ムーグゥ 報告会




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   報告書 


 患者 <塚田えみり 女性 4歳>

 参加メンバー 「もっち」高柳素子/「タッキー」竹内清彦/「クウヤ」米崎空也/「ジョー」上条悟志/「ミルカ」延江碧/「マリン」乾沙織



 前回とは異なり、患者のムーグゥの場は終始安定していた。(背景については別頁参照のこと)

 我々の出現にも大きな動揺は見られず、攻撃されることも無かった。おそらく、母親が彼女をあやし続けると共に、終始我々に好意的な態度を取っていたからだと思われる。

(例:「ほーら、えみりちゃん。お姉ちゃんたち来たねえ。楽しいねえ」)


 ジョーの奏でる音楽に乗せて踊り始めると、患者は我々に大きな興味を示した。(笑い声を発し、こちらに手を伸ばす等)


 3曲め。マリンの誘導により、母親をダンスに参加させる。最初は抱かれたままだった患者を床に立たせると、患者は1歳程度の姿に成り、母親の手に掴まりながらはしゃいだ様子を見せた。(「あ、あ」「んま」等 発声あり)


 次に、ミルカが患者と片手を繋ぎ一緒に踊ると、しばらくして患者は母親の手を離しミルカと一緒に大きく体を動かし始めた。頃合いを見てタッキーとマリンが参加し、最終的にはクウヤともっちが抱き上げても喜ぶほど、皆に懐いた様子だった。

 この時の姿はおよそ3歳程度。(「抱っこ」「高い高い」「もっと」等 意味のある発言。口調もはっきりと)


 ひとしきり踊った後、「おやつ」として件のかぼちゃ蒸しパンとミルクゼリーを提供する。患者は抵抗なくそれを食すだけでなく、盛大な食欲を見せた。(「おいしい」「これ好き」等発言)

 母親に促され、我々におやつを分けてくれる等、社会性の発達も見られる。(「お兄さんとお姉さんにどうぞ、は?」「はい、どーじょ」)


 制限時間により、離脱。「バイバイ。また来てね」と手を振り見送られる。


 現実へと興味を向かせることと、母親以外の存在を印象づかせることに於いては、かなりの成果を上げたと思われる。また、患者はミルカについて多大な関心を寄せた様に見受けられた。




 報告者:マリン「乾沙織」



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 夜空の部屋へ入ってきた院長は、ドアが閉まり切る間もなく、ソファで寛ぐ6人に向かって深々と頭を下げた。


「美枝子が無事、戻りました。皆さん、ありがとうございました」


 頭を下げたまま、動かない。続けて入ってきた桃香が、そっと言い添える。


「皆さんが戻られてすぐ、奥様も目を覚まされたんです。体力が落ちているので声は小さかったけど、『ありがとう』って仰ってました」


「よかった、ちゃんと戻れたのね」

「ええ。またすぐに眠ってしまいましたが、娘さんとは繋がらず、通常の睡眠です」


 もっちが立ち上がり、院長の肩に手を添えて頭を上げさせる。


「ほらほら、院長。まだ、終わったわけじゃありませんから。向こうでの事、報告させてください」


 塚田六郎は片手で両目を覆い、何度も頷いた。


「そうですね。でも、とりあえず美枝子は戻った。今は、それだけでもう……」


「ちょぉっと、インチョー。オレらの大活躍、聞いてくださいよぉ。ミルカがすごく頑張ったんですよ」

「踊り、いっぱい練習したもん」

「なー。口上も立派なもんだったよ。これで平安時代から続く名乗りの伝統を担う一員に」


「僕もですね」

 長くなりそうなタッキーのおしゃべりを遮って、ジョーがメガネを光らせ割り込む。


「僕も、普段は自由に即興で演奏するんですが、今回は完コピってことでね。いつもと違う緊張感が」


 もっちがグイグイと背中を押し、塚田をソファに座らせた。


「ほらほら、塚田さん。みんな聞いて欲しいって」



 マリンの書いたお堅い報告書とは裏腹に、実際の報告会は実に楽しいものとなった。


 院長を母親役として立たせ、周りを取り囲んで夢の中の再現をしたり、碧が練習してきたミルカの口上やダンスを披露したり、えみりの「はい、どーじょ」を真似て院長を泣かせたり……と、それは賑やかに繰り広げられたのだった。





 院長の涙が乾くのを待ち、一同は今後の展開を話し合った。


 まずは妻の体力回復を待ち、相談の上で以降の方針が決められる。とはいえ、今回のムーグゥはかなり手ごたえを感じたため、おそらくはあと1~2度同様に試みたのち、最後は碧の眠りの森で、えみりを起こすことになるだろう。



「おかげさまで、当初の予定通りの運びとなりそうです。皆さん油断なく、最後までよろしくお願いします」


 塚田はそう締めくくり、また深々と頭を下げた。のみならず、一人一人にまた泣きながら握手をして周り、皆に慰められる始末だった。


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