第10話 こじらせ騎士は進化した!




 騎士団の訓練場で目を瞑って騎士の相手をし、ボコボコにされるという微笑ましい出来事のあと、ヘタレはものの見事に目を瞑って戦う術を身につけた。

 ……ヘタレ、おぬし、戦闘に関してだけは天才であるな……

 我輩も呆れたが熊男も呆れておった。仮眠を終えて復帰したら副団長が謎の進化を遂げていたのだから当然であろう。ちなみにヘタレの進化は脳みそにだけは及ばない。こやつの脳は原始時代で止まったままであるからな。


「おまえはどこを目指してるんだ……?」

「ますます手が付けられない強さになってるっすねぇ……」


 巌男とヒョロ男も呆れ顔であるが、他の団員は最初から悟り顔であった。


「まぁ、アンゼルムだからな」

「才能がこっち方面にだけ極端に振り切れてるもんなぁ……」


 周囲に理解者が多すぎて我輩涙が出そうである。ヘタレよ、おぬしもうちょっと脳みその容量を増やすべきである……

 そんな優しい我輩の心配をよそに、仮眠のために自室に戻ったヘタレはあほな問題で悩んでいた。


「く……尊すぎて食えない……!」


 心の底から阿呆である。

 ヘタレの悩みの元は、ヘタレの前で鎮座しているバスケットの中身――そう、ベルタ嬢からもらったサンドイッチである。

 恋しい娘が持って来てくれた物と思えば尊いであろうが、それを前にして悩んでいるおぬしはどう見てもアホいであるぞ。


「食べねば腐るだけであるぞ?」

「だが、猫ちゃん、ベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢の持って来てくれたものなんだぞ!?」

「だから他にとられぬよう我輩が見張っていてやったのではないか。死守した我輩の努力に報いるためにもさっさと食うである」

「ありがとう! 感謝している!――だが食べたら無くなってしまうではないか……!」

「おぬしつくづく阿呆であるな……」


 騎士仲間との鍛錬中、必死に我輩が「シャーッ!」と威嚇して守ってやったというのに、食べずに腐らせてしまったら温厚な我輩も流石に怒るであるぞ?


「また作ってもらえばよいではないか」

「また作ってもらえる保証がない……!」

「頼めば作ってくれると思うであるぞー?」


 ベルタ嬢の好意を察知している我輩としては、じっくり味わって「美味しかった」「また作ってほしい」と告げるべきだと思うのだが、こやつ、自分に全く自信がないようであるな。

 ……まぁ、自分に自信があれば、こんなに拗らせたりせぬであるな……


「恋しい娘がせっかくもってきてくれたものを食べずに腐らせては申し訳がたつまい?」

「ぅぅ……」

「食べ物は食べる為にあるのである。食べずに腐らせて捨ててしまうなどもってのほかである」

「ぐぅ……」

「まして愛しい娘がわざわざ持って来てくれたものであろう? ほれ、痛まぬうちにさっさと口に入れるであるぞ」

「……猫ちゃん……」

「なんぞ」

「時を止める魔法とか無――もごぉ!?」


 我輩、さっさとサンドイッチの塊を口に突っ込んでやった。善意である。息の根が止まりかけているがモタモタしているヘタレが悪いのである。我輩悪くない。


「……っ……っ」

「ちゃんと食べぬとまた突っ込むであるぞ?」

「……! ……!」


 その後、ヘタレは子リスのようにちまちまちまちま大事そうにサンドイッチを食べた。

 まったくもって、こやつは手のかかる馬鹿であるな!


「それよりも、ヘ――アンゼルムよ、おぬし、貴族に対する礼とか作法とかきちんと覚えているのであるか?」


 れっきとした貴族であるベルタ嬢とお付き合いするにしても、まずヘタレが貴族のマナーを知らなければハッピーエンドは難しかろう。


「礼、だけなら……」


 ……駄目そうであるな……


「おぬし、頭は悪いであるが体で覚えるのは得意であろう? マナー本に書かれている姿を模倣するぐらい容易かろうに」

「……文字を読もうとすると、字が頭の中で踊るんだ……」


 ……読むところから躓いているのであるか……


「おぬし、それでは恋文もまともに読めまい?」

「そんな洒落たものをもらったことは一度も無いからな……」

「なんのために我輩が文通をすすめたと思っているのであるか……まともに喋れぬおぬしだから、せめて恋文でのやりとりが出来るようにと……」


 ……そういえば、羊皮紙の前で硬直して、結局一枚も書けないままであったな……


「ヘ――アンゼルムよ、おぬし、文字はちゃんと読めるのであろう?」

「ああ。団に入る前に覚えた」

「おぬしの頭でよく覚えたであるな……どうやって覚えたのであるか?」

「書き取りを一万回ほど……」


 おぬしつくづく体で覚える男であるな!?


「ちなみにその方法を考えたのは誰であるか?」

「父だ」


 父よ! さては速攻で脳みそに覚えさせるのを諦めたであるな!?


「……分かったである。我輩が読んで見本を見せてやるから、おぬしはマナー本を借りてくるである」

「そこの本棚にある」


 読めよ!!


「おぬしに本は宝の持ち腐れであるな! せっかく文字を覚えたのだから本を読んで知識を蓄えるべきであるぞ!」

「文字を読むと字が……」

「おぬしは絵本から始めるである!!」


 この男にものを覚えさせるのに文字は無理である!

 むしろ人間がつきっきりで体に叩き込んでやるのが一番なのではないかな!?

 ……そんな暇人がいるかどうかの問題であるが。


「まったく、本というのは読む為にあるものだというのに……――」


 やたらと分厚い手製の本を本棚から引き出し、我輩、ちょっと眩暈がした。

 ……この本、いたるところに付箋が貼られておる……


「……これは誰の本だったのであるか?」

「団長だ」


 熊男よ! おお! 熊男よ!!

 おぬし一生懸命この阿呆に教え込もうとしたのであるな!

 馬鹿で阿呆でどうしようもない部下のために、せめてここだけは見て覚えろと付箋を貼ったのであるな!!

 底抜けに馬鹿なヘタレは開きもせずに本棚に仕舞っておったけれども……!!


「おぬしはあの熊男に感謝と詫びを入れるべきであるぞ!!」

「団長には日々感謝している」

「もっと!!」


 我輩、熊男の涙ぐましい努力に涙を禁じ得ないである!

 早速、可哀想な熊男の努力に報いるため付箋のあるページを開――ヘタレェエエエエエッ!!


「――アンゼールムッッ!!」

「ど、どうした猫ちゃん!?」

「この本はちゃんと図解が載っているであるぞ!?」

「文字――」

「図解ッ!!」


 おぬしの目は節穴か!?


「おぬし脳みそ以外は五体満足だと思っておったのに目もまともに見えておらぬであるか!? 図解!! ポーズがちゃんと描かれているであろう!?」

「……その横の文字が脳内で踊るんだ……」

「おぬしの脳みそはダンスホールかな!?」


 もう分かったである!

 おぬしに文明的な教育をすることがそもそも間違っていたである!


「よいかアンゼルム! これから我輩が徹底的にマナーをおぬしの体に叩き込んでやるである……覚えるまで眠らせてやらぬであるからな! よいな!?」

「ハイ」


 我輩の禁じ手、人体操作でヘタレの体を操り、ありとあらゆる礼儀作法の動きをさせたところ、ヘタレは一発で全て覚えてみせた。

 おぬしとことん脳みそでなく体で覚える男であるな!?




 ※ ※ ※




 深夜、いつもの我輩の散歩時間にヘタレは仮眠から起きた。

 礼儀作法を叩き込んでいたため、ヘタレの仮眠時間がちょっぴりになってしまったが我輩悪くない。そしてヘタレよ、サンドイッチを食べ終わった後のバスケットに祈りを捧げるのはやめよ。おぬし、もうちょっと色々すればモテそうなスペック持ちだというのに、言動が常に残念なのはどういうことなのか……あ、拗らせすぎているからか。すまぬである。涙出そうである。


「よし――仕事に行ってくる!」


 我輩の指導(物理)のおかげで動作が洗練されたヘタレが元気いっぱいに外に出ようとし、ふと何かに気づいたように我輩を振り返った。

 なんぞ?


「猫ちゃん。今日もまた負のエネルギーとやらを貪りに行くのか?」

「もちろん行くであるぞ!」

「そうか……」


 ヘタレは頷き、そっと我輩の頭を撫でて言った。


「俺には難しいことはわからんが……ほどほどにな?」


 そこは我輩の腹具合と纏わりついている怨嗟のスパイス次第であるな~?

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こじらせ騎士は告りたい! 野久保 好乃 @yosino9318

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