VS消しゴム!

 うちから近所の文房具屋さんへやってきた。

 地元民なら知らない人はいないであろう歴史ある文房具屋さん。歴史はあるが最近改装したのでまだまだ歴史記録は更新しそうだ。

 茶色い壁がつやつやになった。扉も手動引き戸から自動ドアになった。でも来店を知らせるちりんちりん鳴る棒はアナログだった。看板は昔からずっと続いてる鉄板なやつだが、デザインや色はそのままにこれも塗り直してもらったらしい。

 ちなみに改装やペンキ塗りとかも全部地元勢。地域の結束力まじパネェ。

「こんにちはーおばあちゃーん」

 このタイミングで俺は佳桜美から麦わら帽子を奪う。佳桜美はそのまま店内へGo。

「はいはいいらっしゃいませぇ~」

 手編みっぽいカラフルな座布団が敷かれたパイプイスに座っていたこのおばあちゃんこそがこの文房具屋さんの名物ばあちゃん。薄いベージュ色、てか俺が今履いてる靴の色みたいな明るい壁に対してのこのベテラン感あふれるエンジ色に花柄の前掛け。藤色のシャツみたいなのを着ている。

 基本的に店自体は息子夫婦に継がせたらしいが、ばあちゃんもまだまだ現役らしい。俺らが店に入ると立ち上がったのだが、腰も曲がっていない。

 その息子夫婦によるものなのか、店内にはおしゃれな文房具が増えたように思う。もちろん生粋のヘビーユーザーのためにも俺ら一般ピーポーには全然用途がわからない文房具もちらほらある。いや先生が黒板で使うでっかい三角定規まで置いてあるってどーゆーこっちゃねん。この完全な円形で360度測れるけどすき間があって盾にも投擲とうてき武器にもなりそうなかっちょいい分度器は何?

「おやぁ斉琳寺さんとこのお嬢さんかねぇ。まぁ~べっぴんなっちゃってぇ~」

「ちょっ、おばあちゃんってばーもーっ、うふふ~っ」

 なんかくねくねしてる物体がおるな。ツチノコじゃね?

「うぃ~」

「おや真柴さんとこのぼっちゃん、元気そうだねぇ」

「いや、ばあちゃんの方が百倍元気そうだが」

「かっかっかっ。生涯現役!」

 うん。まだまだ潰れねぇわ、この文房具屋。

「おっちゃんたちは?」

「今は出かけとるよ。おろしんとこ行く言うてたねぇ」

「ふーん」

 さすがにチャコペンの扱いは知っていても、文房具業界の中までは詳しくないや。

「今日はどうしたんだい?」

 とばあちゃんは俺に聞いてきているが、佳桜美はすでに両手を背中に回しながら消しゴムコーナーをじろじろ見てる。

「佳桜美が消しゴムと~……なんか新しい機能のノート? が欲しいってさ。俺その付き添い」

「そうかえそうかえ。ゆっくり見とくれ」

 ベテランの笑み。その境地にたどり着くまでどれほどのバトルを乗り越えてきたのだろうかっ。お、佳桜美はお目当ての消しゴムを見つけたのか、次はノートのコーナーに行ってる。

「兄ちゃんは元気かね?」

 ちょっと声を張って佳桜美に勝斗兄ちゃんのことについて聞いているみたいだ。俺は麦わら帽子ぺんぺんしながら周りを眺める。お、このローラー付いた定規かっちょいいな。

「お兄ちゃーん? うん元気元気ー。最近忙しくて連休も帰ってこられないみたいだけど電話したよー? あとお姉ちゃんも元気だよー」

「そうかえそうかえ」

 勝斗兄ちゃんは大学行くってことでここから離れて一人暮らしをしているらしい。華実菜姉ちゃんも高校とはいえこっちも一人暮らしなんだが。

(一人暮らしか……想像つかねぇな……)

「あったー! おばあちゃんこれくださーい!」

「はい毎度っ。えーっとひーふーみぃー……」

 佳桜美が選んだのは青色背景に星柄の絵のスリーブに入った消しゴム、その絵のピンク絵版消しゴム、新機能とかって割には遠目からでは違いがよくわからないノート黄緑色とオレンジ色とピンク色の三冊。消しゴムの大きさは小さくはなくちょっと大きめ?

「このちん消しゴム代ひとつ出しとくねー」

「うおぉおおおい! なに勝手に出してんだよぉおおお!」

 めちゃくちゃ自然な手つきで俺の財布ぱかって開けやがって!

「ほんとこの消しゴムすごくいいから! ね! ねっ! おそろいしようよぉ~」

 くっ…………この『消しゴム別に急いで買わなくてもいいけど結構減ってるからなくしてもそんなにダメージがない絶妙な期間』を狙ってそんな提案を持ちかけてくるとは……なんという策士!

「……ほんとによく消えるんだろうな?」

「うんうん! 佳桜美ちゃん超おすすめ!」

 おそらく俺なんかよりも何倍も字を書いては消してきている佳桜美の言ってることなので間違いはない……だろう。

「わあったよ」

「わーい! このちんとおそろいだぁ~!」

 おそろいだーって、そんなにまで当選確実かのごとく両手ばんざーいするほどのことなのか?


「また来とくれ」

「ありがとうおばあちゃーん!」

「またなー」

 俺たちはちりんちりん音とともに文房具屋さんを出た。袋の開け口が折られていて、そこを留めるありがとうございましたシールに描かれてる鳥さんこそかなりの古参キャラだと思う。麦わら帽子返却。

 両手で大事そうに紙袋を抱える佳桜美。この文房具屋さんは紙袋派らしい。友達の家に行ってこの紙袋を見つけると『行ったな?』とバレッバレである。

「ほれ」

「ん?」

 俺は左手を出した。

「ほれほれ」

 俺の左手を見る佳桜美。いや早く紙袋よこせっちゅーの。

「ちょいちょいちょーい!」

「へ?」

 なに右手出して握ってんすかそこの佳桜美さん。

「紙袋持ってやるって意味じゃい!」

「あ」

 でっへでへ笑う佳桜美。本日も実に表情豊かである。

「ありがとっ」

「どういたまして」

「いたまして?」

 佳桜美が左手で持っていた紙袋を俺が右手で受け取る。左手はつないだままで。

「このちん優しい~」

「いちいち言わんでよろしいっ」

 そして佳桜美も別に手を離そうとはせず。

「これからどうすんだ? 解散か?」

「図書館にでも行くぅ?」

「と、図書館、だと……?」

 女子って休みの日に遊ぶってなったときに図書館が候補に出てくるもんなのか……?

「うん。その後ランチっランチっ」

 図書館、かぁ……。

「嫌ぁ?」

「一人じゃ思い浮かばない発想だが、佳桜美が行きたいんならついていくぞ」

「やったぁ! 図書館っ図書館っ」

 なんでもかんでもフレーズにすればいいってもんでもないような気がするが、本人は楽しそうなのでまぁいっか。

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