第三章 雷光と舞う

第24話 失われるもの

「ハッ!」


 目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。


 窓はないが、どこからか雨音がシトシト響いてきており、狭い部屋に世界の息遣いを微かに教えてくれる。壁も床も家具も木造のこの部屋はいやに小ぎれいで、部屋の隅に古傷の入った机と椅子がある程度であった。


 ルナは台のようなものへ寝かされており、しばらくは呆然と天井を眺めていた。


「……ん?」


 とりあえず起き上がろうとするが、体を動かせないことに気づく。自身の体見れば、簡素な白い衣服に包まれた体と手足が硬い樹木に巻き付かれていた。


「またこの扱いかよ……」


 ゴツ、と音を立てて頭を台へ降ろす。


「いやー、充分よくなったじゃろ」


「うわっ!」


 そう言いながら入ってきたのは、ひげを蓄えた小柄な老人、アンドウであった。彼は両手に不思議な機材を溢れんばかりに抱えながら部屋に入ってくると、後ろ脚に扉を閉める。


「勝手に治るから手当はしんかったが、服も着せて牢屋も本部の外から中に変えたんじゃぞ」


「結局牢屋なのかよ……って、それより! 戦いはどうなった⁉」


 アンドウは部屋端の机へ機材を雑に置くと、ルナへ振り返って肩を竦める。


「勝ちじゃよ。お前さんのおかげでな。死人も予想の半分以下で済んだ。今はみんな引っ越しの準備で大忙しじゃよ」


「俺のおかげ……?」


「ん? どこまで覚えとる?」


「アルデバランと融合して、補給施設を……堕として……」


「まあ、そんなところか。そのあといろいろあったが、まあ、今はいいじゃろ。勝ったんじゃ。とりあえず」


「そっ……か……」


 ゴツリ、とルナは首を台へ降ろす。


 少しの時間、カチャカチャとアンドウが作業する音が響く。


「なあ……トリニティってなんだ?」


「ん? 何じゃ? どこでそんな言葉知ったんじゃ?」


「よくみんな言ってる」


「ま、そりゃそうじゃ」


 アンドウは手を休めることなく言葉を続ける。


「不思議に思わんかったか? ここのモンたち、魔法使いとか言いながら随分とハイテクじゃろう?」


「まあ、確かに……」


「もともと魔法使いは、そういった機械、科学とは相いれない、毛嫌いしていた存在じゃったんじゃ」


「ああ、デルカからそんなこと聞いた気がするよ」


「……そうか。じゃあ、そこはいいの。まあそんなわけで昔の魔法使いたちは科学とは交わんかったんじゃが、そうじゃない者たちもいたんじゃ」


「それがトリニティ?」


「そうじゃ、そやつらは科学と魔法を融合させようとしとったらしい。科学が得意なところは科学で、魔法が得意なところは魔法で補い、さらに強力な魔法を作ろうとしたんじゃな。まあ、嫌われるわな。コミュニティと逆行しとるやつは大体そうじゃ」


「……」


「じゃが実際強力な魔法を開発しまくっとったらしい。で、機傀ドールの反乱が起きて、人類のほとんどが滅んで、魔法使いも劣勢になってやっと、魔法使いたちはなりふり構ってられなくてその技術を使おうとしたらしいがの」


「使おうと?」


「使おうとしたときには、もうトリニティは滅んどった。もともと隠れて研究しとった奴らじゃから、技術が残っている場所もわからん。今の魔法使いたちは、何とか見つけ出したトリニティのアジトから、なんとか技術を利用して使っとるというわけじゃ。衛星機ステラや箒もその一つじゃ」


 ルナはため息をついて目を閉じる。


「絶対俺、それ関係じゃん」


「まあの。アトラスもやっとお前さんを敵と見るよりそっちの可能性のほうが高いと思ってくれたようじゃ。お前さんが最初にいた場所へ調査隊を送るそうじゃぞ」


「え? わかるのか?」


「サーニャの魔法でなんとかなるそうじゃ。おまえさんにはいくつか魔法が効かんようじゃが、それでも歩いとった道を追跡する魔法くらいは効いたようじゃの。引っ越しで忙しいが、アトラスもいつまでも不安要素を抱えておきたくないんじゃろうな」


「……」


 調査が進むのは、嬉しいような不安なような複雑な感情だった。こんな尋常ではない体になる経緯など、どう想像しても楽しい話であるはずもない。それに、


「サーニャ……」


 彼女は無事なんだろうか。アトラスの命令に違反し、しかも使い続けると体に悪いはずの魔法もルナのために相当使っていた。


 ルナはもう一度大きなため息をついた。


 と、扉の外が騒がしくなった。


「……! ……!」


 数人の声と足音が近づいてくる。その声の一つにルナは聞き覚えがあった。


 扉から倒れ入るように入ってきたのは、長い黒髪の女性。口元のほくろが目立つその女性は、両手に松葉杖をついてフラフラであるも、ルナを見るなりその目を烈火のごとく激しく燃やした。


「お前……!」


 ぎこちない動きで松葉杖をつきながら、女性はルナへと近づいてくる。その目に宿る炎の激しさと、全く動けない自身の状況もあって、ルナの頬を汗が流れる。ルナは彼女に見覚えはない。しかし、彼女は確かにルナへ殺意を向けて松葉杖を振りかぶっった。


「待って! やめて!」


 扉から飛びこんで黒髪の女性に飛びついたのは、和服に身を包んだ小柄な白髪の少女、サーニャだった。サーニャに飛びつかれてバランスを取れなくなった女性は床に膝をつくが、それでもルナへの殺意を絶やすことなく立ち上がろうとしている。


「サーニャ! 放せ!」


「駄目よユーレカ! 彼は仲間よ!」


「え、え? ユーレカ?」


 ルナは今一度女性の顔を見るが、記憶の中にあるユーレカの姿と全く違う。しかし、すぐに思い出す。人の魂を空の肉体へ入れる魔法があると。知識としては知っていたが、それでも現実にそれを目の当たりにしたことで彼は思わず目を見張った。しかし、それ以上の衝撃が、その直後に彼を襲った。


「それにそんなに動いたら体にも……!」




「知ったことか! こいつのせいで! デルカが……デルカが死んだんだ!」




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