第20話 家族のぬくもり

 翌日。水曜日。

 紅倉と芙蓉は病院に行く前に金森家を訪れた。史哉の実家である。

 金森家は平成の市町村大合併で新潟市に併合された西区の住宅街にある、ごく普通の一戸建てだった。電話で訪問の意を伝えると、父親は仕事で留守だが、母親は在宅で、自分でお役に立つならと許可をもらった。多分夫人なら知っているだろうと紅倉は睨み、本人にズバリよりまだ気が楽だと思ったらしい。息子史哉が承知しているかどうかは微妙なところだろうと。つまり、問題なのは父親らしい。

「道はすぐ分かりました? もっとも今はカーナビなんていう便利な物があるから大丈夫だったかしらねえ?」

 金森夫人は気さくな笑顔で迎えてくれた。

 居間でお茶を出され、紅倉は恐る恐る尋ねた。

「わたし今、新郎新婦の背景をいろいろ調べています。それで、史哉さんのお父さん……、旦那様のことなんですが……?」

 紅倉は好意にすがるような目つきで夫人を見つめ、夫人はああと笑顔を崩さずうなずいた。

「紅倉美姫さん、霊能者さんなんですわよねえ?」

「はい」

「夫の、親のことですね?」

「そのことを、史哉さんは?」

「知っております」

 夫人は安心させるように優しく笑った。

「息子が前に……、瑤子さんと結婚をしたいと申しました時に、夫が話しました。多分、穂乃実さんにも史哉が話したと思いますよ?」

「そうですか。……教えていただけますか?」

「それが、穂乃実さんのことと関係があると?」

 夫人は心配そうに眉を八の字にした。穂乃実の意識はまだ戻っていない。そろそろ体の方が心配だ。

「はい。犯人は、ご主人のお父さんだと見ています」

「犯人……ですか?……」

 夫人はさすがに眉を曇らせた。芙蓉もこの話は聞いてない。


「分かりました。お話ししましょう。

 夫の父親という人は大きな店をやって大金持ちだった家のお坊ちゃんという人だったようです。長男でしたからこの人が店を継ぐはずだったんでしょうが、どうも女性に対して非常にだらしない人だったらしく、奥さんがいるにも関わらず夜の女遊びばかりしていて、それがあまりにひどいので、とうとう大旦那さん……お父様ですわね、激怒されて、縁を切って放逐されたそうです。奥様とも離縁されて、かなりの慰謝料を払って実家へ戻ってもらったそうです。

 その大旦那様を激怒させた原因というのが、どこの誰とも知らない夜の女を妊娠させて、その女が昼間お店に現れてどうしてくれるんだと大騒ぎしたらしいんですね。立派なお店だったようですから、それはもう大旦那様はお怒りになられたんですねえ。ところがそんな修羅場が演じられている頃、当の跡取りは別の女の家でぐーぐー大いびきだったそうで。大旦那様もとうとう堪忍袋の緒が切れてしまわれたんですねえ。

 家を放逐されたお坊ちゃんは、けっきょくどう身の振りようもなく、一年もしない内に海に身を投げて自殺したそうです。まあ自業自得ですわねえ。子どもの頃は厳しく躾られて、それはそれは立派な男子だったそうですが、何がどうしてそう身を持ち崩してしまったのか、やっぱり、出会った女が悪かったんでしょうかねえ? 立派なお嫁さんをお迎えなさったというのにねえ……。

 離縁してもらった奥様はけっきょくお子さまを授からなかったんですが、そのどこの誰とも知れない夜の女が産んだ子というのが、主人です。

 主人は母親の顔は知らないそうです。母親に育てられることなく、その親戚らしき家を転々とたらい回しにされて、子どもの頃はそれはもう惨めな、辛い思いをしていたようです。幸いわたしどもの若い頃は戦後の高度経済成長のまっただ中でしたから、夫は中学を出るとすぐに就職しまして、普通ならそれは辛いことなんでしょうけれど、夫は会社の寮に入れて、ようやく誰に遠慮することないのびのびした生活を出来るようになったと笑っておりました。

 史哉がこの人と結婚したいと瑤子さんを連れてきた夜にね、」

 夫人は優しく泣き笑いのような顔で紅倉を見つめた。

「今の話を史哉にしまして、あの子にはショックな話でしたでしょうけれど、夫は、

 おまえはあの人と結婚したら、精一杯大切にして、子どもができたらその子を愛して、二人で大事に育てて、仲良く、幸せな家族にならなくてはならないぞ? いいな、幸せというのは相手がいてこそのものだぞ? 二人でいっしょに、幸せになるんだぞ?

 と、とても嬉しそうに、息子の将来を祝福してやりました。

 夫は…、自分が子どもの頃さんざん苦労をしましたから、その分、とても優しい、いい人なんです。

 わたしは夫を愛していますし、夫という人を、誇りに思っています」


 夫人は自信満々にニッコリ笑った。

「ありがとうございました」

 紅倉はまるで「参りました」というように頭を下げた。

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