第5章

ムーグゥ 再び


 「病院の外は変な匂いがするし、色が多すぎて目がチカチカするから嫌い」と言っていた蒼一だったが、やはり先日の体験には大変興味を引かれたらしい。結局、またあの施設へ行くことを了承した。


……と言っても、蒼一が本心ではまた行きたがっていることは、桃香の目には明白だったが。

 おそらく、自分の中の「正義の味方」の姿が幼い頃に見たアニメキャラクターだったことを、少し恥ずかしく思っているのだろう。恥ずかしまぎれに少しだけ、駄々をこねて見せただけなのだ。

 それに前回は、興奮と疲れで戻ってすぐに寝落ちしてしまい、例のメンバーとろくに話せなかった。あの任務については、例の濃藍色の部屋の外で話題にする事は禁止されている為、ムーグゥの中での戦いについて語りたければ、また参加するしか無いのだ。




「今日は何をするの?」


 濃藍の夜空に浮かぶような、あの部屋で。

 先日と同じメンバーが、同じ並びでソファに集っている。


 もっちが胸の前でパチンと手を合わせた。ムーグゥの夢世界のムッキムキな体躯とはかけ離れた、小さな背中をピンと伸ばす。



「小林さんね、この前のカウンセリングではかなり調子良かったらしいの。ほら、こないだ夢で、彼女、少しだけ戦えたじゃない? あのおかげで、少しずつ自信がついてきてるって」


「じゃあ、今日で仕上げかな?」

「そうなるといいねぇ」


「仕上げって、何をするの?」


 蒼一の質問に、クウヤが答える。

「仕上げは、仕上げさ。お化けを、彼女自身が仕留める。夢の中から消しちゃうんだ」


 マリンが静かに頷いた。

「最後は、自分の力で」


「マリン、小林さんのサポート頼める? 彼女、かなり貴女に憧れてるみたいだから」


 もっちの言葉に、マリンは目を見開いた。

「憧れ?………私に?」


「馬に乗ってバーッて行った時、凛々しくて素敵って言ってた」


 蒼一の暴露に、マリンは頬を染めた。


「えー、なんで俺じゃないの? 俺の名乗り、渋くてめちゃカッコイイのに」

 クウヤが唇を突き出しておどけている。



「ね、なんでみんな呪文みたいの言うの?」


 フッと短く笑い、ジョーは眼鏡を上げた。

「あれは呪文じゃなくて、口上とか名乗りって言うのかな。アニメやなんかでもよくあるだろ? かっこいい自己紹介」


「日本古来からの様式美ってヤツだ。『やぁやぁ我こそは』ってさ。ヒーロー達がカッコよく現れて、カッコよく悪を倒す。夢の中だからね、無意識にそれを刷り込む事が効率的に……いや、えーと、ほら。カッコイイ方が、強く印象に残るだろう? それが患者さんの元気の素になるんだ」


 タッキーが、子供にもわかりやすい言葉を選びながら説明する。


「ふうん。タッキーさんのやつは可愛かったよ。でも、じぇーけーってわかんなかった」

「じぇーけーは女子高生の略だよ。無敵のJK、ね」


 タッキーはしみじみと首を振った。

「俺、嫁も子供もいるからさ。守秘義務云々を置いといても、外じゃちょっと言えないよね。夢の中ではJKです、とか」


「私も」

 マリンが胸の前で小さく手を挙げる。


「とてもじゃないけど、外では言えません。髪色とか鎧とか馬とか……初めてムーグゥに入った時、本当にびっくりしたもの」



「タッキーは子供の頃、不良だった兄を叱りつけて更生させた女子高生の姿。マリンは昔自分で書いたファンタジー小説の主人公なんだって」


 もっちの補足説明に、マリンが少し赤くなる。

「あの、学生の頃に遊びでちょっと書いてただけで……」


「マリンの考える口上、いいよね。俺も相談に乗ってもらったもん」

「相談っていうか、クウヤは『ここに見参』しか考えてなかったじゃん」

「うるさいな。それを言うならジョーだって…」

「僕はほぼ、自前で考えたから」

「そうだっけ?」

「クウヤ、ほんと僕に興味ないよね」


 クウヤは慌てたように矛先を変え、さも今思いついたみたいな声を上げた。

「ほら、もっちもさ、もっとカッコつければいいのに」

「あたしはいいわよ、あれぐらいで。うちの旦那、『ザ・海の男』な感じだからさ、ペラペラ喋る感じじゃないの」



 隣室に灯りが灯った。患者の入眠が完了した合図だ。6人が立ち上がり、隣室へ向かう。


「じゃぁ桃香ちゃん、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 もはや不安の欠片も無さそうな蒼一を、桃香は笑顔で見送った。


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