これより帰還する!

 部活終了のチャイムが鳴り、本日も無事、なんとか無事に! 部活タイムを終えることができた。

「このちーん! 帰ろー!」

 部長のありがとうございましたが調理実習室に響いたと思ったらすぐこれだもんなぁ。おいこら今日もほほえましく俺を見るな部員たちよ。

 今日もちゃんとチャイムが鳴る前にすべての片付けを終えているし、忘れ物とかもないし、作ったティラミスは保存容器入れてカバン突っ込んでるし、もう帰って大丈夫だろう。さすがにマスカルポーネは持って帰らないぞ。

「こんなに部員がいて俺かよっ」

「もちろんこのちんだよ!」

「おいみんなー。だれかこの騒音機と帰ってやってくれー」

 皆様なんと見事なまでのどうぞどうぞのその腕の角度なことよ。

「残念ですねーこのちんさーん。みんなこのちんは私と帰ると思ってるみたいですよー?」

 確認しておくが、俺の名前は真柴弧雪であって真柴このちんではない。

「そうかーじゃ一人で帰るかばいばーい」

 俺は学生カバンを持って出口へ。

「ちらっ」

 動かぬ佳桜美。

 俺はすたすたと出口へ到達。

「ちらっ」

 動かぬ佳桜美。

 俺は廊下に出る。

「ちらっ」

 動かぬ佳桜美。

 俺は………………

(そぉーいっ)

 腕を大きく内巻きに回した。とてとて笑顔で近寄ってくる佳桜美であった。そしてやはり周りからはほほえましい視線が飛んできていた。解せぬ。

 ん? 調理実習室を使う部活っていったらあれなんじゃないかって? しゃーねーだろ佳桜美の誘いを断れねぇんだから。

 おかげで材料の切り方もミシンさばきも掃除術も上手くなったわ!!



 俺たちは登校はばらばらだが下校はだいたい一緒に帰る。佳桜美はたまに習い事とか用事があるみたいだから毎日ってわけではないが~……

(ちらっ)

 今日はなにもない日なので、こうして俺の左隣にるんるんしてる佳桜美がいるわけだ。腕を後ろに回して学生カバンを両手で持っている。

「ほんっと毎日楽しそうだな」

 ぼそっとつぶやいた。

「うん! このちんと一緒でほんと毎日楽しいよぉ!」

 そんな言葉を笑顔でかつ全力で言ってくるそれよー。これでキュンしない男子なんぞおんのか?

「もし俺のいない世界だったらどーすんだよ」

「アンドロイドこのちん作る!」

「えらく進んだ文明だな俺のいない世界」

 俺がいないと科学は進歩するのか。やはり解せぬ。

「俺のいない世界なのにこのちん情報はどうやって入手するんだよ」

「時空を越えてこのちん情報集める!」

「どんだけ進んでんだ俺のいない世界」

 解せなさすぎる。

「じゃあ俺がいる世界だったら」

「こーのちん!」

「せやな」

 具体的な説明がなくてもたったそんだけですべてが片付いてしまうコノチーズすげーな。なんかおいしそうなチーズだな。だからマスカルポーネ持って帰ってねぇって。つまみ食いはしたけどよ。

「てか俺が知ってる佳桜美はこのちん連発してるイメージしかないんだが、普段はちゃんとほかの友達と仲良くやってんだよな?」

「うん。体育祭とか文化祭とか、ディベート発表会とか、ちゃんとしてるでしょ?」

「お、おう」

 実は佳桜美は放送委員で、体育祭のときは超絶貴重なやや低めまじめ佳桜美ボイスを聴ける激レアイベントである。そのギャップゆえに佳桜美人気があるところもある。

 給食の準備ができましたボイスや手を合わせましょうボイスもあるのだが、こちらは割といつものこのちんテンションに近いものでありレア度は普通だろう。ちなみに委員会自体は半年ごとに変更してもいいんだが、慣れちゃったとかで毎回放送委員を選んでいるらしい。

 ん? 俺の委員会は何かって? 放送委員だけど? 理由? どっかのこのちん魔に誘われたからだけど?

 文化祭は、佳桜美はちっちゃくてこの明るいキャラクターなので、客寄せによし、劇の役者によし、おまけに家庭部の力を駆使して裏方もよしという、まさに佳桜美にとって花形のイベントともとれる。その明るい佳桜美らしさ全開っぷりに人気があるところもある。

 ディベート発表会ってのは校内のイベントで、毎年全学生一斉に予選の記述式筆記試験を行い、その結果十人くらいが学年関係なく選出されるんだが、さすが斉琳寺家と言わんばかりに予選を突破し、きりっとした表情で本選の議論をする様子をじーっと眺めていられるこれも激レアイベントである。体育祭と同じくギャップさに佳桜美人気があるところもある。

「ほめてほめて~っ」

 えらくきらきらしたおめめで見上げられたもんだ。

「おめっとさん」

「ほめてほめてぇ~っ」

 文字列では大して変わってないはずなのに一気にぶーぶー顔になった。

(でもまぁ、同じことを俺ができるかっていったら、たぶんできないだろうしな)

 こんなので佳桜美のやる気が出るんなら、こんくらいはしてやってもいっか。

「おめっとさん」

 文字列ではまったく一緒だが、そこに左手で佳桜美の頭わしゃわしゃ付け足した。本人はくせっ毛を気にしているみたいだが、別に悪くないと思うけどな。

 しかしもっとうへうへ言うものかと思ったら、黙ってにこっとしてるだけだ。

 普段一緒にいれば絶え間なくきゃーきゃー言ってるもんだから、黙られるとそれはそれでどきっとするというかなんというか。あぁ俺も佳桜美にどきっとする一般ピーポーなんだろうか。

「また頑張ったら、またほめてくれる?」

 わしゃわしゃ中にそんなこと聞いてきた。

「すでに頑張ってるから条件なしでほめてやる」

 あーもういちいち俺の心をずばずば貫いてくる笑顔ばっかするなこのか弱き乙女はっ。

「……このちん優しいなぁ~。ずるいよぅ」

「何がどうずるいんじゃい」

 ずるいとは何事ぞっ。

「一緒にいて楽しいもん。優しいし、頼りになるし、ほんとにこのちんがいるだけで毎日勉強頑張れちゃうもん」

 さっき振り返っていたときにさすが斉琳寺家とか思ったけど、やっぱりそのさすが斉琳寺家の領域に達するまでにはそれ相応の努力をしてるんだろうなぁ。

 俺が見えてないところで佳桜美は頑張ってんだろうな。じゃないとああいう予選突破とかの実績や、これだけの人気を得られるわけないもんな。

 まじめ佳桜美ボイスもただかっこいいだけじゃなくて、はっきりとしゃべるし噛むこともない。細かいところにも気を遣ってるんだろうな。

(改めてそう考えると……そんな人知れず頑張ってる佳桜美を、俺なんかで元気づけることができるとするなら、俺の存在もそんなに悪くないもんかもしれないな)

 なんかこんなこと思ってしまった。そしてこう思うと、佳桜美にとって少し特別な人物になれたみたいで、ちょっと誇らしい気もした。

「毎日勉強大変か?」

「ちょっと大変だけど、このちんがなでなでしてくれるなら頑張れる!」

「まったく言っている意味がわからないが、頑張れ頑張れ斉琳寺家の佳桜美ちゃん」

「頑張るよぉ~ってこらちょっと強いよぉ!」

 密かにわしゃわしゃ度をじわじわ上げていたことがばれてしまった。

「もう帰りだからいいだろ?」

「よくなーい! 帰るまでが学校なのぉー!」

 帰るまでが遠足理論を利用された。おやつは三百円まで理論は別腹ですで一蹴するくせに。

「このちんにわしゃわしゃしてもらえてうれしいだろほれほれほれー」

 すまん、俺からしたら佳桜美の頭を触るきっかけにしてるだけです。

「うれしいけど、けどつ、強いよぉー!」

「焼きそばみたい」

「炒めないでー!」

 よくほぐれたのでそろそろわしゃわしゃタイムを終了してやろうか。少々名残惜しいが。

「んもー」

 って言いながら学生カバンを左手で持ち右手で髪を整える佳桜美。うーんやっぱその手つき女子だなぁ。

「へっ?」

「フッフッフ。これでもうそのぼさぼさ頭を戻すことができまい……」

 その右手を俺が左手で取る。ほっそいほっそい佳桜美の手だなぁおい。

「……どうしよう、困っちゃうなぁ……」

 いつものテンションよりもほんのちょこっとテンポが遅いだけで、こんなにも別人にというか、心にぐっとくる佳桜美ボイスになるのかっ。

「そうだろう困るだろう困れ困れフッフッフ」

 そう言いながら手を握り直した。普通の握り方。普通に握って一緒に歩いている。

 だが俺の渾身こんしんのセリフに対して佳桜美は前より少し下に向きつつちょこっとはにかみながら歩いているだけだった。

 その表情を見て、少しだけ俺の握る手の力が強まってしまった。

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