第32話 終焉の呼び声
電撃が空を駆け巡る。それは落雷ではなく、アークトゥルスのリング状兵器が撃ち放ったもの。人間の認知の速度を優に超えたその一撃は、しかしルナを包む無音の膜に触れた途端虚空に溶ける。
雷撃もまた、音速を超えた一撃。
山中にて切る音もないのに木が突然倒れる現象の正体の一つとして、それは無音の雷であるという説がある。雷は無音で落ちるものもある。それに撃たれた木が倒れ、その現象がまた
ゆえに、この
自らへ降り注ぐ雷撃を消しながら、無音の世界でルナは小さく歯ぎしりする。彼が今融合しているのはデルカが使っていた二機目の
視界に収めた数十のリングの内、数個が視認できていないことに気づき、ルナは大きく新月樹を蹴ってその場を離れる。瞬間、彼がいた場所で青い波動が空間に広がった。放たれたのは電磁パルス。ルナにとって致命的なその攻撃は、
有効範囲が十メートル程度なのがせめてもの救いであるが、それでもこの大きさでこれだけの電磁パルスを放てるのは驚異的だ。
だがそれも、彼らが魔道具を使っていると考えれば納得できる。おそらくあのリング状の兵器には電気を大量に蓄積する魔道具が仕込まれている。それによって、雷撃も電磁パルス攻撃も成り立っている。いや、それどころか……、
「くっ!」
流れるような動きで数十ものリングが縦横無尽に跳びまわって、ルナを追い立ててくる。撃ち落とそうと黒い獣や衝撃波を放つが、的の小ささと高い機動性にそう簡単には落とせない。
おそらく、この浮遊機能もまた、あの小さな兵器に異常に貯めこまれた電気によって実現していると考えられる。
ビーフェルト・ブラウン効果。高い電圧によって反重力を発生させるといわれているその効果は、ルナが知る限りはまだ眉唾物の理論であった。だが、魔法という超常の力を利用し、
電撃、浮遊移動、電磁パルス。すでに十分多芸なこの兵器の機能はこれだけに留まらない。アークトゥルスの横で、八つずつリングが円を作るように集結し、次の瞬間音もなく弾丸がルナの体へ降り注ぐ。当然
レールガン。トーラス状に並んだリング内で、磁場によって金属の弾丸を加速させて放ったのだ。火薬を使っていないから当然銃声もない。
詰将棋のように的確に配置されて電磁パルスを放っていくリングから逃げ回っていたルナだが、新たに放たれた弾丸がなぜか消せず、彼の体に数発の銃弾が叩き込まれた。
「ッ……!」
プルートーによって守られているが、多少の衝撃に彼は顔を顰める。弾丸は、ギリギリ音速にならないように加速させた弾丸だったのだろう。ダメージは小さいものの、確実にルナに攻撃を当てる方法は見いだされていく。
「ハハハッビンゴ! やっぱりな! 音速以上のものじゃないと消せねぇんだ! やりー!」
無音の世界でアークトゥルスの快活な声が響く。ルナが選択的に彼の声だけ聞こえるようにしているのだ。その目的は、
「なぜ俺たちを殺そうとする! お前たちの目的はなんだ!」
雷撃を打ち消しながらそう叫ぶルナに、アークトゥルスの攻撃の手は止まらない。
「ハハッ。教えねーよ。敵だろ俺ら?」
ルナが飛ばした黒い獣の弾丸を、レールガンから放たれた弾丸で撃ち落としながら、アークトゥルスは崩れたビルの端に降り立つ。
「でもま、言える範囲で言うなら、『そうしたいから』ってのが、答えかな」
「それが、お前たちの『問い』を埋めるため行為か」
ピタリ、とアークトゥルスの動きが止まり、彼から初めて笑みが消える。
「そうだ。これが俺たちの問いを埋められそうなことだ」
「そんなことで……!」
右腕の獣が唸りを上げて衝撃波を放つが、それを躱しながらアークトゥルスは笑う。
「お前らは違うのかよ? 自分が何者で、なんで存在しているのか! その『問い』を持たねぇのかよ!」
「っ……」
ないと言えばウソになる。まさにそれは記憶のない彼自身に燻っていた問いである。いや、彼だけじゃない。サーニャも、ヘイルも、デルカも、みんなきっとその問いを抱いている。
「だとしても! その答えがどうして皆殺しにすることなんだ!」
電撃がルナを襲い、ルナも魔道具でそれを捌く。
「わかんねぇよ! 答えはまだ見つかってねぇ! でもこの先になにかあるかもしれねぇなら……今できることをやるしかねぇだろ!」
「‼」
その言葉はいつか聞いた言葉と同じだった。目を見開くルナに、雷撃に混ぜられた亜音速の弾丸が叩きつけられ、彼は地を転がった。追撃を新月樹を盾に回避し、死角から忍び寄ってきたリングを衝撃波で破壊しつつ、その場から離れる。
「俺たちはお前らと違って、いない神には祈らねぇ。行動しなきゃ結果は帰ってこねぇんだよ! 成り行きに任せて叶うモンどれだけあるよ!」
「……そうだな」
彼の中で記憶が重なる。その言葉は正しい。心がなくとも見る真実は同じなのだ。
ルナの目に覚悟の火が灯る。
「そうか。お前も同じなんだな……」
そしてそれはルナの道とは交わらない。二人の視線が交錯するが、見ている先は二人とも全く違う。互いが進む道の壁となるなら、もはや壊しあうしか道はない。
「でも、お前の道は叶わない!」
「ハハハッ! そりゃお前のほうだよ!」
ビルの上を駆けまわり、時には壁から壁へと飛び回り、音と光が雨に混ざる。アークトゥルスは浮遊するリングを足場に宙を走りながら、休む間もなくルナを追い立てる。
ビルの上に着地したルナは、悪寒を感じて反射的にビルから体を投げ出す。瞬間、自身のいた屋上の階下から電磁パルスが放たれる。障害物を無視したその電磁波から離れきれず、ルナの全身で回路が焼き切れ、彼の意識も明滅する。
「ぐうぅッ!」
体の自由がきかず、
プルートー越しでも即死級の攻撃だが、ギリギリで背中のリュックから取り出した球状の魔道具を発動させ、彼のダメージの半分は近くの瓦礫へと受け流される。それでもその一回で魔道具は機能を停止し、彼を覆っていたプルートーも失われる。
さらなる追撃に備え構えなおすルナ。しかし、対するアークトゥルスは宙に浮いたリングの上に立ちながら、ルナから視線を外して明後日の方角へ顔を向けていた。
「ハハ……終わったか」
「……?」
ルナが怪訝な顔を浮かべたのは一瞬。彼は気づく。アークトゥルスの見ている方角は、トリニティの施設がある方角であることに。
「まさか……!」
「アハハッ! まあ、来てた増援も頑張ってたほうだと思うぜ?」
その考えがなかったわけではない。だが、アークトゥルスの鮮烈な強さを前に、それを気にする余裕がなかった。そう、
アークトゥルス以外の
「なるほど……! ハハハッ なるほどな! これが、これが魔法か! これが、心か! アハハハハ!」
仲間で共有されているであろう魔法の情報にアークトゥルスが愉快極まりないといった笑い声を響かせ、彼の姿に変化が起きていく。体の表面に細かく電気が走り、それらが一つの魔法陣となって彼の体が輝いてく。
その光は魔法の光。
彼の背機械がバラバラになり、電気で出来た魔法陣がそれを組み替えていく。
「そんな……」
機械が学習する速度。その恐ろしさ。危惧していた絶望が目の前で顕現していく。
どうにかしなければという思いより、目の前の絶望に打ちひしがれた心の硬直が勝ってルナも動くことができないでいた。彼の瞳のどこにも、希望の光が見えていない。
姿を変え終わったアークトゥルスはもう、リングの上に乗っていなかった。黒いボディスーツに紫電の魔法陣を走らせ、その背に対になるように並んだリングは翼のよう。最後の一つのリングがアークトゥルスの頭上に移動し、彼の体から電撃が迸る。翼と頭上の輪を持つ存在は、その顔に笑みを浮かべつつ威圧的にルナを見下ろす。
「さあ、最後の審判だ」
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