第4話 こんがり焼かれながら

 自分の頭が焚き火の中で焼かれていってるのがわかる。パキ、パキ、と骨が膨れてきしむ音が頭じゅうに響く。


 なのに、熱さは感じなかった。

 それどころか頭の芯のほうには、ひんやり冷たく寒い感覚が残っている。

 首を落とされたのに、首のつけねにも何の痛みもない。

 それがたまらなく不思議で、怖い。


 ああ……僕は、やっぱり死人なんだなあ。

 大きな暗い穴を覗き込むような虚しい気持ちで、周囲の音を聴いてた。


「ブワッハッハハハハアア!!! これほど早く見つかるとはナアアア! さすが俺様よオオ!!!」


 豚の邪術師がわめいている。


「勢い余ってぶっ飛ばしちまったが、ま、いいわナアアア!!! 俺様の術は、威力がありすぎて困るわアアアア!!!」


 いちいちうるさい。


「おらアアアアアア!!! まだ、見つからんのか、下僕どもオオオオオ!!!」


 豚が叫ぶと、カチャ、カチャ、という音がかすかに聴こえた。どうやら骨たちに、飛ばしてしまった包帯さんを探させてるみたいだ。


「あと、ついでにキノコも探せエエエエ!!! 茶色いキノコだぞオオオオ!! 縞入ってるやつじゃないぞオオオオ!!!」


 どんだけキノコ好きなんだ。

 ……ふっ、と、土の中で見た夢のイメージが蘇る。

(夢のスープの中を漂っていた、クリーム色の切れはし。香り高いキノコの薄片。あれはもしかしたら、豚が探しているトワレキノコだったのかな……。)

 何もできず、熱すら感じない僕の意識は一瞬、ものすごくどうでもいい思考に占領された。


「よおオオオオオシ!! 見つけたかアアアア!!!」


 そして豚の歓喜の声に、現実に引き戻された。


「オラアア、下僕ども、連れてこいやアアアアアアア!!!」


 カチャカチャカチャ、と音がして、二体の骨が視界に入ってきた。その一体に抱えられているのは、手足のない包帯さんだ。包帯はあちこちちぎれて、小さめの鼻と、薄い唇が見えていた。


「なあ豚くん」


 包帯さんの、低くて冷静な声が聞こえる。


「豚じゃないワアアアア!!! 豚人だアアアア!!!」


「そうか、なんでもいいがね、君のために働いたあの小さな骨くんを、壊してしまったね、君は」


「……ハアアアア??? 何を言ってるんだアアアア???」


 豚は首をひねる。真顔だ。僕のことなど全く憶えておらず、目にも入ってなかったらしい。


「……ふう、もういい。この子、可哀想だな……」


 包帯さんは、焚き火の横に倒れてる首のない僕の身体を見たようだった。低い声で、そう呟いた。

 ……ありがとう、包帯さん。涙が出そうだ。本当に泣けたらどんなにいいだろう。

 僕はその身体のすぐそばの、焚き火の中でまだ意識がありますよ、と伝えたいけど、……無理だよね。


「そんなことはいいわアアアアア!!! おまえが、俺様が探してた銀髪の女だなアアアアア!???」


 え、このタイミングでそれ訊くの? 確証があって攻撃したんじゃないの?


「さてね、ボクは君が何を探してたのかは知らないよ」


「ヌウウウウウ!!! 下僕ども、その顔の包帯をひん剥けエエエエ!!!」


 包帯さんを抱えていないほうの骸骨が、頭を覆っていた包帯を解きにかかる。でも細かい作業は苦手みたいだ。骨だもんなあ。


「なにをモタモタしてるんだアアアアアア!!! ええい、俺様がやるワアアアアア!!!」


「いや君に触られるのは断固拒否する。なんかヌトヌトしてそうだ」


 包帯さん、挑発しないで!


「ふざけるナアアアアアアア!!!」


「……ぐっ!!」


 豚が包帯さんにずかずか近づくのが視界に入った。

 ブギュウとうなりながら、包帯さんの目から上の包帯を、強引にむしり取る。目とか髪とかをこすり上げられて、包帯さんは痛みにうめく。

 包帯の下からは、短くばさっと切った銀の髪と、切れ長のきれいな目が現れた。


「……やっぱり銀髪だアアアアア!!! こいつだアアアアア!!! ガハハハハハハアアアア!!!」


 豚が得意げに大笑いする。


「まあ、否定はしないがね。……ところで豚くん、君は本当にボクを殺せと言われてるのかい? ボクの身体は、君の主にとっては貴重なものだと思うけど」


「ブワッハハハハハアア!! 貴様の身体、それも残骸さえあればいいのだアアアアア!! 命なんぞいらんということだったゾオオオオ!!!」


「……ああ、そうか。また、何かおぞましい技術を開発したんだな」


 包帯さんは力が抜けた微笑みを浮かべた。胸が痛くなるような笑顔だった。


「……わかったよ、覚悟はでき……ん?」


 あきらめの言葉を口にかけたところで、包帯さんはクンクンと鼻をうごめかす。


「なにか……匂いがするね。ものすごくいい匂いだ……」


「ン??? ンンンー???」


 豚もつられて鼻をフゴフゴと動かす。そして、すさまじい勢いで顔をしかめた。


「クサいイイイイイ!!! なんだこの匂い、クサいぞオオオオオオオ!!!」


「そうかい? やっぱり君とは好みが合わないね。……香ばしくて、爽やかで、食欲を刺激する匂いだ……。ああ、こんな時なのに、お腹がすいてきたよ」


「この変態がアアアアアアア!!!」


 さすがに豚に変態呼ばわりされるのはつらいらしく、包帯さんのクールな表情が、はじめて本気で崩れた。


「ど、どう見ても君のほうが変態だろう!? なあ君たちもそう思うよな?」


 自分を抱えている骨に問いかけるが、もちろん骨は答えてくれない。包帯さん、落ち着いて。


「ええい、こんなクサいところにいられんわアアアアアア!!! トドメをさすぞオオオ!! この俺様、豚人邪術師グブードンの必殺ワザでなアアアアアアア!!! 下僕ども、そいつを抱えたまま、少し後ろへ下がれエエエエエ!!! モタモタすんなアアアアアア!!!」


 骸骨たちは言われた通り、包帯さんを抱えて数歩後退し、焚き火のすぐそばに来た。間違ったら僕を踏むぐらいの距離だ。


「久々に、見せてやろオオオオオオ!!! 俺様の奥義をなアアアアアア!!!」


 豚は少しだけ腰を落とすと、ぶくぶくの両手をすぼめるように伸ばして、右手で貫手を作った。そして、ブギュッ、ブギュッ、と声を出しながら、貫手をしゅしゅっと動かして型みたいな動きをする。上半身の贅肉がぶるぶる揺れる。

 むむ! 意外にも卓越した使い手! ……かどうかは、もちろん僕なんかにはわからない。

 でも、貫手の先に、黒い光みたいなものが溜まって、ギラギラと油っぽく光り出すのが見えた。


「ほう……初めて見た、闇魔術を指に集めるんだね……。まあいい、ひと思いにやってくれたまえ。……はあ、それにしてもいい匂いがさらに強くなってるんだが、これはなんだろう。気になっておちおち死ねないよ……」


 包帯さんがぶつぶつ呟いてる。ある意味、人間離れした落ち着きだ。

 でも、包帯さん、本当に豚に殺されていいのか。どうにかならないのか。今夜、僕が出会った唯一の心優しい人なのに。

 僕は焚き火の中で焼けながら、必死に包帯さんの顔を見上げる。生きてほしいという願いをこめて。


 包帯さんの目が、ふと、見上げる僕の視線と合った。切れ長のちょっと垂れぎみの目が、くわっと開かれた。

 に・げ・て。

 僕は口を動かした。そのくらいしかできない。情けない。

 包帯さんの目がさらに、裂けそうなぐらい見開かれた。


「女アアアアアア!!! 死ねエエエエエエエ!!! 空中地獄突きイイイイイイイ!!!」


 左手に青い箱を高く掲げ、右貫手を脇に構えたグブードンが、その巨体では考えられないぐらい大きく跳躍して、飛びかかりながら貫手を包帯さんの首めがけて突き出した。青い箱がぱかり、と開き、黒い霧のようなものが立ちのぼるのが見えた。


 包帯さんは全く避けようともせず、それどころか豚のほうを見ようともしなかった。

 自分を抱えている骸骨の足元に転がっている僕の顔をじいっと見ながら、その一撃を首に受けた。


 包帯さんの首がちぎれて、まっすぐ上に飛ぶのを、僕は見た。

 なすすべもなく、炎の中に転がったまま、僕はその瞬間を見た。

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