第3話 幼馴染は引っ込み思案で甘えたがり





 くるみは部屋に入ってきた俺を目深に被ったウサギ耳付きの白いパーカーから覗くと、ったような、弱弱しい力無い笑みを浮かべる。


 普段の明るい様子のくるみを見ている高校の生徒らが、もしこの本当の彼女のこんな姿を見ればビックリ仰天だろう。


 なにせくるみの高校でのキャラは"ノリが良く明るい元気っ子"として通っているからだ。

 決して目の前の"引っ込み思案でおどおどとしており、人の機嫌を常に窺う"ような性格の女の子ではない。



(まぁくるみのこの状態を見慣れている俺にとっては、どっちのくるみもくるみなのは変わらないんだけどな……)



 俺はコーヒーゼリーが載ったお盆を部屋の真ん中に置いてある丸テーブルに置くと、ライトグリーンのカーペットの上に座る。


 そのままくるみが話し始めるのを待っていると、もぞもぞとベッドから降りながらおずおずと口を開いた。



「あ、あのね……? ち、ちょっと反省中っていうか……」

「あぁ。……ん、反省中?」

「き、今日の放課後、一年生の男の子から告白されたんだ……。下駄箱の中に手紙が入ってて、校舎裏来るように書かれてたんだけどね……? あっ、もももちろん告白は断ったんだよ!? でもあの陽キャモードの私でも、言い方が少しだけきつかったかなぁって……」



 高校ではその愛らしい見た目と性格から人気が絶えないくるみ。中学の頃からたまに告白をされているが、『好きじゃない人とは付き合えない』とそのすべてを断っている。


 用事があると言っていたので大体の予想はしていたが、俺は告白を断ったというくるみの言葉に内心安堵する。


 そして何気ないよう装いながらくるみの話の続きを促した。



「うん、どんな風に断ったんだ?」

「え、えぇと……、『ごめんなさいっ! わたしはキミのことまったく知らないし好きじゃないんだ。だからお付き合いできませんっ!』って笑顔で言ったんだ。あむっ。そしたら、泣きながら走って行っちゃって……」

「あぁ、なるほど……」



 もにゅもにゅとコーヒーゼリーを食べながら話すくるみ。彼女は高校では明るく元気な陽キャモード、自宅や俺の前だけでは引っ込み思案な陰キャモードと使い分けているのだけれど、どっちにしても言葉の選び方が少しだけ下手なのだ。


 きっとその一年の男子は初対面ながらも勇気を振り絞って告白したのだろう。それで高校内で見せる陽キャモードのくるみからハッキリと断られてブロークンハート。後輩君は惨敗兵ざんぱいへいの如く走り去ってしまった、というわけか……。


 くるみはゼリーを口の中にかきこむと頬をリスのようにしながらもきゅもきゅと咀嚼そしゃく。ごくんと飲み込むと言葉を続けた。



「も、もう少し具体的にお断りした方が良かったのかなぁ……? 顔が全然好みじゃなかったとか、年下は恋愛対象外とか……」

「いやそれは絶対にやめとけ。そいつが立ち直れなくなる」

「うぅ……、と、とぅくん……っ。やっぱりわたしが陽キャを振る舞うなんてむ、無理だったんだよぅ……。そもそもわたし、男の人苦手だしぃ……」



 ぴえん、といつもの泣きべそをかきながらくるみはベッドに置いてあったペンギンのぬいぐるみを抱き寄せる。彼女の小さな身長に見合わない大きなおっぱいが、潰れながらもなお強調された。


 その素晴らしい光景に目を奪われそうになるけど、俺はなんとか視線を彷徨わせながら必死に堪える。



 ―――くるみがこのような引っ込み思案な性格になったのは、小学校の頃に起きた同級生の男子による胸の大きさへの揶揄からかいが原因だった。


 元々小さなころから身長や胸の成長速度が早かったくるみ。明るく元気な性格で誰とでも仲が良かったが、高学年になるにつれ何かと因縁を付けてちょっかいをかけたがる者もでてくる。


 小学生だった男子どもは軽口で言ったのか気を引くために言ったのかはわからない。しかしある日、そいつらは俺がいないときにくるみに向かって『チチでか女』とか『おっぱい女』など心ない言葉を何度も言い放った。それがきっかけでくるみの心は深く傷ついたのだ。

 その頃からいだいていたという、身長の伸びが止まったのにもかかわらず胸の成長が止まらないというくるみの中の小さな疑問が、さらに拍車を掛けたのだろう。


 ……この部屋で「わたしっておかしいのかなぁ……?」と力無くぐしゃぐしゃに涙を浮かべながら俺に聞いてきたくるみの姿は、今でも忘れられない。


 もちろん、俺の持てる全力でくるみを慰めた。次の日学校に行ったらその男子らはまた色々言ってきたので、タコ殴りにしたあと強引にくるみに二度と言わないと誓わせて謝らせた。


 しかしそれ以来その男子らはくるみを揶揄うことは無かったが、その出来事は幼いくるみにとって男性への恐怖心や自らへの自信の無さが植え付けられた決定的なものだった。



 くるみが高校内で使う陽キャモードはつまるところ、男女問わずに相手良い印象を持たれるように自分で自分を守るための"仮面かめん"だ。


 元々の明るく元気な性格を仮面に仕立て、自信の無い引っ込み思案な性格を隠す状態が現在も続いているのは俺としてはなんとも複雑。

 だけど、あの頃からこうして俺にだけは心を開いてくれているのはとても嬉しい。


 俺はくるみへと視線を戻すと、手をゆっくりと伸ばした。



「告白。するのはもちろんだが、断るのも勇気が必要だったろ。……お疲れさま、頑張ったな。くるみ」

「……うんっ。ありがとう、とぅくん……」



 白いウサ耳付きのパーカー越しの頭に手を置くと、優しく撫でる。


 くるみは気持ちよさそうに目を細めると、そのままこてん、と俺の太腿ふとももの上に小さな頭を乗せた。

 ふにゃぁ、と甘い声を洩らしながら頬を擦り付ける。その見慣れたくるみのいつもの様子に、俺は穏やかな気持ちになりながらも頭を撫でる手は休めない。


 見て分かる通り、くるみは人肌を恋しがる甘えたがりな性格なのだ。



(……くるみにとっては、俺は幼馴染で安心できる存在と認識しているからこうして心を開いてくれているんだろう)



 そう。たとえ俺がくるみに恋愛感情を抱いていたとしても、くるみのそれは恋愛感情ではない……はず。


 はず、というのはくるみの過去の出来事のこともあって、どうしても躊躇ちゅうちょしてしまい訊けていないからだ。くるみの男性へ抱く苦手な感情がある限り、幼馴染である俺がこの関係を自ら壊すような真似をするのは、正直怖い。


 どちらかというと俺へのくるみのそれは、幼馴染への"親愛"という言葉が当てはまるだろう。


 俺は撫でているくるみの安心しきったような横顔を見遣りつつ、このやるせない気持ちを隠し通そうと何気ないようにして口を開いた。



「そういえばくるみ。異性が苦手だって言っても好きな人はいないのか? もし恋人を作れば、自信の無さは少しずつ改善しそうな気がするけど……」



 自分で言ってくるみから目を逸らす。好きなのに、くるみへのこの気持ちは伝えられない。心を押し殺して改めて自分で言葉にするととても苦しかった。

 身体中を駆け巡る鈍い痛みに思わず胸が締め付けられる感覚に襲われる。


 次の瞬間、俺の脇腹にぐりぐりと顔を押し付けられる感覚が広がった。



「……察してよ、ばか」

「? ん? すまん、聞こえなかったからもう一回言ってくれ」

「好きじゃない人とは無理ですぅ……!」

「そう、か……?」



 彼女の答えになっているような、なっていないような。そんな曖昧な返答に思わず俺は首を傾げる。俺の腹部に顔を押し付けていてくるみの表情は分からなかったけど、何故かフードから覗く耳が真っ赤になっていた。


 俺は軽く息を吐く。


 出来ることならばこの幸せな時間が続きますように、としばらくそのまま頭を撫で続けたのだった。




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