第3章

眠りの森 ライオンに追われる少年<原田トモヤ>


「わ、なんだお前。なんで手つないでんの。誰? 迷子? どこ小?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出したその少年は、それでも手を振り払うことなく素早く周囲を見回しました。


「っていうかオレ、ついさっきまでライオンにつけ回されてたんだ。まだその辺にいるかもしんない」


 少年はこんがりと日焼けした首筋をうんと伸ばし、辺りを警戒しています。傍らの華奢で小柄な少年の頭の上から、向こうを見張ります。


「いないよ。ライオンはここまで来れない」


 日焼けした少年は、お前は何もわかってない、とでも言いたそうに首を振りました。



「だってずーっとだぜ。街中も店の階段も、ちょっと離れてだけどずーっとずーっと着いてきてさ、知らない店の階段降りたらクロマネギテチコまで居てさ。あいつらきっと、グルだよ。逃げなきゃ。あれ、そういえばオレ、ボートに乗ったはずなんだけど。ボートに乗って、やっと逃げれたぁって振り返ったら、ここに居て。君が手を持ってて……てゆうか、誰?」


 早口で喋りながら、少年は自分が言ったことがどこかおかしいと気づいたようです。ようやく口を噤むと、傍らの少年に再び目を向けました。



「あのね、この森はぼくの夢の中なの。ぼくは延江蒼一。小3だけど、今はトモヤ君と同じ亀山医院に入院してる。トモヤ君は、川に落ちて溺れたの。覚えてる?」


 トモヤ少年は目を丸くして、この年下の少年を見つめています。口をぽかんと開けたまま。



「原田トモヤ君。5年生。だよね? 大丈夫? 一回ここに座ろう」


 先に倒木へ腰掛けた蒼一に手を引かれ、トモヤ少年もおとなしく隣に座りました。未だにまん丸に見開いた目で蒼一と名乗る少年を見つめ、思い出したようにもう一度、周囲を見渡します。


「ライオンは……テチコは」


「それは夢だよ。トモヤ君がみてた夢。でもこの森は、ぼくの、夢だから。ライオンもテチコも居ないの」


 そっか、とトモヤ少年は呟きました。少しほっとしたのか、肩から力が抜けました。今度は急に、この蒼一という少年に興味が湧いてきます。



「で、なんでオレ、君の夢に居るの? どっかで会ったっけ?」


「会うのは初めて。でも、現実で病院のベッドで寝てる君とも、こうして手を繋いでるよ。あのね、手を繋いで寝ると、相手がぼくの夢の森に入れるの。だからこうして、早く起きられる様に手伝ってるの」


「ふうん、すげえな。お前の夢って、いつもこの森なの?」

「そうだよ。夢の中で起きた時は、いつもこの場所」


「ここ、秘密のアジトみたいでいいな。ちょっと薄暗くてさ。オレなんかは、いつも違う夢みるよ。学校とか、知らない街とか、海とか」

「普通に寝てみる夢なら、ぼくもそうだね。いつも同じ森なのは、こうして夢の中で人と一緒の時だけ」


「それってさぁ、ちょーのーりょく?」


 蒼一は強く首を振りました。


「ぼく、ふたごのお姉ちゃんがいたの。一緒に寝てるとね、夢が混ざることがよくあったんだ。同じ夢の中で遊んだり話したりして。だから普通のことだと思ってた」

「そういうの、聞いたことある! ふたごの不思議パワーだ」


 トモヤ少年は興奮した様に、蒼一へと向き直ります。


「カッケー! ちょうカッケーじゃん!」

「別に、カッコよくなんかないよ。赤ちゃんの頃からずっとそんな感じだったし」

「えー、ちょうカッケーよ。ふたごのもう片っぽにも会わせてよ。ここに呼んでさ。ふたごテレパシーみたいの、ビビビッてやってさ」


 それは無理、と蒼一は素っ気なく言いました。


「おねえちゃん、死んじゃったから。お父さんもお母さんも」

「えっ」

「車の事故で」


 トモヤ少年は両の膝頭を合わせて体の向きを変えました。そして蒼一と目を合わさぬまま、ぽそりと言いました。


「ごめんな」

「いいよ」


 トモヤ少年が、繋いでいた手を強く握りしめます。とても不器用なやり方ですが、蒼一くんを慰めたかったのです。


「元気出せよ」

「うん。大丈夫。ありがとう」

「退院したら、うちに遊びに来いよ。一緒にゲームとかしようぜ。さっき小3って言ったよな。うちにも直哉って小3の泣き虫の弟がいて…あっ」


「どうしたの?」

「オレ、弟のおもちゃ、捨てた………川に捨てようとして、やっぱりやめて、でも落っことしちゃって………川に拾いに入って、流されて……溺れた」


 呆然と呟いたトモヤ少年が、小さな声で「え? あれ? なんで」と繰り返します。その表情は、だんだんと混乱の度合いを深めていきます。



「え、オレやっぱ、死んだんじゃない? バチが当たったんだ。意地悪したから。あのボートでさんずの川渡っちゃったんだ」


「だから死んでないってば」

「嘘だ。だってかーちゃん言ってたもん。悪いことしたらクロマネギテチコに連れてかれるって。そいでライオンに食べられちゃうんだ」


 うわああああ、といきなり堰を切った様に泣き出したトモヤ少年を、蒼一はなんとか宥めようとします。


「トモヤくん、トモヤくん。聞いて。大丈夫だから」

「ウソだ! オレは騙されないぞ。そうやってオレのこと、連れてく気なんだろ。テチコに渡すんだろ。だってオレ、ナオなんていなくなればいいって、思ったからっ……しんじゃえ、って、ちょっとだけ、思ったから。でもほんとは、ちがくてっ」


 蒼一は、二人の繋いだ手にもう一方の手を重ねました。離れないよう、両の手で泣きじゃくるトモヤ少年の手を握りしめます。



「あのねトモヤくん、落ち着いて聞いて。ぼく、もう限界みたいだ。一回ここを出るけど、明日また来るから。絶対にまた、ここに連れて来るから。トモヤくんは自分の夢に戻っちゃうかもしれない。でも待ってて。明日また、迎えに来る。約束するから、信じて。絶対に……」


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