第27話 残された人間にできること


「落ち着いたか」


 サーニャが部屋から去ってしばらくしてから、アンドウがルナに声をかけ、彼が拘束されている台の足を蹴り、彼を縛っていた木の拘束を解いた。


 ルナは目を擦りながら体を起こし、


「……気ぃ遣って黙っててくれたのなら、もっと早く開放してくれよ」


 と強がる。


「別に気なんか遣っとらんぞ? 実験の準備が整っただけじゃ」


「……」


 そういえばこんな感じの老人だったと、ルナはため息をつく。と、彼は視線の先で台座へと戻っていく自分を拘束していた木が目に付く。


「あんた、魔法使えないんじゃなかったのか?」


「ほ?」


「いや、この台。明らかに魔法で動いてるだろ」


「使えんよ。新月樹は一括制御しとるやつがおるから、ワシみたいに魔力がないモンでも、簡単な操作なら木に向かって命令するだけでそいつ経由で操作してもらえるんじゃ」


「ふーん」


 試しに台に触れて適当に動くように願ってみるが台に変化はない。流石に誰でもなんでも動かしてもらえるわけではないらしい。


「他にも道具の形にしてもらえれば、ボタン押すだけでも使えるもんもある。わしのライターや、コレみたいにの」


 と言いながら彼が作業台から引っ張ってきたのは、彼の身の丈近くはあろう太い刀身の剣であった。剣とはいってもやはりその見た目は機械的で、羽のように片側へ流れる金属の装飾や刃に当たる部分の分厚さも相待って、とても通常通りの剣としての使い方は見込めそうにない。


「なんだこれ」


「魔道具、の半分じゃ」


「半分?」


「さっきワシが壊した」


「えーっ」


「アルデバランを取り込んだ際、アルデバラン自体を完全に飲み込めなくとも取り込んだミサイルやレーザー兵器の分の機能は使えとったじゃろ。あれを見て融合対象の一部としか融合できなかった場合はどうなるのかと思っての」


 疑問は科学者として正しいものなのだろうが、ルナは頭を掻きながら表情に辟易の色を見せる。


「つーか、また実験かよ……」


 さっきまで寝ていたが、体感的には戦闘が終わってからすぐだ。まだ正直心の乱れも収まりきってるとは言い難く、息つく暇もないとはこのことだ。というより、謎の施設で目覚めてから心が休まった時など、サーニャと木のドームで話をしていたひとときだけだ。あれもまた遠い昔にすら感じる。


「キバらんか。サーニャも今頑張っとるぞ」


「う……」


 それを言われると弱い。


 ルナはわざとらしくため息をついてアンドウに向き直った。


「わかったよ。好きにしろ」


 こうしてルナの持つ機能の調査が再開された。実験の途中でルナは思い出したが、そもそも最初の実験も途中でアトラスがアンドウを呼び出したために中断されたのだった。アンドウからすれば、そこでできなかった実験の続きをやりたいという思いもあるのだろう。


 そうして時間も過ぎ、ルナが5度目の融合をしようと試みた時、部屋を照らしていた光る木の実が放つ色が突然真っ赤な色に変わった。


「は……⁉」


 瞬時に赤く染まる部屋。同時にルナの脳内に声と映像が流れ込んできた。


『敵襲! 敵襲! 敵のっ……敵の大部隊が……!』


 誰とも知れないその声は酷く動揺していたが、それは流れ込んできた映像を見たルナとアンドウも同じであった。


 おそらくはリアルタイムの外の映像だろう。雷雨のせいで昼なのに薄暗い廃墟と樹木が折り重なった景色に、高速で進軍する大量の機傀ドールと大型兵器の姿があったのだ。さらには雷鳴轟く空には、泰然と鎮座する空の支配者。


「アルデバラン……」


「んなばかな! いくらなんでも早すぎる! それになんじゃあの大部隊は!」


「これ、大丈夫なのか!? 昨日の今日でみんなまた戦えるのか!?」


「なわけないじゃろ! まだ怪我の治療どころか武器の整備も追いついとらん! こんなすぐにこんな大部隊が……! ありえん! そもそも、見張りは何しとったんじゃ!」


「見張りと連絡がつかなくなって数十分後にはこうなっていた」


 扉を開ける音とともにそう答えたのは厳しい顔を湛えたアトラスだった。


「アトラス! お前さんなんでここに…。部隊の指揮は……」


「すでに全部隊に指示を出してある。まもなく先行部隊が出撃する。私は司令室へ向かうついでにお前に指示を出しに来ただけだ。ところで……」


 アトラスが冷たい視線をルナへ向けながら、コツコツと床を二回蹴る。すると、ルナが座っていた台から何本もの細い木が伸び、ルナを絡めとって台へと叩きつけて拘束した。


「ぐあっ!」


「なぜこの機傀ドールを自由にさせている。十分に警戒の上調査しろと言ったはずだ」


「それは無駄じゃともワシは言ったが?」


「私はそれを聞き入れていない。いいから第三整備室へ行け。衛星機ステラの整備が全く間に合っていない。人手が欲しい。この機傀ドールは私が凍結しておく」


 淡々とそう告げるアトラスの目は、ルナを人として見ていない。機傀ドールと戦い、アルデバランを落とした事実は彼にとって確信の材料にはなっていない。だが、そんなことはルナにとってどうでもよかった。自分が認められていない事実などに揺れる心はなく、彼の心を今占めているものは、


「アトラス」


 静かだが、確かに奥に火を秘めた声が部屋に響く。


「俺も戦う」


「調子に乗るな機傀ドール。昨日戦わせたのは例外だ」


「デルカならまた戦わせてくれる」


「デルカは死んだ」


「そうだ……! 俺のせいで死んだ!」


 拘束している木を軋ませ牙を剝く。


 デルカは死んだ。なのに彼に染みるその実感は薄かった。それはきっと、ボーライドを、デルカの魂が入っていた体が五体満足で動いている姿を見てしまったせい。この時代に、一個人でいるとはどう言うことなのだろう。体が違っても、魂が違っても、記憶がなくとも、誰にも認められなくとも、誰かは確かな一人でいると言えるのだろうか。ルナはその答えをまだ持たない。けれど、


「でもデルカなら俺を戦わせる! その方が仲間が死なずに済むから!」


 確かに失われたものがあるのだ。そしてそれは掬わねば彼方へ過ぎ去っていく命の欠片。仲間の命を思ったものも、そのものが持っていた信念も、何もしなければ過去へ溶ける。失われたものが真の意味で消え去ってしまう。だからルナは、


「俺は俺を機傀ドール扱いするお前たちが大っ嫌いだ! でもデルカはそんなお前たちを守ろうとして俺を助けてくれた! だから頼む! 大っ嫌いなお前らを俺に助けさせてくれ! デルカの思いを継がせてくれ!」


 継ぐ。


 自らの過去も、立場も、無い記憶も、一つの思いに押し退けられる。デルカが命を賭して守りたかった信念を、ただ継ぎたいと。その心は、今まで彼を動かしたどの感情よりも前向きで、彼の背を押すのではなく、沸き立ち彼を突き動かすものであった。


「……」


 アトラスとルナの視線がぶつかる。


「君は思い違いをしている」


 アトラスが腕を振るうと、ルナを拘束している樹木に幾何学模様が浮かび上がり、ルナの体内で大量の針が駆け巡るような激痛が駆け巡る。


「ぐあああぁっ!」


「デルカが死んだのは君の責任ではない。指揮官である私の責任だ」


 ドッ、とルナが床に崩れる。その体にはもう新月樹は巻きついていない。


「そして、最後の同期の意思を継ぐ責任があるのも私なのだ。デルカだけではない。失われた者全ての意思を背負う。それがアトラス《背負うもの》を名乗る私の使命だ」


 アトラスはローブを翻して背を向ける。


「……下手なことをすれば即座に拘束できる魔法を仕込んだ。アンドウの補助を受けて30分以内に支度を終わらせろ」


「は……?」


 バタン。と扉が閉められる。


 残されたルナは、しばらくアトラスの言葉の意味がわからなかった。


「え、つ、つまり?」


「戦えってことじゃろ。よかったな」


 口を開けたままルナは安藤へ顔を向ける。


「まあ、ワシは反対じゃけどな。お前さんがおっちんじまったら、調査もできんくなるし。でもまあ、仕方ないの」


「……」


 アンドウにそう言われてもまだ言葉を失っているルナだったが、何処かから聞こえてきた低い爆発音と振動に、ハッと慌てて立ち上がる。


「じゃ、じゃあいかねぇと! じゅ、準備! 準備ってなんだ⁉︎」


「落ち着かんか。とりあえず……ほれ!」


 アンドウは作業台に乗っていた、両手分ほどの大きさの物体を投げて寄越した。落としそうになりながらもルナが両手で受け取ったそれは、


「な、拳銃じゃねぇか。なんだよこれ」


「お前さん融合が切れるたびに転がっとる兵器と融合するつもりか。都合よく手ごろな兵器があるとも限らんじゃろ。自前で有用な兵器をいくつか持っとけ」


「な、なるほど……」


「とりあえずそいつはシンプルに使える武器として……。あとはなるべく小さくて使える武器の方がいいのう。なるべく数も種類も多く持っとった方が、選択肢も継続戦闘時間も増えるし……」


 ブツブツと自分の世界に入りながら、アンドウは持ってきた道具の中から使えそうなものをあさり始める。


「あとは、服じゃな。変形するから形状適応するものがいいのう。となると、変身魔法を使う魔法使いの服が使えるはずじゃ。……確かワシの部屋に古い余りがあったの……」


 そう言いながら、アンドウは部屋の扉に手をかけ、


「お前さん、ついて来い! 」


 言うだけ言って部屋を出ていく。


 ルナも足を縺れさせながらそれに続こうと扉の前に立ったところで、その足が止まる。


 ほんの少しだけ心臓を掠った風があった。それは、この先に待つ道の世界への不安か、戦いへの恐怖か。しかし、それは一瞬。胸に抱いた思いが、掠めたものを忘れさせた。


 力強く、彼は扉を開け放つ。

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