第2話 牢獄での出来事
「……これはつまり、どういうことだ」
その容姿は特にこれといった変化はないが、口元には吐血した後の血痕が残り、乱暴に扱われたのか、服は全体的に少し汚れている。
「あんちゃん、一体何をやらかしたって言うんだ」
そんな龍一を見て気の毒に思ったのか、向かい側の牢屋に投獄されている老いぼれた囚人が声をかけてきた。
何をしたかだって?
そんなこと俺が聞きたい。
龍一がそう思うもの無理はない。
異世界転生されてまた小一時間と経っていないのだ。
その短い時間に罪を犯したつもりはないし、ましてや投獄される程の重い罪を犯した覚えもない。
ただ少し心あたりがあるとすれば、
「なぁおっちゃん、あんたの種族はなんだ?」
種族のことだ。
女性冒険者に声をかけたとき、龍一はまず初めに種族について質問した。
それがもしかしたらこの世界ではタブーなのかもしれない。
現世であれば「貴方の趣味はなんですか」程度の質問だが、常識も法律も全く違うであろう異世界。
こんなことでさえもプライバシーの侵害として犯罪となり得るかもしれない。そう思ったからだ。
でなければ、あの女性冒険者も初対面の相手にあれだけ冷たい態度を取ったりしないはずだ。
「わしか? わしは見ての通り、ドワーフじゃぞ」
その老人は、長く伸びた顎ひげをさすりながら自らをドワーフと名乗る。
ドワーフというのは、ファンタジー世界における人型種族の一種だ。
人型といっても、身長は人間の胸囲程の高さしかなく、筋肉質で力が強く、体毛が濃いという特徴も持った小人だ。
ヒューマンと違って身体的特徴が多いため、このドワーフが「見ての通り」と言ったのもそういうことだろう。
「なるほど、ドワーフね……」
「うむ。そんなことを聞いてどうしたのじゃ?」
種族について問いても、ドワーフの囚人は気を悪くする素振りを見せない。
ということは、この世界では種族について聞くのは別にタブーでも犯罪でもないということらしい。
龍一が投獄されたのとそれは関係がないことが分かった。
では、なぜ投獄されたのか。
もう一つだけ心あたりがある。
「じゃあさ、俺の種族はなんだと思う?」
「はて? あんちゃんの種族か」
ドワーフはジッと龍一を見つめ、この世界の住人ならば誰しもが持っているであろう身体的特徴を探す。
しかし龍一は人間、ヒューマンであり、その中でも特にこれといった特徴のない一般人だ。
身体的特徴など見つけられるはずもなく、ドワーフはしばらくしてから諦めたかのように眉をひそめて首を傾げた。
「うむ……? 分からん、一体何の種族なのじゃ?」
「ヒューマンだよ」
そう即答した。
すると、
「……は?」
ドワーフは口をポカンと開け、状況を飲み込めないような表情を見せる。
やっぱり。そういうことか。
「はぁ……」
龍一は何かに気づいたかのように、ため息をついてその場に座り込んだ。
そして未だ困惑するドワーフに、この世界にきてから自分の身に起きた状況を語り始める。
「実は俺、別の世界からやってきたんだ」
※
牢に入れられ、本当のことを話したとしてもこれ以上立場が悪くなることはないと考えた龍一は、ドワーフにはすべてを話すことに決めた。
元の世界で死んでしまったこと。
そして、いつの間にかこの世界に転生していたこと。
それから自分はヒューマンだと名乗っただけで投獄されたこと。
ドワーフは初めは戸惑いながらも、龍一の話を最後まで真剣に聞いた。
「なるほどのぉ」
龍一が今の状況に至るまでを話終えると、ドワーフは顎に手を当てて何やら難しい顔を見せた。
「信じてくれるのか?」
こんな胡散臭い話、普通ならば真実だと思いもしないだろう。
そもそも異世界転生なんて事象、文字通り死ななければ経験することなんて出来ないし、実際にそんなことが起こったなんて人から聞かされても信じることなんて出来ないはずだ。
少なくとも龍一はそうだった。
「うーむ、さすがにすべてを信じろということは無理な話じゃが、ワシの種族を聞いてきたあたりこの世界について無知だということは信じよう」
ドワーフはそう言った。
どうやら一応は話を信じてくれているみたいだ。
「ああ。俺は本当になにも知らないんだ。なのににんげ——ヒューマンって名乗っただけで牢屋に入れられるのは俺も納得出来ない。教えてくれ、おっちゃん。この世界にはなにがあったんだ?」
龍一はドワーフにこの世界の最大の疑問をぶつけた。
気さくに話しかけてくれた騎士が龍一がヒューマンだと分かった瞬間態度を変え、明らかに敵意を向けてきた。
周囲で見ていた冒険者も、完全に龍一のことを警戒していた。
嫌でもこの世界でヒューマンという種族が邪険にされているということが分かる。
「うむ……実はな、この世界はヒューマンに支配されようとしているのじゃよ」
※
ドワーフは淡々と話を進めた。
どこの馬の骨とも分からない、自分が別世界からやってきたなんてことを言い出す龍一に対して。親切に。
普通ならば胡散臭くて仲良くしようとも思わないだろう。それが親身になって話を聞いてくれたり、問いに対して特に警戒もなく答えてくれる。
龍一はドワーフの優しさに感動するとともに、話の内容を聞いて驚愕していた。
この世界にはかつて、他の種族と同等にヒューマンも存在していた。
ヒューマンは他の種族に比べて身体的能力は劣っていたが、知識面に関しては他の種族の追随を許さない程の知能を持っていたらしい。
これは龍一の元いた現世でも同じことが言える。
生身の人間とライオンを戦わせてみれば、人間に勝ち目がないのは当然である。
しかし人間は持ち前の知識を生かし、武器を作り上げることに成功した。
簡単なもので言えば銃。これは人間の知識があってこそ作り上げることの出来るものであり、他の種族、動物には扱うことすらできないものだ。
このように生身では他に負ける部分はあるが、知識で弱点をカバーし、食物連鎖の頂点に立った人間。
それが競う相手は違えど、この異世界でも同じことがあったそうだ。
この世界は中世ヨーロッパ程度の文明ではあるが、それはほぼヒューマンが作り上げてきたものらしい。
その他にも知識の必要な新魔法の開発や、器用さが求められる建物の建築など、身体能力とは違った面でそれをカバーし、この世界で人間は最強種族だと言われていたそうな。
ところが忽然、この世界でヒューマンは絶滅した。
何故かと言われれば理由は様々であるが、まず第一に挙げられるのが寿命の短さである。ヒューマンは80歳ほどの平均寿命であったのに対し、他の種族は平気で100年以上の長寿である。
よくアニメや漫画の世界で少女の容姿をしていて実はとんでもない年齢のエルフなんているが、この世界でもそれが当たり前らしい。
目の前にいるドワーフもなんと、500歳を超えているそうだ。
それでも現世では人間の数が増え続けているのだから、それがこちらの世界での直接的な絶滅につながったわけではない。
問題は、他種族との交配だった。
ヒューマンは確かに知識などは優れていたが、外面だけで言えば、他種族に比べてヒューマンはあまりにも平凡であった。
代表的なもので言えばエルフは美男美女が当たり前。他にも身体的特徴でヒューマンより優れている種族がほとんどだった。
人型の種族同士であれば何も種族が全く同じでないと子孫が残せないというわけではなかったため、ヒューマンは同種であるヒューマンよりも、優れた容姿を持つ他種族と籍を入れることを望んだ。
他種族目線からしてみればヒューマンとの子孫を残せることは大変名誉であり、間に生まれる子供もヒューマンの力を引き継いで生まれる可能性が高い。願ってもいないことである。
対して当のヒューマンは既に自分が力を持っているからか、子に力を求めることはなかった。
言うなれば傲慢だ。
ヒューマンは自分自身の傲慢により段々と数を減らし、ついには絶滅することとなった。
ヒューマンと他種族の間で生まれた「ハーフ○○○」なんて種族は少数いるが、純粋なヒューマンは全くいない世界となってしまったのだ。
それによって、文明の発展は停滞。
中世ヨーロッパの形を引き継いだまま、今に至るというわけだ。
しかし、それではヒューマンがこの世界に邪険にされているという理由にはならない。
むしろ以上の話を聞けば、ヒューマンは慈愛されるべき存在である。
それがなぜ今の龍一のようなことになっているのか。
つい10年前のことだった。
この世界に突如、一人のヒューマンが現れた。
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