これぞ真柴弧雪様の特殊能力

 やはり俺様真柴弧雪様の観察眼に狂いはなかった。このちん様じゃないぞ弧雪様だぞ。

「ただいまー」

「おかえりー、あらいらっしゃい佳桜美ちゃん」

「こんにちはーってこのちんっ」

 靴をちょっと雑めに脱いだ。佳桜美はちゃんと脱ごうとしたが、俺が佳桜美の右手を引っ張ったので、やはり雑にぽいぽいなってしまった。

「ちょっと佳桜美寝かせてくるわー。レモン水出しといて。一応ストローも」

「わかったわ。佳桜美ちゃんゆっくりしていってね」

「おじゃましちょっとぉこのちんー」

「ほらいくぞ」

「はぅ~」

 有無を言わさず階段を上らせた。


「このちんー……ごめんなさあい……」

「罰としてレモン水の刑な。飲め」

 俺のベッドで布団をひざから下に掛けながら座る佳桜美にストロー差したガラスのコップを手渡した。中のレモン水をちびちび飲む佳桜美。透明のポットごと持ってきたのでいくらでもレモン水の刑に処すことができる。

 俺は勉強机備え付けのイスを持ってきて、高さ下げる調整を施し座ってる。

 母さんはこれらの補給物資をおぼんに入れて持ってきてくれたが、そこには木の器にチョコレートとかクッキーサンドとかも入っていた。

 紙袋とポシェットと麦わら帽子は勉強机の上に置いてある。

「このちんー」

「罰として寝ろの刑な。寝ろ」

「はぅ~」

 そうだ。俺様の提案、もとい命令にはおとなしく従う佳桜美なのだ。きちっと布団を肩までかぶって横になった。

 ではこの状況、何が起こっているのかというとだな、

「罰として体温披露しろの刑な。測れ」

「罰ばっかりだよぉ~」

「聞こえなかったのか、測れ」

「うわ~ん」

 実は佳桜美というのは少々身体が弱いところがあるのだ。そこまでいうほど病弱ってわけでもないし、体育の授業とかも普通に受けるんだが、疲れが出始めると急激に弱々しくなっていくというかだな。

 日々の体調によってこれもまちまちだが、共通しているのはその日一日活動しているとだんだん弱っていくというところだ。

 急激に弱り始めるのが夜に斉琳寺家へ帰った後なら寝るだけでおっけーだが、もしそれが学校から疲れが出始めたら? っていうこともまったくないこともない。まぁそのケースはほとんどないが。

 だから俺は部活帰り、佳桜美の塾がない日は毎日一緒に帰っている。これはおじさんおばさんとの取り決めだが、別にドラマっぽく佳桜美に隠しているわけでもなく、佳桜美からすれば『このちんと一緒ー!』て片付けられてしまう事案。

 これまで結構長いこと一緒に帰っているが、その途中にがくっと倒れて運ばれたなんてケースはまだないものの、少し弱っているケースは何度かあった。

 塾の日は同じ塾に通う友達と行き、帰りはおじさんが車で迎えにいくそうだ。

 長そでを着たり麦わら帽子を装備したりしているのもそういうところから来ているらしい。

 しかしお医者さんの話によれば『むしろこんなにもたくさん食べているからこのくらいの軽い症状で済んでるんじゃないでしょうか?』みたいなことも言われたらしい。うむ、あんだけもりもり食べてりゃな。

(なお身長はゲフゴホ)

 放送委員を選んでるのも、体育祭ではテントの下で活動できるからとか、給食前は放送室でゆっくりできるからかもしれないな。いや本人に聞いてもるんるんな返事がくるだけだろうけど。文化祭なんかやりたい放題。

「頭痛は?」

「ないです」

「吐き気とかは?」

「ないです」

「だるさは?」

「ちょっと疲れたなって思うくらい」

「寝ろ」

「……このちんと遊」

「寝ろ」

「はいぃ」

 断固拒否!

「なんでこのちんはこういう時だけすぱっすぱってなっちゃうのー?」

「佳桜美に拒否権はない。我は刑罰を下すのみ」

「……遊」

「寝ろ」

「はいぃ~」

 ごめ。ひんひん言ってる佳桜美がおもしろいからである。

「……優」

「寝ろ」

「優しいくらい言ってもいいじゃんーっ」

 日ごろはこのちんまみれだからな! こういうときこそ反撃に出ねばな!

「だいたい刑罰の途中であるぞ? あまりにわめくようなら強制送還の刑に処すぞ?」

「あーんそれはやだぁっ、今このちんと離れたらもっと元気なくなっちゃうっ」

「ならばおとなしく我の言うことを聞いておくのだな。フンッ」

「うぅ~」

 変な属性に目覚めそうだ。

「出せ」

 佳桜美から体温計(しかもこれ電子のじゃなく水銀のやつ)を受け取ってちらちら角度変えながら確認。

36.1℃36度1分ってところか。よし、水!」

「ひゃいっ」

 まずは体温計をウェットティッシュでふきふき。

 今度は俺がコップを左手に持ったまま佳桜美の近くに持っていき、こっちに向かせてちょっとだけ頭を上げさせ、後は自分で手を添えてもらいながらストローで飲んでもらった。

 俺の右手は手首のスナップを利かせて水銀の体温計をリセットさせていく。ただ振るだけじゃなく振り下ろす瞬間に少し力を入れるのがコツだぞ。今のところ同級生で俺以外にこの動作をやってるやつは見たことがない。まぁ佳桜美以外の同級生相手に体温計使って体温を測ってやらなければならない事態に遭遇したこともないんだが。

「それかっこいい」

「もうこれ何年使ってんだろうな」

 人力リセットが済んだので体温計を細長いオレンジ色プラスチックのケースに入れておぼんの上にぼーん。いやなんでもない。

 ぷはっと充分飲んだようなのでコップはおぼんへ戻した。

「このちーん」

「なんだ?」

 俺的にも佳桜美的にもようやく落ち着いた感じだ。おとなしい佳桜美の顔が布団からぴょこっと出てる。

(………………俺のだけどな!!)

「このちーん」

 小さく布団内でぼふぼふしてる。

 俺はちょこっとため息。イスから離れてベッドへ向かい、布団に右手を入れると、ゆっくり佳桜美の両手が包み込んできた。両手合わせてその大きさたぁ小せぇ小せぇ。

「これで元気になれる~」

「おいおいこんな調子でよく一人暮らしがどうとか言ったなー」

「だあってぇ~」

 なんとか大丈夫そうだな。

「でもー……やっぱり、だめかなぁ」

 滑り台のこのちーんの勢いはどちらへ。

「どこでもいけますですことですわよおーっほっほっほとか言ってたのはどこのこのちん魔だっけな?」

「そ、それはぁ。でももし一人でこんなふうになっちゃったら……」

 まぁ、自分の身体のことは自分がよくわかってるよなぁ。

「おじさんおばさんは、一人暮らしするって言っても許してくれそうか?」

「うーん、たぶん行かせてはくれると思うけど、もしこういうのが何度も起きて通うのに問題出てきちゃったら、その時はどうなるかわかんないかなぁ……」

 佳桜美、かぁ。成績優れて人気あって、塾に部活にと頑張り屋ってーのに、なんで体力だけこんな、ねー。

「……んまぁ~……そのー……さ?」

 俺はつい佳桜美の手をにぎにぎした。佳桜美は俺の手をすべすべしてきた。

「俺は~……佳桜美様の命令によれば、同じ高校に行くらしいー……しさ? だからまぁ、倒れるとかその辺は気にしなくていいんじゃー……ないっスかー、ね?」

 ちっちゃいなぁ。握るの余裕すぎ。

「……わーいっ。このちんと一緒~」

 言葉的には何度も聞いたことあるフレーズなはずだが、やたらと優しくゆっくりな口調だった。

「疲れたか?」

「ううん。元気まんまん」

「じゃ毎朝の強このちん襲撃は元気噴火してんな」

「ふふっ、そうかも」

 いっぱい楽しい時間やぎゃーぎゃー言い合う時間を過ごしてきた佳桜美。なんだかんだでこんな横になりながらもにこにこしてる。

「ほかにしてほしいことはあるか?」

「えーっ? いいのー?」

「逆立ちしろは壁倒立くらいしかできないからな」

「え、できるの?」

「ああ。見たいか?」

 体育の時間以外で壁倒立の話題を出したのは真柴弧雪史上ほかに例がない気がする。補助倒立も同じく。伸膝前転しんしつぜんてんの難易度についても同じく。

「ううん。また今度見せて」

 そんなに俺の手の甲をすべすべすんの流行ってんのか?

「結局見たいんかよ」

「うん。かっこいいこのちん見たい」

 …………練習しとこ。

「それじゃーねー、えっとー……」

「世界征服か?」

「このちんは、そんな悪い人じゃありませーん」

「寝ろ」

「えーっ」

 なんでそこで笑ってんスかね。

「……このまま握ってくれてたら、寝られそう」

「寝ろ」

「そこはね、寝ろじゃなくて、おやすみって……言うんだよー」

 だんだん声もおめめも弱々しくなっていく佳桜美。

(なんか急に……)

「か、佳桜美。大丈夫だよな?」

「うんー?」

 今までのケースからしてこのまま寝て目が覚めませんでしたーなんてことはないわけなんだが……

(なんかちょっと心配になってきたぞっ)

「いや、さっき元気まんまんっつってたしな」

 弱々しいがにこにこもしてる。にこにこもしてるが弱々しい。そして手を握る力も弱まってきた。

(ね、眠たいだけだよな?)

 もし仮にだ。仮にーだぞ? これがきっかけでもうおうちの外に出られない身体になっちゃいましたーとかなったらどうするよ?

(あぁ俺が斉琳寺家に行けばいいだけか)

 もし仮の仮にだ、病院から出られない~だったら?

(病院にお見舞いしに行きゃいいか)

 でも出られないだけじゃなくしゃべることもできなくなったとかだったら……?

(……無このちんか……)

 なんだかいろいろと後悔しそうだ。こう思うともうちょっと優しくしてやっててもよかったかもしれない。

(いいのか……本当にいいのかこのまま寝かせてしまって……!)

「か、佳桜美」

「ん……?」

 別に青ざめてるとかじゃないんだけど、俺にはこーのちーんの笑顔がずっと脳裏に焼き付いてんだよっ。

「…………好きだ」

 そして、そんな言葉が自然と発せられていた。

 たまーにはにかんで無言になるときがある佳桜美のこともよく知っているが、それがまたかわいいのだ。

 でも……

(……無言のまま目を閉じんなよ……)

 俺はおやすみなんて言わずに、小さいけど大切な手を、ずっと握っていた。

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