桜の咲く季節に

ぽいふる

桜の咲く季節に

 桜の開花宣言が出てから早2週間。実家の近くにある桜並木も満開になり、昼間にはお花見をする家族や、カップル。学生達で賑わっている。だがしかし、自分はそんな人達とは違って、人が全くいなくなった夜にこの桜並木を歩くのがこの季節、実家に帰ってきたときの毎日の楽しみになっていた。

 そして今日、3月31日の23時50分。毎年この時間になると桜が満開ではなくても絶対にこのベンチに目を瞑って座るようにしている。その理由は…

「やあ、今年もまた来てくれたんだね」

「はい。一年ぶりですね桜さん」

 4月1日に日付が変わると同時に彼女がベンチの隣に座るからだ。この出会い方になって3年程経ったので、もうこれが定位置になりかけている。

 それにしても彼女はいつも急に現れる。初めて会った時は俺の後ろから。その次の年は俺の死角から。その後毎年のように彼女がどこから現れるのか探したり、色々検証したりしたのだが、いつしか諦めてこのベンチに座るようになった。

「そうだねー久しぶり」

「はい、お久しぶりです」

「毎年思うんだけど、そのかしこまったのやめない?」

「いえ、どうしても無理です」

「むー。しょうがないなあ…悠君は」

 彼女は俺の返答に呆れたような、でも優しい声でそう言いながら俺の頭を撫でた。彼女の手には温もりを感じた。大分昔に味わっていたものではあるけど最近ではなかったことなので、しばらくその行為に甘えさせてもらうことにした。

 しばらく無言の時間が続くと、彼女は満足したのか俺の頭から手を離す。

「今年も綺麗に咲いて良かったね桜」

「そうですね。今年も満開ですよ」

「そうだねー。すごく綺麗」

 彼女が少しだけ手を前に出すと、その上に数多に舞い散る桜の花びらの中から、一輪だけ彼女の手にのる。

「……あの日と同じだね」

「……そうですね。その話はまだ先でもいいですか?今は少し話を聞いてもらいたいです」

「お、何々?今年も色々な面白い話を聞かせてくれるの?この悠君の話、悠君の成長を実感できるから毎年すごく楽しみなんだよね!」

「そうですか。じゃあ今年もいっぱいお話させていただきますね」

「うん!いっぱい聞かせて!」

 それから俺は彼女にこの一年のことを色々と話し始めた。彼女は楽しい話には可愛く笑いながら相槌を打ってくれて、悲しい話なら真剣に聞いて、相談事にはしっかりアドバイスをくれたりした。この光景は毎年なのだが、彼女はそのたびに表情がコロコロ変わってこっちも話していて楽しいし、もっと話したいという気分にさせてくれる。昔の俺はこんなんじゃなかったんだけどな…。昔の俺がこの姿を見たらびっくりするだろうなあ。

 俺は昔からストレスや愚痴などは貯め込むタイプだった。そのため、幾度か爆発しては自爆する日々を過ごし、その度に友達は離れていき孤独になる生活が続いていた。けど、その日々の中に幼馴染である桜夜さんだけは俺を見捨てなかった。

 俺にとって桜夜は、2つ上の近所のお姉さん的な立ち位置だった。俺が喧嘩した時には本気で心配してくれたし、いじめられてるとわかった時には優しく包み込んでくれた。桜夜はこういうことがあるたびに『大丈夫だよ。君の人生は薔薇色だから』と満面の笑みを浮かべ、俺を励ましてくれた。そして、この荒れた思春期を桜夜と過ごしていくうちに好意を抱くようになり、桜夜が高校を卒業する日に告白し、晴れて恋人同士となった。それからは幸せな日々を送っていたのだが、二年後に事件が起こった。

 桜夜が誰かに殺された……と。

 そのことが現実として受け止めきれなかった俺は、家に引きこもるようになり、桜夜の幻覚を見たり、桜夜が出てくる夢を見るようになったりした。桜夜を失った俺は桜夜によって開きかけていた心を閉ざし、かつての自分のように心を閉ざすようになった。それからしばらくして、親に連れられてカウンセリングを行ったりしたおかげで少しづつ立ち直ってきた頃、俺は桜夜が殺されたと言われた場所に来るようになった。そうすることで桜夜に会える気がしたからだ。

 そして7年前の4月1日0時00分。突然彼女は現れたのだった。あの時俺の目の前に現れた彼女は何故か俺が置かれている立場を理解していて、なおかつ俺の悩みも知っていた。そのため彼女にはもうその日からなんでも話してしまう仲にさえなっていた。

 けど、俺は未だに彼女の顔を見たことがない。何故かというと彼女はお面をしているからだ。お祭りとかで売っている狐のお面をしていて、何度も彼女にお面を取ってくれと頼んでも取ってくれることはなかった。

「へえー…悠君は今年も色々なことがあったんだね」

「はい…ほんと波乱万丈でしたよ」

 あはは…と苦笑いしながら彼女に答える。彼女が毎年昔の桜夜みたいに話を聞いてくれるおかげで、俺は少しづつ社会に復帰できるようになっていき、今では一人でも生きていけるようになった。

 ちらっと時計を見ると時刻は2時半近くになっていた。楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくものだなと改めて実感する。こんな時間がずっと続けばいいのにな…と毎年思う。

「そういえば悠君、私と初めて会った時驚いてたよね」

「そりゃそうですよ!いきなりふっと現れるんだから!」

「あはは!ごめんね!悠君を驚かせたくて!…ひっ…くくっ…思い出したら笑えてきちゃった」

「ちょっ!そんなに笑わなくていいじゃないですか!」

「い、いやあごめっ…ははっ!あの時の悠君の顔が面白くて…っ!」

「ひ、ひどいですよ桜さんー…」

「ごめんごめんっ…!そういえばもうあれから7年か…」

「そうですね…。もうすごく懐かしいです」

 桜の花びらがひらりひらりと舞い落ちていく。満開に咲いていた桜が少しずつ散っていく。桜の花びらが全て散って、梅雨が来て、夏になり、秋がきて、冬を越えてまたこの桜が満開になるであろうこの日に、また彼女と話せたらいいなと、そう思った。

「あれから悠君にはいろいろなことが起きたよね。お仕事を始めて社会の波にもまれながら、初任給で親孝行したり、上司にパワハラ受けながらもそれをしっかり耐えて、昇給を勝ち取ったり…。そう考えたら悠君の色恋沙汰って前に一回聞いてからあまり聞かないね」

「あーその話、しちゃう?うーんそうだなあ俺さ、前に話したみたいに好きな子が突然いなくなってさ。その子のことを今でもどこかにいるんじゃないかなって思ってるからさ…。どうも積極的になれないんだよね」

「そっか…。その女の子はその言葉を聞いたらすごく嬉しいだろうね」

「ははっそうかな?まだ、私のこと追ってるの?っていって気持ち悪がられるかも」

「そうかな?私がその子の立場だったら、今まで想ってくれてありがとうって思うけどね」

「本当?なんかその言葉聞いて気持ちが楽になったよ!ありがとう!」

「いえいえ!相談事受けるのは得意ですので!」

「そうだねー桜さんに色々話するとすごく気持ちが楽になるよ。毎年ありがとうございます」

 俺は桜さんの方を向いて頭を下げた。彼女には本当に感謝しているし、彼女が毎年ここに来て話を聞いてくれるから、俺の心が浄化されてまた一年頑張ろう!って思える。

「そんな!頭上げてよ!私だって毎年悠君の話聞くの楽しみにしてきてるんだから!」

 俺は桜さんに言われた通り頭を上げる。

「そうなんですか?なんかそう思われてるんなら嬉しいっす」

「そうね。悠君の話って聞いてて飽きないんだよねー。すごく聞いてて楽しいお話ばっかりですごく面白いからねー」

「あはは…ありがとうございます」

 照れながら時計を見るとそろそろ制限時間が迫ってきていた。また今年も桜さんと話す時間も終わりか…と思うと少し寂しくなる。

「桜さん。そろそろ時間です」

「あら、もうそんな時間?今年も早かったわね」

「そうですねー。ずっと喋っていたいぐらいです」

「私もー。でも制限時間があるからねーごめんね!」

 俺はここで毎年思っていたけど、口に出せなかった質問をすることにした。

「そういえば桜さん」

「どうしたの?悠君」

「その制限時間ってなんですか?」

「あーそっか。悠君には話してなかったね…でもごめん。このことについては話せないんだ」

「そうですか…残念です」

「まあ、いずれ話す機会があったら話すよー」

「本当ですか!?じゃあその時を楽しみにしてますね!」

「うん。それまでの秘密ってことで」

「はい」

 俺はベンチから立ち上がる。それを見てから桜さんもベンチから立ちあがる。

「じゃあ、また来年ね」

「はい、また来年お会いしましょう」

 俺が手を振ると彼女も手を振ってくれる。俺はそれを見てから身を翻して家の方へと歩いていく。俺の背中越しに彼女がまだ手を振ってくれていることを信じながら。そして、また桜の咲く季節に会えることを信じて…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜の咲く季節に ぽいふる @poihuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ