ムーグゥ院長室 塚田六郎
「夢の中の様子を直接映像化出来れば良いのですが、残念ながら開発にはまだまだ時間がかかりそうで」
カプセル内で眠る彼らの様子をモニターで見守りながら、塚田は一冊のファイルを開き桃香に手渡した。
「この前の戦いの後、あの5人と患者さんから聞き取りした内容です。それぞれから話を聞いて、何が起きていたかをまとめてあります。それを踏まえて、カウンセリングを行う。そこまでが治療の1セットです」
「……すごい。こんなことが、夢の中で」
「ええ。ある程度、こちらで下地は作ってあります。場面の設定とか、固定とか」
もの問いた気な桃香に、追って説明する。
「ほら、夢の中って場面がコロコロ変わったりするでしょう? そうすると本筋に集中出来なくなる可能性があるので、一つの場面から大きく外れないように、下地の世界を予め患者さんに擦り込んでおくんです。その下地の夢世界を、我々は『夢具有』と名付け、いつしか『ムーグゥ』という呼び方に定着しました」
「そんなこと、出来るんですね。なんだか怖い気がします」
「怖いですよ」
塚田は重々しく頷いた。
「夢というのは、いろいろな意味で限りない可能性が広がる分野です。『睡眠』に関するビジネスは既に多々ありますが、『夢』自体に関連したビジネスもポツポツ出始めている。もしうちの技術を悪用すれば……かなり、酷いことにも成り得ます」
『酷いこと』が具体的にどういう場面を示すのか、桃香は恐ろしくて聞く気になれなかった。
「それで、あのセキュリティーなんですね」
桃香も蒼一も、入り口で入念な手荷物検査を受け、電子機器は全て預けてある。メンバーに至っては、専用のロッカーに全ての荷物を預けるのだと言う。
ムーグゥの中の話は、一切他言無用。そのことは患者にも徹底しており、患者はどういう仕組みでメンバーが夢に現れるのか、メンバーが実在する人物なのかどうかさえ知らされない。
「メンバー選考も苦労しました。頭が柔軟で心根が優しく、尚且つ口の堅い人物。今のところ、やっと8人まで揃いました」
メンバー選考は、いわゆる「ドッキリ」形式だ。
というか、ある番組の「ドッキリ企画」に密かに便乗して行われるのだ。
ある時は、公園の東屋で。ある時は、カフェの一角で。ある時は、ショッピングモール内の広場の片隅で。
姿の見えない相手が、ターゲットに語りかける。
『……私の声が、聞こえる?』
そしてその声は、自分が何者であるかを告げ、様々なことをターゲットに要求する。
私はこの樹。土が乾いて辛いから水が欲しい。
私は地縛霊。誰にも気付かれなくて寂しい、話し相手になって。
私はこの銅像。寒いから足を温めて。
ターゲットの反応は様々。
しかし、声を信じて応えてくれる者もいる。その中から、ネタバラシをした際に口止めをし、その約束を守ってSNS等で拡散しなかった者だけを、この組織にスカウトするのだ。
「テレビ関係者に、ちょっとした知り合いが居ましてね。まぁ、後々問題になるようなことはしていませんし、スカウトする前に細かな審査をして篩にかけてます。今あそこで眠っている5人のメンバーは」
そう言って、再びモニターに目をやる。
「そういう意味では、エリートです。初期メンバーであり、精鋭部隊です。彼らとともに、私どもはこのシステムを改良してきました。でも」
モニターを切り替える。画面には、ベッドの上でたくさんの管に繋がれた少女と、その隣には同じく、たくさんの管に繋がれた女性が眠っている。
「うちの娘には、駄目でした。うちの子の夢に入った者は無条件で敵と見做され、激しく攻撃し、ついには追い出してしまうのです。唯一、この子の母親を除いて」
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