アンヒューマンワールド

リズ

第1話 異世界転生は投獄から

「……これはつまり、どういうことだ」


 杉野龍一すぎのりゅういちは途方にくれながら、ため息交じりにそんな一言を呟く。

 彼の容姿は語ることも出来ない程、これといった特徴がない。

 髪は黒髪のショートヘア。身長は日本の成人男性の平均的な高さだろう。運動をしていたのか身体付きは若干筋肉質。身に着けている服は洒落ているわけでもなく、ダサいわけでもない。ごくごく一般的な日本男児の姿だ。

 そんな彼が日本の渋谷なんかにいれば一瞬で群衆に紛れ、あっという間に存在感を無くすことができるだろう。

 それくらいに特徴のない容姿だった。


 そんな見た目に反し、いや、そんな見た目だからだろうか。

 今彼はかなり注目を集め、街ゆく人々からはチラチラと何回も視線を浴びている。

 それもそのはず、彼らは全員、龍一とは似ても似つかない容姿をしていた。

 耳が長く尖っていて美形の者。やけに体毛が濃く身長の低い者。全身に竜の鱗を纏い大きな尾を持つ者。


 さらには身に着けている服まで龍一と全く違っていた。

 華美なデザインが施されている民族衣装のような衣装。頭からつま先までの全身を覆うほどのローブ。ギラギラと輝く鎧を身に着けている者もいる。

 そんな中にこれといって特徴のない龍一のような人物が一人いたとするのなら、逆に目立つのも無理はない。


「そうか、そうだな。つまり、そういうことなんだな?」


 龍一は腕を組み、一つ一つの言葉を自分に言い聞かせるように力強く呟く。

 そして何かを認めるかのように何回も頷きながら


「異世界転生、ってことか」


 現状をそう判断した。


     ※


 杉野龍一は日本の中堅大学に通う、20歳を迎えたばかりのごく普通の大学生。

 友人の計らいで誕生日会が開かれ、昨夜は大いに楽しみ、多くのアルコールを摂取した。


 結果、龍一は泥酔。

 友人達も酔った龍一を気遣ってくれてはいたが、迷惑はかけまいと龍一は一人、無理矢理帰路についた。

 しかし案の定気分が悪くなってしまい、道端でたまらず嘔吐。

 そこがまさか横断歩道のド真ん中であったことには気付かず、呆然とする意識の中、そのままトラックに撥ねられて命を落とした。


「そして異世界転生か……。全く持って意味わかんねぇ」


 龍一は状況を整理できず、頭をボリボリとかきむしる。

 異世界転生なんて事象、アニメや漫画などの創作上の世界だけの出来事だと思っていたが、まさか自分の身にそんな事が起きるなんて思いもしなかった。


「とりあえず、こんなところで変に悪目立ちするわけにもいかねぇな。どこか場所を移すか」


 依然として彼には、民衆達の珍奇な物を見るかのような視線が遠慮なく浴びせられている。

 人前に立つことに特に抵抗のない龍一だが、さすがにここまで注目されると小恥ずかしい。

 龍一はその視線から逃げるようにとりあえず今いる広場を離れ、一つの通りを真っ直ぐに歩き出した。


 街を歩いていく中で、気付いたことが数点。

 まず、この街の風貌は現世で言う中世ヨーロッパ時代の街並みに近い。

 木やレンガ調の石を主として作られた住宅や建造物。

 お世辞にも綺麗とは言えない、乱雑に並べられた石畳。

 ファンタジーをテーマとした作品でよくある、いわゆるお決まりの文明発展具合だった。


「見たとこ機械なんて便利なものはなさそうだし、文明の発展では完全に日本の大勝利だな」


 一応は先進国と言われている我が国日本の文明の良さを痛感し、謎の優越感に浸る龍一。

 しかしその思いはすぐに打ち砕かれるものとなる。


「……なんだあれ」


 龍一が目を向ける先には、手のひらから小さな氷柱をいくつも作り出し、あっという間に氷像を作り出すピエロの姿があった。

 奇抜な風貌をしていて一見子供からは好まれなさそうだが、何故か彼の周りには小さな子供が群れをなして集まっている。

 それはやはり、彼の氷像を作るという芸あってのことだろう。


「あれが俗に言う、魔法ってやつか?」


 地球では手のひらから氷柱を作り出すなんてこと、よほどのマジシャンであってもなかなか出来ない芸当だろう。

 それを路上で大道芸を行っている、駆け出しのピエロと見える者がいとも簡単にやってみせている。

 街や街ゆく人々の風貌も相まってか、龍一にはそれが“魔法”という非現実的なものにしか見えなかった。


「まぁ異世界転生なんてことが起きたくらいだからちょっとやそっとでは驚かないけどさ、こうも立て続けに新しい世界観押し付けられたら、いくら俺といえどついていけないぜ?」


 龍一はアニメや漫画鑑賞など、少しばかりのオタク趣味を持ち合わせていた。

 そのため現世ではこういった世界観をもつ作品に数多く触れていたものだ。

 好きだったものの世界に入れたことで正直浮かれていたところはあるが、よくよく考えてみるとこの世界で暮らしていくには、この世界についての知識が不十分すぎる。

 そのため彼には、どこか落ち着いたところで情報収集を行う必要があった。

 そんなことを考えながらさらに歩を進めていると、ある看板の文字が目に入る。


「……『アンセル西冒険者ギルド』?」


 通りを抜けて少ししたところに、入口付近にそんな文字の入った看板を堂々と掲げた大きな建物が一つ建っていた。

 その文字は日本語表記ではなく、かと言ってアルファベット表記でもない。

 見たこともない文字で書かれているはずなのに、何故か龍一には文字の意味が理解出来た。


「転生ものの作品でよくある、転生した特典についてくる便利な能力か? それにしても『冒険者ギルド』か……」


 街の外に出てモンスター退治を行う冒険者と、その冒険者が依頼を受ける場であるギルド。

 オタクである龍一からすればいくらでも聞いたことのある言葉だった。

『アンセル』というのは、文面からしてこの街の名前か何かだろうか。


「ここなら冒険者用に休める場所も用意されてるだろうし、分からないことも周りの冒険者なんかに聞けば分かるかもしれないな……。物は試しだ。入ってみるか」


 ギィーと音を立ててドアを開き、ギルドの中に入る。

 ギルドの中は思った以上に広く、クエスト掲示板や案内カウンターの他に、冒険者専用と思われる酒場が併設されていた。

 そして中にいる人たちは大半が武器を携行していて、思っていた通り冒険者と思われる人々で賑わっている。

 他にも緑の服に三角巾を身につけた、ギルドのスタッフと思われる人たちが忙しそうに動き回っていた。


「よし、じゃあ状況を整理しながら、冒険者からこの世界について教えてもらうことにするか。まずは初めが肝心だな」


 いきなり声をかけて「自分は別世界から転生してきた」なんて正直に話してみれば、どんな目で見られるか分からない。

 最悪の場合「頭のおかしいヤバイ奴」なんていうレッテルが貼られる可能性だって十分にあった。

 せっかくの異世界転生だ。第一印象は大事にしていきたい。

 龍一は自分が別世界からやって来たという事実を伏せ、遠い島国からやってきた冒険者志願者という設定にした。

 そうすれば要らぬ誤解やトラブルを少なからず回避出来ると考えての思惑だった。


 それに話しかけるにしても、素直に話を聞いてくれそうな気さくな人物が望ましい。街の外からきた新参者を、快く歓迎してくれるような人物。

 そんな人を探してギルド内を一周すると、龍一はクエスト掲示板の傍に一人の冒険者を見かけた。

 一束一束が流れるように煌めき、黄金色こがねいろに輝く長髪。

 全体的には細く見えるが、胸や尻などの出ているところはしっかりと出ている極上のスタイル。

 加えて顔のパーツは一つ一つが整っていて、非の打ち所のない女性冒険者がそこにはいた。

 彼女が気さくそうな人物かはさておき、思わず目を奪われるような美しい容姿に龍一はまんまと気を取られて、

 

「あの、少しだけいいかな?」


 ……多少の下心があったのは認めよう。

 だが、こんな綺麗な人を目の前にして話しかけない男がいるものだろうか。いやいない!

 彼女に近づき、イケボに聞こえるよう出来るだけ声音を低くして話し掛けた。


「……何?」


 彼女は振り返り、淡く輝く碧眼へきがんの瞳を龍一に向けた。

 急に話しかけられ警戒しているのか、若干睨まれている気がする。


「俺、冒険者になりたいんだ。でもここから遠く離れた島国からやってきたから、どうしたらいいのかよく分かってなくてね……。良かったらなんだけど、色々と教えてくれないかい?」

「私が?」

「そう、君が。それでまず、君の種族を聞いてもいいかな」


 初対面同士の会話において、相手のことを知ることに非常に重要だ。

 手始めに種族について彼女に質問してみる。

 彼女は非常に整った容姿をしていて、さらに耳が長く尖っていた。

 この身体的特徴を持った種族は龍一の知る限り――、


「……エルフよ」


 ――だと思った。

 エルフの冒険者は龍一の問いに暫く考えるように間を開けてから、そう答えた。


「悪いんだけど、分からないことがあるなら別の冒険者に聞いてくれる? それと、私にはあまり関わらない方がいいわ」

「んぇ?」


 彼女は吐き捨てるようにそう口にし、スタスタとギルドの外に出ていってしまう。

 あまりに急なことで、「ん?」とも「え?」とも取れない情けない声を上げてしまった龍一。


 「……何か失礼なことでも言ったか?」


 確かに下心はあったかもしれないが、そんな感情が表に出てしまうほど伊達に20年も生きていない。

 何か急いでいて、話を聞く時間なんてなかったのだろう。

 そうだ、そうに違いない。

 龍一は多少の虚しさを覚えたが、悲しくなるのでそれを意識しないように心掛けた。


「おう、にーちゃん。困りごとか?」

「うおっ!?」


 そんな龍一の様子を周りで見ていたのか、ガタイの良い巨漢の男が龍一に肩を組んくる。

 その皮膚は多くの鱗に覆われ、傍から見ればドラゴンのような印象を受けた。


「おおおっ!!?」


 龍一は背後から急に肩を組まれたことに一度驚き、そのドラゴンのような容姿を見て、二度驚いた。


「フラれたからって気にすんな。あいつは見てくれはいいかもしれないが、中身はだいぶキツイからな。可愛い子なら他にもいるから、そっちあたってみな」

「な、ななななんで俺がナンパに失敗したみたいな言い草してんの!?」


 そうだ、龍一は決して口説こうとしてあの子に話しかけたわけじゃない。

 ただこの世界のことが知りたくて、たまたま見かけたのがあの子だったから話かけただけだ。

 それをナンパだなんて、とばっちりにも程がある。


「ガハハハッ、言い訳すんなよ。あの子はここらへんじゃ色々と有名だが、それを知らない辺りこのギルドにくるのは初めてか?」

「あ、ああ。ただギルド以前に、この街にくること事態、今日が初めてだ」

「ん? なんだ、そうだったのか。てことは旅行客か何かか?」


 それを聞くと男は龍一と向き直り、龍一を歓迎するかのように両手を広げて、


「ようこそ! アンセル西冒険者ギルドへ! 俺はこのギルド常駐の騎士、リザードマンのアルバートだ。分からないことがあればなんでも聞いてくれ。よろしくな」


 自らをアルバートと名乗り、さらに右手を差し出して握手を求めてきた。


 ――見つけた。素直に話を聞いてくれそうな、気さくな人物。

 初対面でまだこの男のことはよく分かっていないが、困った様子の龍一を見て声をかけてくれるあたり、気さくな人物であることは間違いない。

 分からないことはなんでも、と言ってくれているので、ここは有難く頼らせて頂くことにしよう。


「お、おう! こちらこそよろしくな。俺は――」


 リザードマン、と自分の種族の名乗ってくれたアルバート。

 ここは龍一も名前だけでなく、種族名も名乗るべきだと考える。

 だがこの世界では龍一の種族はなんと呼ぶのか。


「えっと、人間ヒューマンの龍一だ」


 ヒューマン。

 人間という言葉を英語、及びファンタジー風に言い換えただけだが、とりあえずは種族名をそう名乗った龍一。

 そしてそのままアルバートの手を握り返そうと、右手を差し出した。


「……ヒューマンだと?」


 しかし、その手を交えることは叶わなかった。

 アルバートが龍一の手を払い、握手を拒んだのだ。

 そして次の瞬間、


「――ほぇ?」


 龍一は宙に舞っていた。

 アルバートが龍一の払った腕を取り、そのまま振り返って遠心力と共に龍一を投げ飛ばしたのだ。


 ドンガラガッシャーン!!

「……ッ!?」


 大きな音を立て、地面に背中を強打する龍一。

 かなり強い衝撃だったのか、肺が一瞬空気を取り込むことを拒絶する。


「かっっっハッ……!」


 慌ててうつ伏せになり、どうにか気道を確保しようと龍一はもがく。

 すると喉の奥から何か込みあがってくるものがあり、咳と同時にそれを吐き捨てた。

 



 血だ。


 どうやら背中を打ち付けた衝撃で喉の奥を切ってしまったらしい。

 幸いにもあまり深くはなく、少し吐血をする程度だったがもう少し当たり所が悪ければ肺までも損傷していたかもしれない。

 血を吐くと同時に気道を確保することに成功した龍一は自分を投げ飛ばした相手、アルバートを見るべく顔を上げた。


「い、いきなり何しやが——ッ!!?」


 その喉元に鋭い切っ先が向けられる。

 それはつい先ほどまでアルバートの背中に携えられていた、大きな槍だった。

 反射的に両手を上げ、額に冷や汗を垂らしながら周りを見てみると、アルバートだけでなく他の冒険者たちも各々の武器を構えて警戒する姿勢を取っていた。


「ヒューマン……か。さては貴様、魔王の手先だな?」


 魔王の手先?

 なんだ、なんのことを言っている?


 そう口にしたつもりだったが、喉元に突き付けられた槍はそれを許してはくれない。

 弁明しようと喉仏を動かした瞬間、かき切ろうとせんばかりの圧力がそれには込められていた。


「お前を連行する。黙ってついてこい」


 人間では到底出すことのできない威圧感を漂わせながらそう口にするアルバートを目の前に、龍一は言葉を発することが叶わず、ただ黙って彼の言うことに従うしかなかった。

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