第3話 包帯さん、かく語りき
「……驚かせてしまったかな。すまないね」
突然かけられた言葉にビクリ! として、寝転んでいた僕があわてて起き上がると、それに合わせるように、いままで荷物だと思ってた包みもむくりと起き上がった。
布で巻かれてたように見えてたのは、よく見ると包帯だった。全身を幅の広い包帯でぐるぐる巻きにしてる。
顔にあたるところにわずかに隙間が空いていて、そこから琥珀色の眼が覗いてた。
「……もしかして、ボクの言うことがわかるのかい?」
包帯越しなので声は籠もってるけど、冷静な口調で、謎の包帯さんはそう言った。
何者かはさっぱりわからないけど、この人は話が通じそうだ。
僕はこくんと頷くと、口を開いて、こんばんは、と挨拶した。
……けど、声は出てこなかった。
「ああ……。君、それは無理だよ。だって声帯がないものね」
そうだった。がっくりとうなだれる。
「まあ、話をしたいという気持ちは伝わったよ。やっぱり君には意識があり知性があるんだね。珍しいなあ」
意識があるのが珍しい? 僕はクビをかしげた。
「君は死霊魔術師、いわゆる邪術師に召喚されたんだろう? この世界で死者が動くのは箱を使った邪術しかないからね」
豚のことをしばらく忘れてたのに、また思い出してうげえ! という気持ちになりながら、少しだけ頷いてみせる。
「邪術師に喚ばれた死人は記憶も感情も知性もほとんど失ってるっていうのが常識さ。ほぼ、ただの操り人形だよ。君みたいに意志があるっていうのは、少なくともボクははじめて聞いたし見たよ」
なら、しばらく前、僕の隣りにいた骨が頭をなでてくれたのは何だったんだろうか。……考えても、僕にわかるわけがないか。
「そもそも、君のような子供が、召喚の対象になること自体珍しいんだよ。死霊召喚じゃ普通、自動的に除外されるからね」
……子供? さっきも言われたけど、僕は……子供なのか?
自分の顔をぺたぺた触ってみるが、なんともいえない。鼻面はあまり出っ張ってない気がする。
ちなみに眼はただの穴だった。指を入れると後頭部まで突き抜ける。……脳がないのに、僕、どこでものを考えてるんだろうか。
「ああ、自分じゃわからないのか。君は何か……ケモノと人の間ぐらい……いわゆる獣人の、子供の骸骨に見えるね。この大森林にはその昔、竜に近い人が住んでいたから、それなのかもしれない……」
竜だって!? なおも顔を触ってみたけど、触った感じはぜんぜん竜っぽくない。口はちょっと前に出てるみたいだけど、全体的につるんとしてて丸い。
ただ、耳の上あたりにコブみたいな突起があった。これ、角の初期型なのかも……。
「侵入者が来たかと思えば、それが小さな獣人の子供の骨でさ……。しかも来るなり、自分の身体を調べてガッカリしてるみたいだし。なんなんだろーなーこの子、って思ったら自然に声をかけちゃってたよ」
自分の頭を撫で回す僕を見て、包帯さんはふふ、と小声で笑っている。
「骨だけど、君はかなり可愛く見えるよ。家に連れて帰って可愛がりたいほどだね。……もっとも、そんな時間は残されてないだろうけど」
包帯さんは急に力ない声になり、ぱたり、とまた元のように地面に寝た。
包帯から覗く琥珀の瞳には焦点がなくなり、虚ろに炎を映している。
僕は心配になって、座ったままずりずりと包帯さんに近づいた。そして気づいた。
……包帯さんには、手足がないことに。
包帯さんの肩の両側に腕らしきものはなく、腿にあたる部分の下にも何もない。
「……気づいちゃったかい。そう怖がらなくていいよ。痛くはないんだ。ただ、失われてるだけでね」
動揺が伝わったのか、包帯さんはそばに来た僕に目を合わせてそう言った。
「この世界を動かしてるのが、ノウォンという力なのは知ってるかい? 筋肉がない君の身体を動かしてるのも、君の骨に残留してたノウォンだろう」
包帯さんはごろんと寝返りをうって仰向けになる。
「そしてボクは、もともと手足にちょっと問題があるんだ。ノウォンの力でがんばってどうにかしてたんだけどね……いろいろあって、ノウォンをほとんど失ってしまった。手足もあきらめるしかなかったのさ」
フフ、と包帯の奥で低く笑い、包帯さんは目をつぶった。
「だからしばらく、この隠れ場所で回復を待とうと思ったんだけどね……。君が、なぜか結界を越えてここに来ちゃったろ。だからもうすぐ、君のあるじ、ボクを殺す命令を受けたやつがここを突き止めて来るはずさ」
あ! と僕は、声が出ないのに口をぽかんと開けた。
知らず知らずのうちに僕は、あの豚の命令を果たしてしまっていたのだ。それも、包帯さんが隠した場所をわざわざ見つけて。
「……この焚き火の中に入れた結界石は、完ぺきに近いぐらい気配を消してくれるはずなんだけど。君には、特殊な技能があるのかもしれないね」
目を閉じたままそう話す包帯さんに擦り寄って顔を覗きこむ。僕の責任だ。
どこの誰ともしれないけど、この人を豚に殺させるわけにはいかない。
そうだ、ノウォンとかいうものがなくて苦しんでいるなら、僕の骨にあるという残留ノウォンを、使ってもらったらどうだろう。
それを提案したいんだけど、僕は声が出せない。
手の指を包帯さんの口のあたりに近づけたまま、もう片方の手をわたわたさせる僕を見て、包帯さんは目を開けると、目尻を下げてフッと笑ったようだった。
「……君は、やさしい子だな。気持ちはありがたいけど、君の骨に残ってるノウォンはごくわずかだろう。ボクがもらっても仕方ないさ」
包帯さんはそう言ってまた目を閉じる。僕は焦って、ぐいぐいと指を包帯の下の口に押しつけた。
「ハハハ、そんなことしなくても、君には感謝してるよ。最後に、こうやって話し相手になってくれた」
ダメだ、完全に死ぬ流れに身を浸した発言だ。どうにかならないか、どうにか……。
僕がそう考えはじめた、その時。
そばにあった焚き火の炎が、ぶわっ、と大きく乱れた。
次の瞬間、背中にドスン! という衝撃が来て、僕の視界は一瞬で回転する。
樹が見え夜空が見え樹が見え……僕の眼は、自分の真下にある焚き火を捉える。
僕は空を飛んでる。僕の頭は縦回転してる。
そう認識したときには、また樹、夜空、樹……そして、僕の視界はもう一度自分の真下に戻った。
あの豚、青い箱を持った死霊邪術師がいた。何かを吹くような姿勢をしてて、その口から、黒くうねる何かが吐き出されていた。
そこまで一瞬で見たけど、僕の頭はまた上を向きはじめる。気持ち悪い。勘弁して。目が回る。
あ、でも回転がゆるくなってきた。夜空は雲が晴れつつある。小雨はもうすぐ止むかも。
呑気にそう思ったとき、自分が落ち始めたのがわかった。
さっきより遅い速度で、僕の頭がまた下を向く。豚から吐き出された黒い何かが、すぐ下でうねうね動いていた。
舌にしては細長くて、光を吸い込むような黒だけど、表面で何かがチカチカ光ってた。
包帯さんはどこ? 探したけど見つけるまえに、また視点が上っていく……。
そして僕は……正確にいうと、僕の頭部は、焚き火の中に落下した。
ガス! という音が頭の中に響き渡り、目の前は炎でいっぱいになる。
炎の向こうに、横倒しになってる首のない骸骨……たぶん、僕の身体が見えた。
「ブワッハハハハハハハハアアア!!!」
炎の中で、僕は豚の哄笑を聴いた。
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