第10話 ロミオとジュリエット?

「失礼しました」

 電話を終えた下澤が、それまで両者の邪魔にならないように大階段の脇に控えていた寺沢といっしょにやってきた。

「島田様にはなんとか納得していただけました。……まだかなり不満はお持ちのご様子ですが……」

 下澤は苦笑しつつ、本当に大丈夫でしょうね?と問うように紅倉を見た。

「その島田さんね、」

 紅倉が指さし、訊いた。

「もめてる原因は何?」

 下澤は困った顔を寺沢と見合わせた。

「教えてくれないならけっこう。こっちで勝手に視ちゃいますから」

 紅倉が指で作った丸眼鏡を両目に当て……双眼鏡のつもりだろう、下澤は上目遣いで紅倉と、他の者たちも見渡して、

「くれぐれもご内密にお願いしますよ?」

 と前置きして話した。

「実は、島田様はお嬢様の結婚相手のお家柄がお気に入っておられないんです。

 島田様は大きな酒造メーカーを経営されてます社長様で、地域の名士なのです」

 守口が声を上げた。

「あっ、じゃあもしかして島田酒造?」

 芙蓉が

「有名な会社なんですか?」

 と訊き、

「『銘酒島田寒椿』」

 と守口が答え、綿引がああとうなずいた。有名なお酒であるらしい。

「こちらはお酒が美味しいらしいですね」

 と芙蓉は紅倉に言ったが、芙蓉もつい先日、飲酒できるようになったばかりで、二人とも梅酒しか飲まない。で?と下澤に話の先を求める。

「島田様といたしましてはお嬢様には、酒蔵の腕のいい若手の職人か、ご商売でお取引のある立派な会社の有能な社員の方と結婚してもらいたいとお望みなのです。何度か見合いの席を設けたようなのですが、ご当人たちの相性が合わなかったようでまとまらず、お嬢様のお連れになったのが今度ご結婚なさいますお相手の方なんですが……、こちらのフィアンセ様のご実家というのが、ホテルの経営をなされているのですが、その、男女の特殊な目的に特化したホテルでございまして……」

「ああ、ラブホテル」

「さようでございまして」

「ラブホテル王の御曹司?」

「いえ、そういうわけでは……。経営なされているのは一軒で、小規模ながらも老舗の、古くからの商業地にある、なかなか格式のあるホテルだそうで」

「なーんだ。ま、格式あるって言っても、ラブホテルじゃあねえー、やることはいっしょでしょうし」

「はあ……、左様でございましょうか……ねえ……」

 一方のお客様であり、こことは男女の結ばれる場として同じ施設……と無理やり言えなくもないが、いっしょにされても困る。紅倉のあけすけな言い方に綿引は顔を赤らめている。

「そういうご実家ですので、お父様…島田様はカンカンに怒られて、その方との結婚は絶対に認めないという態度だったようです」

「やれやれ。お嬢さんもよりによって面倒くさい相手を好きになっちゃったものね? 相手の男性自身はどういう人なんです? 色男のジゴロ?」

「いえ。商社に勤める普通の会社員です。三男さんでいらっしゃいますので、ご実家のホテルはいずれかのお兄様がお継ぎになるかと」

「なんだ、だったら別にいいじゃない? で、お嬢さんの方は?」

「こちらがまた困ったことに一人娘様でして」

「三男を婿入りさせちゃえばいいじゃない?」

「お酒が飲めないそうです」

「・・・・・」

 思わず笑いたくなってしまうが、「俺の造った酒が飲めねえのか!?」とあの巨体の親父さんが顔を真っ赤にして怒っている姿が目に見えるようだ。

「まあ別にお酒が飲めなくたって経営はできるでしょう?」

「どうなんでしょうか? そういうことはもう諦めていらっしゃるようですが」

「結婚そのものは認めたのよね?」

「はい。お嬢様が相当頑固に、認めてくれないなら家を出て金輪際縁を切ると宣言されて、それで仕方なく折れたようです」

「ほう、この父親にしてこの娘ありですね。頼もしいお嬢さんですこと」

「はあ。そんなわけで結婚は認めたものの、それならそれで大きな披露宴会場で大々的な式を挙げさせたかったようなんですが、それもお嬢様がお断りして、ご自分たちでこちらを選んでいただきまして」

 芙蓉はぐるりと施設を見渡した。ゲストハウスが二つあるものの、式場としての規模は中位じゃないだろうか? 地元の名士の一人娘の結婚式ともなればおつき合いのある地域の主立った名士たちや、取引先の会社重役やら招いて何百人といった盛大なものを考えていたのだろうが。芙蓉の考えを見て下澤が苦笑して言った。

「それに、こちらは洋式ですし……」

「ああ、それもそうですね」

 日本酒の酒蔵の娘なら、やっぱり神前和式で挙げてもらいたいだろう。父親にしてみればことごとく反抗的な娘だ。でも。紅倉が訊く。

「それでもあのお父さんは娘さんが可愛くて仕方ないのよね?」

「そういうことですねえ」

 下澤も寺沢もこの点ではニコニコした。

「結婚することには同意したんだから、結婚式は親の言うことを聞いて、自分があれこれ世話を焼きたかったんでしょうねえ」

「お嬢さんの方は結婚する旦那さんの立場に寄り添って、自分たちの身の丈に合った式を挙げたい、と」

「はい」

 と、いっしょにプランを立てたであろう寺沢が困った顔でニコニコして答えた。

「でも、謎の『花嫁血まみれ事件』が起きて、結婚にけちが付いて、いっそ結婚そのものが取りやめになってくれないかなあ〜と今さらながら期待しているわけね?」

 紅倉の嫌な命名に眉をひそめながら、

「そうなのだろうと思います」

 と下澤は認めた。芙蓉が紅倉に訊いた。

「それも今回の事件に関係があるんでしょうか?」

「関係ないんじゃない?」

 紅倉は肩をすくめ、芙蓉はあららと思ったが、紅倉はふと何か思いついた顔つきで。

「いえいえ。そうね、あの親父さんが『何か起こって娘の結婚が駄目にならないかなあ〜』と願って、あの魔界を呼び出しちゃったのかもねえ〜〜」

 芙蓉は本当かしらと怪しみ、紅倉の顔つきはとても本気で考えてはいないようだ。あっさりと。

「ま、いいわ。そういう頑固親父には後々反省してもらうとして、まじめに事件解決しなくちゃね。慰謝料支払わされるなんて冗談じゃないものね」

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