第26話 純白の巨鳥(上)

 ザグ=アイン山脈の最高峰。その頂上近くにある小広場に辿りついた僕らを待ってたのは、三日前に麓で別れたはずのネテラさんだった。


「ネテラ……いったいどうやってここへ? なぜ来たのです?」


 ルズラさんは混乱した様子でネテラさんに問いかける。


「あとで説明するから! それより大変なことが起きたんだよ。だから無理して来たの、すぐ話し合いたいの。こっち!」


 ネテラさんは真剣な顔でルズラさんの手を引っ張る。

 大変なことってなんだろう。ガリアスが現れて、なにかをやらかしたんだろうか。


「え、ですがネテラ、私は御子を大精霊長に」


「それより大事なことなの。御子の案内はそこの風霊に任せればいいから。グレド様にも説明してあるから。早く!」


「え、ええ」


 ルズラさんは困った顔で僕の顔をのぞきこむ。僕はすぐうなずいて見せた。


「わかりました……。では御子、お一人にして申し訳ないのですが……。風霊、きちんと案内してくださいね」


(……うん……)


 頼りないかすかな声が聞こえた。風霊、と呼ばれたのは小さな薄青い光の玉だ。これが風の精霊か……。


「ごめんね御子、ルズラ借りるね、ごめんね……」


 ネテラさんは申し訳なさそうに謝りながら、僕らがいる階段下の広場の隅へと、ルズラさんを腕を取るようにして引っ張ってゆく。隅へと辿りつくと、二人は僕のほうを向き直り少し頭を下げたあと、すうっと地面に吸い込まれるように姿を消した。


 消える二人を見送ったあと、急激な心細さがやってきて、僕は天に続くような階段を見上げながら立ちすくむ。

 ……どうしろっていうんだ。こんなところに、一人きりで。

 いや、行っていいよとうなずいたのは僕だけどさ。


(……行くよ……)


 かすかな声がまた聞こえ、青い光玉は返事もまたずに階段の上を先へ進みはじめる。そうだね、どうせ迷う余地なんてない。この階段を進むしかないんだ。

 僕は純白すぎて目に痛い石の階段を、一段一段昇りはじめた。



☆★☆★☆



 見上げてもまだ階段の終わりは見えず、蒼穹だけが無情に僕を見下ろしてた。

 三百段までは数えた。そこで僕は、階段の段数をカウントするのを諦めた。

 とにかくうるさくて集中が続かないからだ。

 いろんな色の光の玉が、いくつもいくつも階段の横の空中をふらふらとさまよってる。それはなかなかきれいな景色なんだけど、そこから聞こえてくる声が非常に耳障りだった。


(ホネ……!)

(ホネえ……あはははは!)

(つきおとしてあそぼ♪)

(きたないきたないきたない!)

(バカみたい……)

(こわれたらみんなでわけよ?)


 何十もの声が重なり合って頭の中にワンワン響く。内容がまた、なにも考えてない子供そのものだ。

 もしかして、これも精霊なんだろうか……。レベルが低すぎないか。ルズラさんと同じ種族だとはとても思えない。それとも彼らはみんな精霊のなかでも幼いだけなんだろうか。そんな未熟な精霊がなぜ、大量に精霊長のところにいるんだろうか。大精霊長は子供好きなんだろうか。

 ……あれこれ考えて気を紛らわそうとするけど、やっぱりうるさいものはうるさい。

 

 残酷で無邪気な声にさらされながら、僕は階段を上がってゆく。青い風霊はまともに案内するつもりがないらしく、はるか上でちかちかと瞬いてる。話しかけることすらできない。

 

 さすがに気持ちが萎えかけて、少し立ち止まって休もうかと思いはじめたとき、僕の目はそれを捉えた。

 翼だ。

 階段の上に、巨大な白い翼みたいなものが少しだけ見える。なんだあれ。でかい。でかすぎる。

 立ち止まりかけた足が、また動きはじめる。

 全部で五百段ぐらい昇ったところで、ようやく踊り場に辿りついた。

 そこで階段は三十度ぐらい右に曲がり、さらに数十段の階段があってその先に重厚な山門がある。


 山門をくぐって山頂に出る。そこで、僕は思わず立ちつくした。

 

 鳥だとは聞いてた。姿を模したアクセサリーも持ってる。

 でも、この目で見るとあまりにも圧倒的だった。

 姿は鷹に近いだろうか。真っ白で、信じられないほど大きい。僕の何十人分の高さがあるんだろう。

 巨鳥は社のようになった頂上の平地の奥、一段と高いところで、胸を張り翼を誇示するようにひろげてた。


<<よくぞ来た、小さな客人よ。さあ、我が元へ来たれ。>>


 巨鳥の口は動いていない。なのに、ビリビリと空気を震わすような声がした。魔術で出してるんだろうか、この声。

 いままで我関せずで上空を飛んでた風霊が、僕の顔の前にやってくる。


(さあ行こう……案内、案内するよ……。)


 案内もなにも、目的地についてるんだけど。

 仕事したふり、したいんだね……。


(グレドさま!)

(グレド=アイン! アインのやまやまを、しはいするもの!)

(おおきいよ! つよいよ!)


 他の精霊たちが騒ぐなか、僕は大精霊長グレド=アインの足元に近づいていった。

 僕の後ろで、山門がぎいっ、と音を立てて閉じられた。



☆★☆★☆



<<世界の精霊を統べる大いなる長、グレド=アイン。それが我が名である。>>


 大精霊長グレド=アインは、この山のなかでも一番高いところにいた。

 山頂の小さな広場のさらに奥に、斜め上に蒼穹に突き刺さるような尖った崖があり、その先端に、両足を揃えて大精霊長は止まってた。翼を軽く広げて。

 どう考えても風で転げ落ちそうな不安定な姿勢に見えるんだけど、さすがは鳥というべきなのか、微動だにしてない。純白の彫像みたいだった。


<<小さき客人よ、所定の場所で我との問答に備えよ。>>


 所定の場所? なにそれ?

 

(白く光ってるとこだよ……。案内、案内するよ……。)


 風霊が先導するように動いてく。たしかに、地面が円形にほの白く光ってる場所があった。グレド=アインのすぐ目の下だ。無理して見上げないと顔が見えない。

 すぐ横には、黒い金属でできた、ばかでかい器みたいなものがあった。高さが僕の何倍もあるので中は見えないし、何に使うのかはさっぱりわからない。


<<両膝を地につけよ。>>


 え。跪くの?なんだか注文が多いなあ……。あ、でも膝をつくと仰向きやすいので鳥さんの顔が見やすいね。正座しちゃおうか。

 僕が地面に座り込むと、白い光がぱあっと強くなった。

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