第3話 安価な決意
どこから現れたのか分からない、身元不明のたった一人のヒューマン。
普通であれば警戒してかかるようなものだろうが、この世界にそんな余裕はなかった。
文明の発展が滞っている反面、一人一人が長寿であるが故に人口が増え続け、住処や資源が圧倒的に不足していたのだ。
文明は中世ヨーロッパ。高層マンションなんて近代的な建物があるわけでもないし、食料生産の知識も乏しい。
数少ない住処と食料を取り合う争いが世界中で勃発していた。
この状況を打開できる策は、文明の発展をヒューマンに頼りきっていたこの世界の住人には考えつくはずもなかった。
そんな中で現れた、一人のヒューマン。頼りたくなるのも無理はない。
この世界の人々は大袈裟なことに彼を神だと崇め、数々の奉公を行ったのだという。
それが良くなかったのだろう。
いい気分になったのか調子に乗ったそのヒューマンは、ヒューマン特有の強大な力を世界の征服のために使用した。
人々の信仰だけでは飽き足らず、力による支配。それが彼の求めた世界だった。
ヒューマンの高い知能を悪用し数々の魔法を習得。他とは比べ物にならない魔力の前に、この世界は屈伏することしか出来なかった。
多くの街が彼の支配下に置かれ、多くの人々が命が奪われた。
数年経ち、今となっては少し落ち着いてはいるものの、今でもそのヒューマンは自分のことを『魔王』と名乗り、この世界全体を支配しようと企んでいる。
「——ということじゃ」
「……」
龍一は深刻そうに話をするドワーフになんと声をかけていいのか分からず、ただ黙って俯くことしか出来なかった。
「そんな過去があったもんじゃから、特に若い者の間ではヒューマンという種族は怖い存在以外の何者でもなくてな。恐らくあんちゃんを投獄したのも、昔の惨劇からの恐怖があってこそだろう」
それは当然の行いだろう。
龍一だってこの異世界の住人だったなら、まずヒューマンというものを怖いものだと認識する。
小さい頃に大きな犬に噛みつかれて犬に苦手意識を持った人が、大人になっても子犬さえも怖いと思う話みたいなものだろう。
いくらその種族の中でも性格の違いがあると分かっていても、人は恐怖心に勝つことは出来ない。この世界の人々もそうだったのだろう。
龍一があんな扱いをされたのも理解はできる。
しかし、理解はできても納得はできなかった。
「なぁおっちゃん」
「む?」
「もう一回確認なんだけど、昔はこの世界でもヒューマンは普通に生活していたんだよな?」
「うむ。それにこの世界での文明はほとんどヒューマンが築きあげたと言っても過言ではない。ヒューマンというだけがそれはそれは高い地位を持ち、周りからは賞賛されていたものじゃ」
「なるほど……」
つまりだ。
龍一がもしその時代、まだヒューマンが『良い存在』として認識されていたころにこの世界に転生されていたのなら、龍一のこの世界での待遇は180度違っていたかもしれない、ということだ。
それが魔王などと名乗る厨二病染みた先人によって『悪い存在』として認識され、龍一は異世界転生を牢獄から始めるなどという最悪のスタートを切ることになってしまった。
「あ、あんちゃん?」
考えれば考えれるほど龍一には怒りの感情が沸々と沸き上がってきた
ドワーフはそんな様子を見て、困惑と恐怖が入り混じったような表情を見せる。
——おっと、いけないいけない。
ただでさえ俺、ヒューマンは怖いという認識があるんだ。
ここで不満を爆発させてしまってはドワーフを怯えさせ、魔王を名乗る先人の二の舞になる。
「ふぅ……」
龍一は軽く息を吐き、気持ちを段々と落ち着かせる。
この世界の人々に罪があるわけでもない。
かといって今更その魔王に怒りを向けても何も変わらない。
この際仕方のないものだと割り切って、然るべき方法でこの世界を真っ当に生きていくべきだ。
仕方がない。
仕方がないのだから……。
「よし、決めた」
「決めた? 何を?」
龍一は自分に言い聞かせるよう、声を大にしてある一つの考えを口にする。
「俺、魔王ブッ殺すわ」
龍一は魔王に対しての不満と憎悪を心の中に抑え込むことが出来ず、ついつい本音を漏らしてあっさりと魔王討伐を決意したのであった。
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