラヴェルムは眉をひそめた。
「は? そんな理由で、あんな大騒ぎをしたのですか? ……骨の子?」
「アハハ。ルズラに合わせて御子って呼んでたけど。あたしはあの子のことはどうでもいいんだよね、本当は」
「ネテラ……何を言っているのです?」
「いや、むしろ邪魔で仕方なかったよ。あの子本人に、恨みはないんだけどさ……」
ネテラヴェルムの声は冷たい響きを帯びた。
「あんなに親身になっていたのも……お芝居だったというのですか!?」
ルズラヴェルムの声が鋭くなる。
「そうだよ?」
ネテラヴェルムは、軽い口調で言うとくるくると空中を回った。
「最初から、あたしの目的はひとつ。骨の子をルズラから離して、一人でグレド様の前に連れていくこと。それだけ」
「最初から……」
「うん。骨の子がザグ=アインに入ると知ったときから、ずっと。それが、あたしの願いであり使命だったから」
呆然とするルズラヴェルムの前で、ネテラヴェルムは回りつづける。
「だから相談に乗るふりをして、地下深くに誘導して、ルズラを弱らせた隙に、ゴーレム総動員で骨の子捕まえて、そのまま行方不明ってことにしちゃおうとしたんだけど。リーカがついてきちゃって変な術使ったのは誤算だったなー。それにまさか、骨の子がクラビやっつけてルズラの毒を治しちゃうとはね……」
ルズラヴェルムの身体が、小刻みに震えはじめる。
「まさか……まさかガリアスの行動は貴女が……」
「そう。ガリアスはあたしの協力者、というか手下。あいつを地下牢から出して、ルズラを刺したあとはここに逃したのもあたし。デエルレスクとここをすぐ行き来できる道があるんだ。ルズラには内緒にしてたけど」
ネテラヴェルムは、回転をようやく止めると、ルズラヴェルムに軽く微笑んだ。
「ネテラ、それではあの毒は、あなたが仕組んだのですか!」
「うん、ごめんねルズラ。あたしの能力は癒やしの力だってことになってるけど、それは表だけ。ほんとに得意なのは毒作り。……あたしが五の地霊の一員ってことになったのは、ルズラを機能停止させられるぐらい強い毒を作れるからだよ。いざとなったら、ルズラに毒を盛るためだったんだ」
ルズラヴェルムは今度こそ言葉を失った様子で、ネテラヴェルムを見つめて立ち尽くす。それをじっと見返しながら、ネテラヴェルムはしばらく黙っていたが、やがて静かな口調でまた話しはじめた。
「ねえ……。ルズラはさ、自分がどれだけ特別なのか知ってる?」
「…………」
ルズラヴェルムは何も答えない。
「ルズラみたいに魔術が軽々と使える精霊なんて、他に誰もいないんだよ。精霊っていわれてる存在が、みんな力を持ってるわけじゃない。というか力ある精霊なんてほとんどいない。ここに溜まってるあの光の玉みたいな連中見ればわかるでしょ」
「…………」
まだ自分の言葉に反応しないルズラヴェルムを見て、ネテラヴェルムはため息をついた。
「……じゃあ、もうはっきり言っちゃおうか」
アハハ、と力なく笑ってみせたあと、言葉をつづける。
「あのねルズラ、あたしたち精霊は、もともとはそこらの空気のなかを漂ってた雑霊とか、そこらに落ちてた小石とかだったんだから。それがグレド様に意識と役目を与えられて、精霊を演じてるだけだから」
「……えっ」
ルズラヴェルムがようやく声を出す。
「……正気で言ってるんですか、ネテラ」
「正気だよ。ねえルズラ、眠ってるってことになってる五の地霊の残り二人の名前、ルズラは知ってる?」
ネテラヴェルムの問いかけに、ルズラヴェルムは考えこむ。
「……いえ。いえ、知りません。そういえば……なぜ知らないのでしょう? 考えたこともありませんでした……」
混乱した声を出すルズラヴェルムを見て、ネテラヴェルムはまたくるりと回った。
「大丈夫、あたしも知らないしガリアスも知らない。グレド様もきっと知らないよ。だって、たぶんそんなのいないから」
「は?」
ルズラヴェルムが呆けたような声を出した。
「もしいたとしても、それはただの光の玉だよ。ルズラのかわりになんか全然ならない。あとさ、精霊には火水風土に光と闇がいてみんな世界中で働いてることになってるけど、ルズラはあたしたち地霊以外の、まともな精霊に会ったことある?」
「……いいえ。ありません」
「だよね。……もうはっきり言うけど、精霊って、少しでも力を持ってるのはルズラとあたしとガリアスだけだよ。あとは全部、体裁を整えるための形だけの存在」
ネテラヴェルムは小さく笑った。
それは間違いだ。もう一人、力持つ精霊がいる。だがそれは、ネテラヴェルムには知りようのないことだった。
「……信じられません。もし万が一そうだとしたら……なにゆえグレド=アイン様は、そんな大掛かりな嘘をついているのです!」
「岩人を騙すために決まってるじゃん。岩人はザグ=アインの外にほとんど出ないから、世界中に精霊がいてグレド様が頂点にいるっていえば信じて疑わないもん」
「岩人を……騙すため……ですって?」
ルズラヴェルムは小声でつぶやく。
「なぜです? 岩人を騙すことに……なんの意味が?」
「骨の子が言ってた<赤い光>を見つけるためらしいよ。それがなんなのかあたしも知らないけど。岩人の王家にずうっと探させてたから。不老長寿を与えるとかなんとか餌で釣ってね!」
ネテラヴェルムは、あはは! と笑うとまたくるりと回った。
「笑いごとではありません!」
ルズラヴェルムは、我を忘れてネテラヴェルムに掴みかかりそうになり、ようやく思いとどまった。彼女は、いつでも誇り高い。
「それでは、ナドラバの運命が狂ったのは、もとをただせばグレド=アイン様のせいではないですか!」
大声で怒鳴られるほど、ネテラヴェルムは冷たく落ち着いてゆくようだった。
「まあ、そうだけどさ。さっきから言ってるように、あたしたちはもともと、岩人の守護者でもなんでもないんだよ。ルズラだって彼らはどうしようもないって嫌ってたでしょ」
また、くるりと回る。
「……あたしたちは、岩人を利用してただけ。騙されるほうが悪いんだよ」
その言葉を聞いたとたん、ルズラヴェルムはすっと背筋を伸ばした。
気配が変わった。苛烈な気配が、彼女から漂いはじめる。
「……その言葉、許せません。もう結構です、ネテラヴェルム」
「……え」
あれほど平然としていたネテラヴェルムの表情が、一瞬で凍りついた。
「もうこれから先、貴方と私は相容れません。敵です」
「……待って!」
ネテラヴェルムは、一転して必死さのにじむ大声で叫んだ。
「ねえ、待ってルズラ。もう少しだけ、話を聞いて。言い方が悪かったなら謝るから! あたしでよければ一万回でも謝るから!」
この部屋に来てから、彼女が出したもっとも真剣な声だった。
「ね、聞いてルズラ、聞いて! お願い!」
ルズラヴェルムにすがるように近づきながら、ネテラヴェルムは次第に早口になってゆく。
「あたしたちはたしかにロクでもないかもしれない。何もかも嘘ばかりなのかもしれない。でも、それでも岩人がそれなりに暮らして、あたしたちを拝んでくれて、デエルレスクがけっこう栄えてたのは……ルズラ、あなたのおかげだよ。あなただけが、あたしたちのなかでただ一人、本物の地霊なんだよ。あたしはただ、それを言いたくて。ごめんねルズラ、言葉を間違えたよ」
ネテラヴェルムは、ルズラヴェルムにがっちりと抱きついた。濡れた泣き声でささやくように語りつづける。意表をつかれたのか、ルズラヴェルムは抱きつかれるままになっていた。
「……たぶんルズラはあたしたちとは根本から違うんだ。あたしや光の玉たちみたいに、グレド様に適当に作られたわけじゃない。別の力を持ってて、たまたまグレド様の下にいるだけ。だからグレド様はあなたを警戒して、あたしを監視として送り込んだ。なのに……そこまでしても、ルズラがザグ=アインから消えるのを、グレド様もあたしもガリアスも止められなかった。消えたあとも、グレド様はなにもできなかった。そしてあなたの力だけがこの山に届きつづけた。グレド様にだってそんなことできない。そう、あなただけが本物なんだよ、ルズラ。あなたがザグ=アインの本当の支えなんだ。だからルズラ……ロクでもないあたしたちを、見捨てないで。あなただけが頼りなんだよ……」
「…………」
「ねえルズラ、なんで、あたしたちの前から消えちゃったの。十年も……。たった一人の、死んだ子供のために……。残されたあたしたちは、心細くて、どうしていいかわからなくて、ぐちゃぐちゃだったんだよ? なのにやっと帰ってきたと思ったら、またあの骨の子のために、あたしたちを見捨てる気なの? なんでよルズラ……。あたしの前から消えないでよ、あなたが消えたらあたしたちはダメになるんだよ、ルズラ……。お願い……。なんでもするから。何もかも全部謝るから……。お願いだよ……」
「…………」
ルズラヴェルムの手が、ネテラヴェルムの背中に回ろうとして止まる。その手は結局どこにも触れることなく、ただ、空中をむなしく漂いつづけた。
☆★☆★☆
そこまで見届けて、私は二人から目をそらした。
このままネテラヴェルムがルズラヴェルムを説得できるかどうか、私にはわからない。だが、骨の子の力が予測通りのもので、無事にその力を得られれば、ルズラヴェルムを説得できなくてもさほど問題はない。そう大精霊長は考えているだろう。新しい力を得れば、ルズラヴェルムを力でを抑えこめるだろう。いや、それどころか、自力で赤い光を見つけられる可能性も高い。
私は縦穴を地上へと昇ってゆく。大精霊長に報告する準備をしなくてはいけない。
力ある精霊の最後の一人。グレド=アインしか存在を知らない、隠された精霊。
ルズラヴェルムと骨の子を監視しつづけていた闇の霊。
それが私だ。
地上に出ると、私のあるじである大精霊長グレド=アインの、甲高い笑い声が聞こえてきた。
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