第5話 少女の過去①

 一体どこに連れていかれるのだろうか。


 段々と空が白んでくる中、リューイチはナタリーの背中を追いながら不安の表情見せる。

 この世界において人間だと告白してしまった以上、どんなひどい目に合わされるか想像もつかなかったからだ。


 装備も何もない状況でモンスターのいる地域に一人置いて行かれるのか。

 はたまた溶岩したたる灼熱地であったり、氷がひしめく凍土地帯に身ぐるみ全部はがされて突き落とされるのかもしれない。


 ――うう、胃が痛い……。


 嫌な考えが頭の中で右往左往し、リューイチはどうにかなってしまいそうだった。


 そんな精神状態でゆっくりと歩を進めていくと、しばらくしてからある開けた土地にたどり着く。

 そこには樹齢百年は超えているであろう一本の大きな樹が堂々と立っており、それを囲むようにいくつもの石が地面に突き刺さっていた。


「ここは……墓地?」


 日本のように綺麗に石工された石が並んでいるわけではないが、各々の石の前には花束などの貢物が置かれている。

 並び立つ石碑には意味のある言葉で異世界文字が綴られていて、石碑の並びが乱雑である、という点を除けば日本でいう墓地に近い印象を受ける場所だった。


 ……まさか。


 恐らく過去最悪に嫌な考えがリューイチの頭をよぎる。

 どうやらひどく甘い考えをしていたようだ。


 ナタリーがリューイチをここに連れてきた理由は、生き埋めにするため。


 憎きヒューマンに法による罰を与えるのでは飽き足らず、直接この手で墓場に運んでやろうという思惑なのだろう。

 そうだ、そうに違いない。


「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 リューイチは思わず、見っともない声を出しながらムカデのように後ずさる。

 その様子をジッと見つめるナタリー。

 その目には、殺意と憤怒が満ちているように感じた。


 こ、殺される……。


 リューイチは覚悟を決めた。

 どうせ現世では一度死んだ身だ。

 未練がないと言えば嘘になるが、今更この世界で死のうがどうなろうと構わない。

 リューイチは煮るなり焼くなり好きにしろ、と言わんばかりに無抵抗に目を瞑り、その場で仰向けに寝そべった。


 ――ただ無茶な要求はしないから、来世こそは眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能な人間で生を恵んでほしいです。

 あ、それと美人で巨乳なお姉ちゃんと可愛くて人懐っこい妹がいればなお嬉しいですね、はい。


 そんなどうしようもないことを祈っていると、まるで走馬灯のように今までの楽しかった思い出が蘇ってくる……わけでもなかった。


「これを見て」


 そんなリューイチに目もくれず、ナタリーは並び立つ二つの墓石の前にしゃがみこんだ。


「……んぇ?」


 ナタリーはまたも寂しげな表現を見せ、ジッと石碑を見つめる。

 殺さないのかと疑問に感じたが、そんなことよりもナタリーの表情の方が気になったリューイチは恐る恐るナタリーの横につき、墓石に刻まれている文字を目にする。


 そこには、こう刻まれていた。


 故 デリー・アセンブルク

  魔物との激闘の末、安らかに眠る

 故 ライラス・アセンブルク

  愛する我が子を守り、安らかに眠る


 相変わらず異世界文字で書かれていて文章の羅列は理解できないが、意味だけは理解できる。


「アセンブルク……?」


 つい数十分前のことだ。

 リューイチはそのラストネームに聞き覚えがあった。




「そ、私のお父さんとお母さん」




 言葉を失うとは、まさにこのことなのだろう。


 目の前の少女、ナタリーの両親が亡くなっているという事実に直面したリューイチは、ただ茫然と彼女を見つめるしかなかった。


 涙を流しながら、過去を語る彼女を。


     ※


 アセンブルク家は代々伝わる、ハーフエルフの末裔だった。


 人間の血を引き、さらにエルフとしての器用さを併せ持つ彼らは、様々な職で活躍する種族として大変注目されている。

 その内の一人、デリー・アセンブルクは生まれ持った才能を生かし、A級騎士として日々の生活を送っていた。

 騎士の階級はA~Gの7段階で仕分けされている。その頂点に立つ彼は日頃から街の治安を守り、時には戦場に赴いて凶悪な魔物と戦うこともしばしば。


 そんな忙しない生活を送る中、彼に一人の女性が秘書として就くことになった。

 それが後の妻、ライラスである。

 彼女は非常に真面目で勤勉であり、常に向上心を持つ気高き女性騎士。

 王国から腕を認められているデリーの側近で働き、自らも騎士としての実力を高めるべく彼から色々と学び、騎士としての才を伸ばしていった。




 上官と秘書の関係が続くこと数か月。


 ある日、ライラスは自分がデリーに恋心を抱いていることに気づいた。

 デリーは多少の粗っぽさを持つが戦闘能力は飛びぬけており、何より仲間思いの良い上官だった。

 ある日部下が任務中に魔物の奇襲に会った時も自らが身代わりとなるほどの慈悲深さと、重傷を負いながらもそのまま敵を殲滅するほどの戦闘能力を持ち合わせている。

 そんな彼の傍で日々の大半を過ごしていると、彼に恋心を抱くのも無理はなかった。


 対するデリーも、ライラスにいつの間にか心を奪われていた。

 女性であるにも関わらず、B級騎士となるほどの実力の持ち主。また、いつも秘書として自分の傍で知的に働く彼女は、やけに魅力的だった。

 彼らはお互いに惹かれ合い、数年の交際を経て結婚。

 デリーの稼ぎが十分であったこともあり、ライラスはナタリーの妊娠と共に寿退社することとなる。




 それからまた数年が経ち――


「ママーーーーー!!」


 ドタドタと大きな足音を立てて、一人の少女が台所にやってくる。


「あらあら、どうしたの? ナタリー」


 朝食の後片付けをしている手を止め、エプロンで手を拭いながら前かがみになるライラス。

 その目線の先には、五歳になったナタリーがいた。


「これ! パパが新聞に載ってる!」


 そう言ってナタリーは、魔法で大きく写真が投影された新聞の見出しを開ける。

 そこには一人の大柄な男性と、縄で厳重に縛られた巨大な龍が載っていた。


「おいおい、ナタリー返してくれよ」


 そこにリビングから一人の男がのそのそと歩いてくる。

 彼はまさしく、その新聞に投影されている写真の男と全く同じ容姿をしていた。


「やだ! こんなに大きく載ってるんだから、ママにも教えてあげないと!」


 彼から新聞を遠ざけるよう、父に背を向けるナタリー。

 その様子を見て、妻であるライラスはクスクスと笑う。


「あら、ほんと。私たちのパパはかっこいいわねぇ」

「うん! パパ、かっこいい!!」

「か、勘弁してくれ……」


 そんなことを言いながらも彼、デリーは頬を赤くし、妻と娘からの激励にはにかんでいた。


 ナタリーが生まれ五年が経ち、子育てにも落ち着きが見えていた頃。

 彼らアセンブルク家の朝は、とても微笑ましかった。


「そ、そんなことよりナタリー! 今日はせっかくパパが家にいるんだ。外に出て一緒に遊ぼう!」

「え!? ほんとに!? わーい遊ぶ遊ぶー!!」


 デリーは恥ずかしさを振りほどくように、ナタリーに一緒に外で遊ぶよう提案してみる。

 ナタリーは嬉しさを体全体で表現するようにその場で飛び跳ね、新聞紙を置いて一目散に家の外へ出ていった。


「いいの? 貴方。せっかく丸一日休暇がもらえたのに」


 ライラスが心配そうな顔で問いかける。

 デリーはA級騎士として、毎日多忙な生活を送っていた。

 今日は仕事のない休暇日だが、これは約半年ぶりにもらえたとても貴重な休暇だった。


「いいんだ。今までナタリーとなかなか遊べていなかったからな。お前こそ、それが終わったらゆっくり休んでいてくれ」


 デリーはそう答え、ライラスの大きく膨れたお腹をさする。

 ライラスの体には新たな命が宿っていた。

 それはもう少しでナタリーの妹となる、元気な女の子だ。


「……うん、ありがとう。そうさせてもらうわね」


 ライラスは微笑み、デリーの頬にゆっくりとキスをした。

 みるみるうちに赤面していくデリーの顔を見て、ライラスはまたクスっと笑いかける。


「パパーーー! 早くー!」


 窓の外、庭の方からナタリーの呼ぶ声が聞こえる。

 デリーはからかうな、とライラスに力のない言葉を投げかけた。

 そして耳まで真っ赤にしながら、それを隠すようにナタリーの呼ぶ外へと出ていった。


 ライラスは笑顔のまま、朝食の後片付けを再開する。

 夫であるデリーは多忙でなかなか家にいないが、それなりに裕福な暮らしを送ることが出来ている。

 おかげで娘のナタリーはすくすくと育ち、こうして第二子も授かることが出来た。


 最近は爆発的な人口増加が原因で植民地争いが勃発し物騒な世の中とはなってはいるが、このような一家団欒いっかだんらんとした生活がいつまでも続くものだと思っていた。






 ――まだ、この時までは。

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