第四章 問われ続けるもの
第31話 アークトゥルス
荒れ狂う嵐の中、崩れたビルと新月樹が立ち並ぶ街並みに変化が起きた。雨と雷をばらまく分厚い雲から町中を覆うほどの巨大な範囲で緑の光が浮かび上がる。それは雲の向こうで展開され続けていた
六花天蓋宮。
新月樹と
雲を裂いて空から舞い降りたのは、緑に輝く魔法陣。それはいままで空に揺蕩っていた魔法陣とは大きく姿を変えており、複雑に編み込まれた幾何学模様が流動的に変形し続けている。その魔法陣はそのまま地上に咲いた鋼鉄の花と結びつき、瞬く間に一つ町が空と繋がった壁に覆われた。
閉じた世界の中、雷鳴と緑の壁の輝きが同時に地上を照らし上げた。
豪雨の中その光を受けて、閉じていた瞼を震わせた少女が一人。
サーニャは瓦礫の上に仰向けに倒れて意識を失っていた。その身は泥と雨に汚れており、和服の一部は破れてプロテクターが覗いている。轟いた雷鳴に鼓膜を叩かれ、彼女の目がゆっくりと開かれる。
「いやー、やっと起きた? お昼寝するには寝心地悪すぎるって俺も思ってたんだよなー」
と、まだ状況が理解できないそばから、そんな軽口が聞こえてきて、サーニャが顔を横に向けると、そこには下半身を失ったラピの姿があった。
「ラピッ!」
目を見開いて飛び起きる。人工精霊であるラピは破壊面から出血こそしていないものの、上半身のみの姿となっている様は痛々しい。ラピを腕に抱えながら、同時に自身の身に起きたことを思い出す。
ルナのいた施設を目指していたサーニャ一行は、
「ハハハッ。そのマスコット意外とつえーのな。それがもっとデカけりゃすげぇ兵器になっただろうに、魔法ってのはわかんねぇな」
声とともに、白い髪を雨に濡らした青年、アークトゥルスが髪をかき上げながら近づいてくる。その背には四本の棒が伸びた機械を背負っており、電気を纏ったリング状の機械が周囲に数十個浮遊している。
前回の戦闘をルナたちの視界より見ていた彼女は彼が
自然とサーニャの体が震える。
初めて対面する自らを殺そうとする存在への恐怖だけではない。まるで人間のように言葉を話しながらも、心を持たないその不気味さに、彼女は普通の人以上の恐怖を感じていた。
「じゃ、急ぐんでバイバイ。神に祈りな」
アークトゥルスが指先を向け、サーニャの視界が全て雷光に包まれた。
だが、音がない。
顔の前に手を掲げていたサーニャが恐る恐る目を開けると、そこには、サーニャとアークトゥルスの間に飛び込んできた一人の人物の背があった。
黒いボディスーツに身を包んだ一人の青年。その右腕は獣の咢のような兵器となっており、全身に浮かんだ呪詛のような文様も相まってまるで人には見えない。しかし、彼女は知っている。この少年を知っている。
「ハッハッハ。やっと来たか融合できる少年。遅かったな。道にでも迷ってたか?」
少年は感情の薄い瞳で白髪の青年に目を向ける。
「殺る前に名前聞いてもいい? ハハハ。こういうとき人間は名前を聞くんだろ?」
サーニャは気づく。少年の中に空いていた記憶の穴が埋まっていることに。彼女に背を向けているこの少年はもう、彼女の知る少年とは別の……
「ルナだ」
ハッキリと少年はそう名乗る。
「ルナ。この世界で、人類の世界を取り戻すために戦う。レジスタンスの一員だ」
それが彼の決意。この世界で生きる彼という存在。
「ハハハハッ。いいねルナ! じゃあ遊ぼうぜ! 俺らの狙いはもうわかってるだろ!」
早く動いたのはルナ。彼は右腕から何匹もの黒い獣を射出し、アークトゥルスと周囲のリング状兵器へ撃ち放つ。対するアークトゥルスは大きく後ろへ下がりながらそれらを躱し、反撃に目を光らせるが、間髪入れずに放たれたルナの衝撃波をギリギリで躱してさらにルナから距離を取り、ルナもそれを追ってビルからビルへと飛び移る。
かくして二人は雷光と無音を交わり縫わせ、雷雨の中へその身を投じていった。
残されたサーニャはすでに指先ほどの大きさに見えるほど離れていった二人の姿を目で追いながら、腕を押さえて立ち上がる。
『サーニャ。無事か』
彼女の頭にアトラスの声が響く。
『大丈夫です。でも、他のみんなは……』
『そうか……。お前は今まで意識を失っていたのか?』
『はい。どうして六花天蓋宮が発動されているんですか?』
サーニャは町の端で輝く緑の壁に目を向ける。
『いかなる手段を持っても敵に情報を外へ送らせないためだ。マザーコンピュータへ魔法の情報を送られれば、それが
『それはいったいどういう……』
と、そこまで口にしたところで、彼女は理解する。流れ込んでくる町中の仲間たちの感情や思考を受け、
『動かせるものを送って研究所の防衛に努めさせる。すぐにそこも戦場になる。本部へ帰還しろ』
サーニャはルナとアークトゥルスが消えた空へ目を向ける。
準備もなく発動させた六花天蓋宮が維持できる時間はそう長くない。もし、敵に魔法の情報を手に入れられたら、六花天蓋宮が切れる前にすべての
「ルナ……」
今も必死で戦うルナの心を感じるサーニャの背後で、静かに動く影があった。
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