第17話 魔界の真相

 駐車場に戻って、芙蓉は駐車させてもらったお礼かたがた売店でハートのプレートとキイ付きチェーンを買った。紅倉が何か使えるかも知れないからおみやげに買ってと注文したのだ。「ありがとうございました」と見送るパート婦人の笑顔はぎこちなく、青ざめて、多分芙蓉たちが出て行ってからその正体を思い出したのだろう。奥のマスターに何か言われたのかも知れない。

「はい、買ってきましたからね」

 と、芙蓉は助手席におみやげの袋を置いた。車内が熱くなっているのでドアを開け放して、みんな外で立っている。綿引も守口もなんだかがっかりして、ぼうっとしている。守口が訊いた。

「紅倉先生、ここを、どうする気です? 正体をばらして、何も知らない恋人たちがやってきて不幸にならないよう警告しますか?」

 そういうことなら「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」で取り上げればディレクター連中は大喜びだが、綿引もなんとなく後ろめたいような気がして紅倉の返事を待った。

「ああ、しないしない、そんなこと」

 紅倉は面倒くさそうに大きく手を振った。

「そんなことしてわざわざ地元の人の恨みを買うこともないでしょう?」

「でも、危険じゃないですか?」

 現に親友夫婦がひどい目に遭っている守口は納得がゆかない。

「金森は瑤子ちゃんとここを訪れて、穂乃実さんは光太郎さんとここを訪れて、瑤子ちゃんと光太郎さんは、幸せな結婚を目前に亡くなってしまった。それは、この場所の祟りだったんじゃないんですか?」

「ううーーーん…………」

 紅倉はそれを完全に否定は出来ないように渋い顔をした。じいっと見つめる三人に仕方なく、

「だってえー…、神とは戦いたくないもん」

 とふてくされたように言った。

「神様なんかじゃないでしょう?」

「自殺者百人でおよそ神一柱、ってとこ? 神なんていいも悪いもない、力のあるなしなのよ。それだけ怨念がまとまっていれば十分神と見なしていいわ。そうよね、神っていうのは祟るのよ。触らぬ神に祟りなし。だからわたしは知ーらない」

「触らぬ神に祟りなしなら、触らないように注意してあげなくちゃ」

「いいじゃない、せっかく商売になってるんだから」

「良くはないでしょう」

「だってねえー」

 紅倉はため息をつき、説明した。

「自殺者を無くしたいっていう善意で始めたのよ? 実際それは成功しているみたいじゃない? わたしの見たところ少なくともここ五年くらいは新しい自殺者は出ていないわ。ここを『恋人たちの岬』に整備したおかげじゃない。自殺者が出るのはきっと夕日を眺めて、その夕日が沈む瞬間が一番多いんでしょう。このロケーションで、夕日そのものにそれだけ魔力があるのね。ところがその時間にたくさんの恋人たちの目が監視していれば、自殺しようとしている人も自殺しづらいじゃない? 現に………………」

 紅倉は言おうか言うまいか一瞬迷ったが、言ってしまった。

「史哉さんも穂乃実さんもそれで自殺を思いとどまって、二人が結ばれることになったんじゃない?」

 守口と綿引はぎょっとした。紅倉の視線で綿引はもう一度ギクッとした。

「心配していたんでしょ?穂乃実さんがいつ自殺するんじゃないか、って」

 綿引は、切ない表情でうなずかざるを得ない。

「穂乃実さんがはっきり自殺の意志を持ってここを訪れたかは分からない。でも、もしここに誰もいなくて、一人きりで沈む夕日を見てしまったら、悲しすぎて、どうしていたか分からないわよ? 史哉さんも、そうなんじゃない?」

「あいつは……、そんな弱い奴じゃない……」

 守口は否定しながら、表情に迷いがあった。紅倉は静かな調子で言う。

「人の心は強くもあるし、もろくもあるわ。まっすぐ強い心が、頑張って張りつめすぎて、横からちょこんとつつかれただけでポッキリ折れてしまうことだってあるわ」

 守口は視線を下に向けて辛そうに言った。

「金森は……、本当に瑤子ちゃんが大好きだったからな………」

 綿引も、穂乃実だって負けないくらい光太郎さんが大好きだった、はずよ、と思った。この土地を離れていた綿引は残念ながら光太郎本人とはついに会わずじまいだった。

「だからね」

 紅倉が二人を慰めるように微笑んで言った。

「自殺しそうなくらい思い詰めていた二人の男女が、たまたま同じタイミングでここを訪れて、ここがこういう状態になっていたおかげで、自殺を思いとどまり、運命的な出会いを果たし、幸せに結ばれることになった。それでいいじゃない?」

 説明が一面的な嫌いがあるが、それもまた一つの事実であり、守口も綿引も一応納得した顔をした。ニッコリ笑って得意の紅倉は、芙蓉向けの説明をした。

「だから、神は力、なわけよ。恋人たちが聖地としてありがたがって、拝めば、段々神様もそういう気になって、本当にありがたい神様になるのよ。誰だって本音じゃあ明るく楽しい方がいいに決まってるじゃない? ここは…、もうだいぶそのキャラクターが出来ているんじゃないかしら? だからね、わたしはノータッチ」

 と、紅倉は満足しているが。

「じゃあ先生。『魔界の本体』という話は、どうなったんです?」

 芙蓉のツッコミに紅倉は(うっ)とうめき、ムッツリ黙ってしまった。昨夜は「ぶっつぶしてやる!」と息巻いていたのは当の本人なのだから、自分の立場が拙くなろうと芙蓉の知ったことではない。いや、冗談ではなく、光太郎と瑤子が相次ぎ事故死したのは四年前。その死にここの力が無関係ではないのは紅倉自身認めたくないながら認めているようなもので、それに関しては、その後四年間でここの「愛の神」としてのキャラクターが強まって、以前の罪は償われた、と解釈してやってもよいが、穂乃実が倒れて、ここの出張所が結婚式場のこともあろうに教会に「魔界」となって巣くい、更に次に結婚式を控える花嫁の父、島田喜久蔵氏を、事故を起こさせ穂乃実同様意識不明にせしめている。これは現在進行形の祟りであり、とても見過ごしには出来ない。

 紅倉は国道の向こうに頭を覗かせる「恋人たちの岬」をじっと見つめた。顔を怖くして、赤い瞳で、睨み付けている。チッとお行儀悪く舌打ちして。

「ちくしょ〜、やっぱ見えないわ。完全に神のキャラクターが固まってなくて、邪悪な念も感じる。そいつは教会の『魔界』同様ここのパワーを使いながら、長い腕を伸ばして一連の呪いを行っている。こいつには一つのはっきりした思念を感じる。でも、その正体が分からない。まったく、頭に来るわ」

 紅倉は腹を立てている。芙蓉は紅倉がこれだけ悪霊の正体に迷っているのを見たことはない。いったい何がそれほど「本質」を隠しているのだろう?

「あ〜〜、めんどくさい!」

 紅倉がこの言葉を吐くのも今回何度目だろう?

「仕方ないわね、やっぱり横着しないで絡んだ糸を丁寧に解きほぐしてやるしかないか」

「では、次はどうします?」

「花嫁の父親を叩き起こす!」

「と言うと、島田さんですか?」

 芙蓉は病院での穂乃実に対する慎重な態度を思い出して訊いた。

「大丈夫ですか? 乱暴にしてはいけないのでは?」

「ああん、こっちはいいの。別に本人に特別な事情があるわけじゃないから」

「なるほど。でも、では島田さんが目を覚まさないのも、ここの怨念に捕まっているからですか?」

「あ、そーだ」

 紅倉は何か思いついてニタアッと笑った。

「上手く行けば相手の尻尾を掴めるかも。さあ、病院向かって、レッツゴー!」

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