第8話 こじらせ騎士は誤説明した!




 王都の夜の闇が深かろうと、我輩の美しい瞳の前にあっては真昼とさほど変わらない。

 大人な我輩は今日も夜遊びもとい食事をすべく夜の散歩と洒落こんだのだが、すぐに異変に気付いた。王都全体の雰囲気が二日前とはガラリと変わっておるのだ。

 具体的に言うと、そう――美味そうな感じになっているである!

 昼はさほどでもなかったが、夜の闇に抱かれたためか、良い感じに暗がりのあちこちで悪意の波動が迸っているのである。人の耳に聞こえぬ程度の大きさで悲鳴や争いの音も聞こえているし、小さないざこざや大きな怨恨がそこかしこで生まれているようである。最高であるな!

 魔法の明かりが多い方角は特にその傾向が顕著で、さっきから我輩の口の中が大変なことになっているのである。あっ、よだれが……

 大変である。紳士な我輩のイメージが丸潰れである。こんなけしからんものはすぐに食べるべきである。待っておれよ! 我輩のオヤツよ!


 四足歩行でリズミカルにスキップしながら、我輩は一番美味しそうな匂いをさせている屋敷の上を目指す。う~ん……この鼻腔をくすぐるスパイシーな恨みの波動……フクースナ!

 歩きながらヒョイパクしてしまったのも仕方が無いと見逃していただきたい。美味しそうな匂いがイカンのである。我輩悪くないである。

 おっと、うっかり嫉妬塗れの肥えた魂を吸い込んでしまったである! ごちそうさまである!

 ……うん? 眼下の屋敷で騒ぎが起きているようであるな? 相変わらず人間社会は騒々しいである。少しは我輩を見習って落ち着きをみせるである!

 おや、向こうから美味そうな呪怨が……何やら目標を見失ったみたいにウロウロしておるが、そんなに隙だらけだと我輩が美味しくいただくであるぞ? すぅっ、と吸い込んでスポンである。う~む、やや深みが足りない……おかわり!

 しばらく待ってみたが追加が来ないようなので目的地に向かうである。


 おお! これは素晴らしいである! 実に美味そうな怨念塗れの魂が四つもある! もしかして我輩の為のディナーであるかな!? 山のような恨みと憎しみのスパイスがまぶされているし、これはもう食べずにはいられまい! 据え膳食わぬは男の恥というヤツであるなきっと!

 もちろん、周辺に漂うもったりとした怨恨のエネルギーも美味しくいただくである!

 なにやら騒ぎが拡大しているようであるが、人間はすぐに増えるから百人や二百人ペロリしたところでたいして変わらぬである。うむ? 吸引が強すぎたのか、弱っちょい痩せた魂まで飛んできおった。返すである! もっと肥えてから我輩の口に飛び込むである! 往生するであるぞ!

 さて、今日の夜食も食べ終えたことだし、ヘタレの元に帰るである。

 そろそろベルタ嬢との仲をとりもつため、我輩も動くべきであるかなー……?




 ※ ※ ※




 騎士団の宿舎は夜だというのにまだ騒がしかった。

 ヘタレは日中の番なので就寝中だが、団員の半分は夜警に回っているようだ。熊男が地味に疲れた顔をしておるな。我輩が食べた魂の欠片でも与えてやったほうが良いであろうか?

 熊男が片肘をついている机には大きな地図があった。ははぁん? 王都の地図であるな~?

 それなりに正確な地図らしく、絵画のような鳥観図とは違って区画が分かりやしく書かれていた。まぁ、民家などは誰の家とか書かれていないであるが。

 お? あれはこの騎士団宿舎であるな? 王城があそこで……ふむふむ。成程。こうなっているのであるか。理解である!

 我輩としてはそこここに置かれている石ころが気になるであるが、人員の配置であるかな? 熊男の手元近くにもまだ配置されていない石ころが転がっておるな。……ところで、その色違いの石ころは何の目印用であるかな?


「隊長。第三の連中と第一の連中がまたぶつかったみたいです」

「またか……」


 石ころに触ろうか触るまいかで悩む我輩の頭上で、熊男達が会話する。今の我輩は赤ちゃん猫サイズであるからな。机の上に乗っても熊男達のほうが高いである。むろん、本来の我輩は牡牛サイズなので大きさでは決して負けぬがな! 本当であるぞ!?


「夜に紛れて行動する奴らが出るだろうとは思ってたが……」

「陛下に命じられているのは我々と第三ですから、それを理由に引き取りを強要することは出来ますが……なかには命令をつっぱねる者もいるでしょう」

「あんな馬鹿共でも、いなけりゃいないで防衛力の低下になるし……難しいもんだよなぁ」

「力だけの問題であれば、傭兵を雇って国防にあてるほうがまだマシですけどね」

「あいつらはあいつらで金で即座に寝返っちまうだろ」

「まぁ、傭兵ですからね」


 不可視化状態の我輩の頭上で熊男達の会話は続く。

 意識が地図から逸れているようなので、我輩はチョイチョイと色違いの未配置石ころを地図上のあちこちに置いてやった。諍いやらなにやらが起こっていた箇所である。


「うん? なにか変な気配が……ぁあ? なんで石が……!?」


 さらばであるー!







 翌朝、またあほみたいな量の早朝訓練を終わらせたヘタレと一緒に食堂に行くと、死体のようになった熊男が目の下に酷い黒染みをはりつけて座っていた。……おぬし、死相が出ておらんかな?


「……団長。お疲れっすね?」

「……おう……」

「寝てないんっすか?」

「……昨日、密告があってな。いや、声や言葉で何か示唆されたわけじゃねぇんだが……」


 眠そうな熊男が言うには、「一瞬目を離した隙に、地図上に得体の知れない目印が置かれていた」「現場に駆け付けると、不審な者達が倒れていたり、大きな喧嘩があったり、襲われた旅人達がいた」ということであった。我輩、素知らぬ顔で食事をした。巌男が我輩の前の皿に肉を置いて熊男に向き直る。


「団長達の一瞬の隙をつくなど、よほどの手練れだな」

「団長が雇った密偵じゃないんすよね? どこの誰なんすかねぇ……?」

「知らん。そんな腕利きの密偵を知ってるなら、半年前の時点で使ってる。……まぁ、それはいいんだ。それより、下手人を捕らえたり喧嘩を仲裁していたら、貴族街から応援要請が来てな」

「うぇええ? 貴族街からっすか?」

「あちらは第一と第二の担当だったはずだが」

「その第一と第二だけじゃ対処しきれないと踏んだ貴族達が早馬を飛ばしてきてなぁ……俺等は貴族街の担当では無いって言って第一と第二に要請するように突っぱねたんだが、どうもな、昨晩、また例の『姿なき暗殺者』が出たようでな」


 なんと我輩、いつの間にかカッチョイイ通称がついておった。

 次からそう名乗るであるかな!? むふぅ!


「またっすか!?」

「またなんだよ……あっちこっちの屋敷でバッタバッタ死人が出たらしい。場所によっては、どうにも暗殺者や密偵らしいヤツも殺されたらしくてな、そりゃあもう、貴族街全体が大騒ぎになった」

「ははぁ、突然、隠れていた暗殺者の死体がゴロッと転がってきたとかもあったんすね?」

「そうらしい。そいつらの雇い主を洗い出すのも大変だろうが、今回は死んだ奴の数が数だからな……下手をするといくつかの領地で跡目争いが勃発するかもしれん。おまけに、第一と第二の連中が激怒してなぁ……まぁ、自分達が護衛をしている真っただ中でこれだけの死人が出たんだ。面目も丸つぶれだろう」

「うわぁ……」

「自分達に対する宣戦布告だ、っつーてもう大騒ぎだ。まぁ、自分達の身内が死んだ連中にしてみれば、恨みもあるうえに手柄を立てるチャンスだってんで、二重に奮い立ったんだろうけどなぁ……」

「もう、暴走を止められないんじゃないっすか?」

「いや、いくつかは阻止できるだろうよ。昨晩街中でやらかした連中とかな」

「ははぁ……お手柄っすね」

「俺等や第三はな。けど、そのせいで第一と第二の恨みがこっちにも来てなぁ。お前達の仕業じゃないのかとか、貴族達の力を削ぐための策略じゃないのかとか、ぶっ飛んだ迷推理をぶちかまして大騒ぎしてくれて……もう相手するのがしんどくてしんどくて」

「ほんっと大変だったっすね……」


 熊男のぐったりした姿に、我輩、ちょっと目が泳いでしまった。

 我輩の大宴会場と化した街にちょっとハイテンションで食事をしたのが、ここまで人間達に影響を与えてしまうとは思わなかった。だが、反省はしない。我輩、悪魔ゆえな!

 そしてヘタレよ。我輩をじっと見つめるのはやめるである!


「おかげで眠ってねぇんだよ……悪いが、ちょっと仮眠とらせてもらうわ」

「了解っす」

「あと、アンゼルム。おめぇ、ちっと傭兵組合に顔を出してくれるか。なんかナルチーゾの爺さんが呼んでるんだそうだ」

「…………」


 ヘタレは無言のままコックリと頷いた。相変わらず我輩相手の時と違って無口である。おぬしはもうちょっと人間相手のコミュニケーション能力を学ぶべきであるぞ?

 まぁ、最近は我輩からの教えをうけて手紙の練習をはじめたから、いつかは文字で会話が出来るようになるかもしれないが。……うむ? 問題解決になっておらんな?


「リットとガゼルは、悪いが俺の代理をしばらく頼む。……早くこの騒動が終わってくれねぇかなぁ……」


 ヒョロ男と巌男に後を任せて、熊男はヨロヨロと食堂を出ていった。




 ※ ※ ※




 傭兵組合は相変わらず男臭い場所であった。

 我輩を頭の上に乗せたヘタレは、着いてすぐに別室に案内された。昨日とは別の部屋だが、あちこちにか弱い結界が張られていた。我輩、薄皮のようなそれがいつ破れるかとヒヤヒヤした。


「……すまんな。わざわざ出向いてもらって」


 待っていたのは、昨日我輩をじっと見つめていた老爺と子供であった。

 ハッ! まさか本気で我輩に惚れたであるか!?


「話は、その、おぬしの頭上の――猫に化けた者のことだ」


 我輩、雄であるゆえ、雄であるおぬしらの思いには応えられぬであるぞ!?

 しかしモテる雄は大変であるな! 我輩の魅力に気づくとは、おぬし等なかなか目が肥えておるな!


「拾ったのは、半年前だと聞いた。クンツェンドルフ伯爵領の戦場で、と。だが、その存在、とても尋常なものではない。おぬしは、自分が何を拾ったのか、分かっておるのか?」


 一瞬だけ我輩を畏怖の目で見てから、老爺はヘタレに尋ねた。

 ふむ。詳しくは分からぬであるが、この老爺は我輩がただ者ではないと察したようである。なかなか見どころがある老爺である! ならば我輩、その問いに自ら答えてやろうではないか!

 すっくと立ちあがった我輩は――何故か素早く伸びて来たヘタレに掴まれて老爺の目線の位置に置かれてしまった。あふん。

 ヘタレはやや身構えている老爺に対して、ボソッと零すように答えた。


「ケット・シー」


 我輩、悪魔であるぞ!?


「なんと!? やはり、あの伝説の!」

「すごいです! 実在したんですね!!」


 老爺と坊主がキラッキラした目で我輩を見つめている。やめるである。やめるである。そんな無垢で純粋な目を向けるのはやめるである! 我輩の種族は悪魔である! 断じて妖精などでは無いであるぞ!?


「や、やはり町中の猫と会合を開いたりするのか!?」

「煙突から消えたり、色んな『ためになる情報』を口にしたり!?」


 ヘタレは老爺に首を横に振り、坊主に頷いてみせた。

 我輩、いつ色んな『ためになる情報』を口にしたであるかな? あ! ベルタ嬢のことであるな!? おぬししっかり我輩を評価していたのであるな!? あと、我輩、煙突から消えたりはせぬであるぞ!?


「で、では、傷つけた者に呪いをかけるという噂は!?」

「心根の優しい世話焼き娘に様々な贈り物をするという伝承は!?」

「呪いのネズミをチェックするという話は!?」

「目をくりぬかれた商人を助け、仇を討ったという伝説は!?」


 ケット・シー、働きすぎであるな!?

 我輩のようなエライ悪魔はそんなことせぬである!

 あと、我輩を傷つけることが出来るのは特殊な武器や技能だけなので、呪いをかける以前の問題であるぞ!?

 慄く我輩を前にして、熱量がアップしている老爺と坊主の追求は止まらない。ヘタレは舌戦に対してはへなちょこであるから、今も棒立ちのまま防御も攻撃も出来ずにいた。我輩、劣勢であるな!?

 いかにしてこの場を切り抜けるか、と我輩が明晰な頭脳を全力で働かせていると、勝利の女神がやってきた。凄まじい勢いで扉が吹き飛んだ。


「ここからジーケルト様の匂いが――あっ!」


 扉の残骸を手に乗り込んできたのは、可憐でおっぱいなベルタ嬢だった。




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