第27話 純白の巨鳥(下)

 僕が大精霊長の指示を受けて地面に座り込むと、白い光がぱあっと強くなった。


<<良し。>>


 グレド=アインは満足したらしい。


<<では問答を始める。>>


 くちばしは全く動いてないように見えるのに、朗々たる声だけが聞こえてくる。

 さあ、大精霊長になにを聞いたらいいんだろう……。ここまでの道中であれこれ考えてはいたんだけど。

 

<<汝は、幻の奥義を持つ岩人の子より記憶と術を受け継ぐ者である。相違ないか?>>


 あ、まず僕が聞かれる立場なんだ。

 僕は口を開けたまま小さくうなずいた。すると、地面の白光が一瞬強くなる。

 口を開けたくはないんだけど、どうしても開いてしまう。あんまり大精霊長が大きくて無理して見上げるしかないからだ。


<<汝はその力がどこより来たものか、どのように使うべきものかに迷い、大精霊長たる我の導きを求めてここへ来た。相違ないか?>>


 ふたたびうなずく。

 

 <<汝が記憶を受け継いだという失われた岩人の子が、岩人の王族に命じられた任務を知っているか?>>


 知ってる、とうなずく。「赤い光」を探すことだ。また地面が一瞬強く光る。


<<岩人の子が「赤い光」を発見したとの情報は、汝が知るかぎり真実か?>>


 知ってる。またうなずく。地面が光る。僕が反応を返すと光るんだね。意味はわからないけど。


<<汝は岩人の子が、「赤い光」を見た場所を知っているか?>>


 知らない。ナドラバ本人も記憶をなくしてた。ゆっくりと首を振る。

 地面がまた白く光った。

 

 グレド=アインの嘴が少し動いた。口を開きかけて、また閉じた。ほんの数瞬、間があき沈黙がおりる。


<<……汝は、その場所の手がかりを知っているか?>>


 知らない。また首を振る。


<<汝は岩人の子から引き継ぎし術で、「赤い光」を探したか?>>


 やってみた、とうなずく。それにしても……これって、問答なのかな。なんだか尋問に近い気がするんだけど……。


<<汝の探索で、「赤い光」の目当てはついたか?>>


 首を振る。本当は、「赤い光」のことを知る、アイン=ラグナのボルクさんと会った。でも、そのことを他の人に伝える気はないし、ボルクさんは何も教えてくれなかった。

 地面がまた白く光った。


<<……続けざまの問いに、よく正直に答えた。これが最後の問いである。>>


 大精霊長の声は、少しだけ低くなった。


<<岩人の少年の魂は、完全に汝より消えた。これは真実か?>>


 僕は、少し考えたあとゆっくりとうなずいて見せた。もう、夢の中でナドラバと話すこともできない。奥義はまだ使えるけど、いつまで使えるかはわからない。

 

 大精霊長はそれを見て、ばさり、とゆっくり両翼を動かした。ごう、と風が鳴り、風圧で僕は少しよろめく。

 でも大精霊長はもう僕を見ていない。考えに沈んでるときのクセなのか、もう一度、ばさり、と翼が波打った。


 ……寒い。地面も冷たいしグレド=アインが起こす風も馬鹿みたいに冷たい。

 あれこれ大事なことが聞けるとワクワクしてたんだけど、どうも思ってたのと違う。質問も「赤い光」のことばかりだ。僕はもう早く切り上げたい気持ちになりかけてた。

 そのとき、大精霊長の銀色の目がようやく僕を見下ろした。その瞳からは感情はまったく読み取れない。


<<そのまま動かずにいよ。すぐ終わる。>>


 僕の膝の下の地面の色が変わる。青に、そして緑に、最後に黄色に。

 ちょっと驚いたけど、色だけで他になにも感じなかったので、僕は正面を向き、グレド=アインの足を見ながらじっと座ってた。凄い鉤爪だな……なんて考えてる。

 

<<……小さき客人よ、教えよう。汝の身体のうちに宿る力に近きものを、我は知っている。>>


 その言葉にはっ、と顔をあげる。退屈で不毛に思えてたこの面会が、一瞬で意味ある時間に変わった。


<<我が知るその力の持ち主は……小さき者モルタ。>>


 ……どこかで聞いたことがあるような、ないような名前だ。

だけど大精霊長の次の言葉に、僕は衝撃を受ける。


<<我と同じく、女神ノールの子にして後継……。すなわち「最初の七」の一員であった。>>


 最初の七! そうだ、ラホさんの絵本で読んだんだ! 「なぞのおおい さいごのこ モルタ」!


 ホルウォートを支配してた三匹の魔物と交渉し、彼らの力を統一して「ノウォン」を作り出し、ホルウォートを救った女神ノール。その子供たちにして後継者たちが、「最初の七」だ。僕が文字を覚えた絵本で、何度も繰り返し読んだ話だ。


<<モルタは謎多き小男であった。我ら七人の末子であり、女神ノールの小間使いであり……隠された力と使命を持ち、隠された旅路を辿った。そして、その半ばにいずこかで死んだのだ。>>


 ……それって、なんにもわからないってことじゃないか。

 モルタ、という名前と、女神の雑用係をしてたことと、もう死んでるってこと以外、なにも。同じ最初の七ですら、そのくらいしか知らない存在なのか。

 

<<我は女神ノールにかつて、モルタの力について尋ね少しの答えを得た。その答えと、いま汝を調べて判明したことを突き合わせれば、地霊ルズラヴェルムが「転生の力」呼んだ汝の記憶を受け継ぐ力、モルタを源にしている可能性は否定できぬ。>>


 ……いま、僕を調べた?

 あ、あの光の色が変わったとき、僕の身体を調べてたのか……。だからここに座らされたんだ。

 ということは、僕がなにか答えるたびに白く光ってたのも……たぶん、嘘をついてないか調べるためだったんだろう。

 ……なんだかなあ。


 でも、貴重な情報をくれたことはたしかだ。まだ名前しかわからないけど、最初の七の一人ってほどの人なんだから、そのモルタって人がどんな人だったのか、調べる方法はあるはず。……あとでルズラさんに相談してみようか。


<<……では、汝に道を示す時間である。よく聞くがよい。>>


 また銀色の目が僕を見下ろす。

 そして、大精霊長はこう言った。


<<汝の道。……それは、我に汝の力を全て捧げることである。>>


 ……え?

 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

 僕は相変わらず口を開けたまま、巨大な鳥を見上げる。


<<汝がもたらした、「赤い光」に関する情報は期待はずれであった。汝もまた受け継いだ魂を失い、「赤い光」を探す力を持っていない。無意味な存在に見えたが、モルタの力を身に宿すとなればその意味も変わる。秘められた神秘の力、我に譲り渡せ。そのための方法も、すでに用意してある。>>


 ……あ。


 突然、僕はすべてを理解した。

 この白い鳥は僕になんの好意も持っておらず、人として扱う気もないんだと。


 ……会った瞬間から、うすうす感じてはいたんだ。

 だけど、僕はその直感を信じられなかった。ルズラさんが仰ぐ存在だというのが僕の判断の邪魔をしてた。


 僕は本能的に四足になる。

 逃げる。とにかくこの場から逃げるんだ。

 ポン足の術を使う。いますぐ!

 

 ……ポン足の術は発動しなかった。それどころか、僕の足は全く動かなかった。

 地面の光はいつのまにか青黒くなっていて、触れた僕の手足は貼りついたようになってどうにも離れない。


<<矮小なる者が、抵抗など無意味だ。確保せよ。>>


 巨鳥から冷徹な声が聞こえた。

 一瞬前まで貼りついてた手足が、ふわっと自由になる。そして、むなしく宙を掻く。


 後ろから、巨大な手が僕を持ち上げてた。両脇腹をつかんで無造作に。

 聞いたことのある、呪うような低い声が聞こえてきた。


「逃げんなよ逃げんな逃げんなもう無駄だっての終わってるんだよ骨野郎おまえは終わってるんだあのクソ地霊から引き離されたとこで終わってたんだ気づけよ、全部手のひらの上だって言ってやったろやっとわかったか俺が言ったこと、これでわかったろ仕組まれてたんだよ全部だハハ間抜けがのこのこ来やがっていい面の皮だぜあのクソ地霊わんわん泣くなヒャハハハハ!」


 目の前にある巨大な黒い器の陰から、子供が木炭かなにかで描いたような稚拙で歪な感じの人影が現れた。

 地霊ガリアス。彼が、なぜかここにいた。


 いや。

 なぜか、って言う必要なんてない。わかった。やっとわかった。

 こいつは……ガリアスは、大精霊長の命令で動いてたんだ。たぶんずっと。

 本人が言ってたとおり、言われたその通りに。王族殺害も、ルズラさん襲撃も。


 と、いうことは。

 

 ……僕は、辿りつきたくなかった答えに辿りつく。

 うっすらと気づきかけてた、でも考えないようにしてた真相。

 この企みを主導した、ここにいないもう一人。


 ……全身から力が抜けた。


<<無駄口はやめよ、ガリアス。服を脱がせる必要もない、はやく鍋へ投入せよ。>>


「へいへいわかりましたよしかしまあ骨野郎おまえには笑えたよ自分を煮るため用意してある鍋が目の前にあるってのに気づかずに呑気にしてやがったなヒャハハハハ! ヒャハハハハハハハ!!!」


 僕を掴んでる手……おそらくガリアスのゴーレムの手が、僕を高く持ち上げ、器の上まで持ってくる。

 ああ。

 上から見ると一目瞭然だ。鍋だ。なんの力で熱してるのか、お湯がボコボコと音を立ててる。


<<ガリアスよ、気が利かぬ。鍋のなかで浮かぬよう重しをつけるのだ。>>


 大精霊長……グレドの言葉が、ここに来てやけに具体的になってる。

 ガリアスは珍しくなにも言わずわずかに肩をすくめる。すると、僕の腰がずしりと重くなった。

 岩だ。岩のベルトみたいなものが、僕の腰に取り付けられてる。


「じゃあなあばよ骨野郎、いいダシ出せよヒャハハハハハハハ!!」


 僕を掴んでた手の感触が消えた。

 ズブン……!

 浮き上がる泡が、僕の視界を一瞬で奪う。

 

 僕はなすすべもなく、熱湯の中を鍋の底へ沈んでいった。

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