第23話 白い二人組
黒竜の体が淡い光に包まれたあと、その体がバラバラになっていく。ただの金属部品となったものから、重力に引っ張られ落下していき、空から鋼の雨が降る。
バラバラともはや瓦礫と化して落ちていく鉄くずの中に混じって、意識を失ったルナの姿があった。彼もまた重力に従いその体が地と瓦礫に潰される寸前で、
「あっぶね」
デルカが自身のもとへ彼を瞬間移動させた。ようやく腹の穴が塞がりかけている彼は、青ざめた肌に冷や汗を浮かばせながらも、笑みを作って見せた。
「よくやった。マジでよくやったよお前は」
デルカの周囲には、ルナを拘束していた途中から合流した護衛の部下たちが機械製の箒に乗って浮遊しており、事情のよくわからない彼らは、おっかなびっくりルナの様子を見ている。
今回の融合で完全に衣服を失ったルナへデルカは上着をかけつつ、心の声をあげる。
『よし、もう撤退だ。もう限界だし、ここまでやればもう後続部隊で十分だろう。こいつと俺を連れてってくれ』
『『了解』』
部下たちはそれぞれ浮遊魔法をデルカとルナに掛けながら、箒の向きを変える。
「いやー、すんげぇなぁ。魔法って、ンッハッハッハッハ!」
「アッハ! それな! なんで一人で堕とせんのよ!」
見知らぬ笑い声が二つ戦場に響いた。
その場にいた全員が眼を剥いて声のほうへ振り返ると、そこには異様な姿をした若い男女が立っていた。
両者とも似たような恰好をしており、光沢の少ない黒いボディスーツに身を包んでいるが、青年の方はその背に四本の棒が左右に伸びた大きな機械をリュックのように背負っている。どちらも白い髪を雨に濡らしており、女性のほうは地面につきそうなほど長い。謎の二人組は白く長い髪の間から、細めた目をデルカたちへ向けている。
ほんの数秒、この場にいる全員の頭の中が白い疑問符で埋まって真っ白になる。
無理もない。見た目だけを取れば魔法使いも似たようなもので、とりわけ怪しむ要素もなく、そして何より
ならば、彼らは何者か? 敵か? しかし喋ったが?
半ば混乱に近い空白から最初に破ったのは、デルカであった。謎の青年の背から伸びた金属棒をよく見れば、そこには見覚えのあるリング状の機械が数十機近く通されていたのだ。間違いない。あれは、夕刻にデルカの
「敵だ! 気を――」
「神に祈りな」
目を焼かんばかりの雷撃が、箒に乗った仲間の一人を貫いた。
プルートーである程度ダメージは軽減したもののその体は無事ではなく、大破した箒と共にルナを浮上させていた女の魔法使いがコンクリートへ落下する。
「ハハハッ。やりー!」
手を銃のような形にして雷撃の着撃点に指を向けていた白髪の青年が快活な笑い声をあげる。
「くっ!」
目を血走らせたデルカが、
だが、
「瞬間移動とかズリーハッハッハ」
十近い槍の穂先は、白髪の青年の周囲に現れた謎の白い煙に阻まれていた。
「ンフッ。それ、見た目の割に威力ないよねー」
半笑いでそう言う少女の傍らで、青年の背でリング状の機械は通っていた棒から離れ、空中に浮遊すると同時に、青年の指さすほうへ雷撃を放つ。
人間の反応速度を超えた一撃は、しかしその場にいる誰にも着撃せず、不自然に角度を変えて箒に乗っている魔法使い、電膳の稲妻型の
「雷で僕に挑むなど……!」
「アッハッ! じゃあ雷以外で」
少女が脚部に装備していた大型の銃を抜き放つと、電膳の頭が大きく仰け反る。被っていた帽子が弾け飛び、彼もまた箒からその身を落とした。
ガクリとデルカが膝をつく。反撃の意思はあれど体力も魔力も限界の彼は、もう虚ろな目で謎の人物を睨み返すのが精一杯だった。
「なん……だ……お前……は?」
「アハハ。俺アークトゥルス」
「あたしスピカ!」
名乗りはするもそれはなんの説明にもなっていない。背後にリング状の兵器を浮遊させながら、髪をかき上げて痛快そうに笑う青年と少女に誰もが混乱に呑まれ動けない。いや、ただ一人動いた者がいた。
青い輝きがデルカの隣で発され、その場の全員を闇から彫り上げる。
光の発生源はルナ。床に落とされた際に彼は意識を取り戻し、雷に撃墜された魔法使いの箒状機械をその右腕で取り込もうとしていた。
白髪の青年の笑みがさらに強くなる。
「アハハッ。そうそう! 気になってたんだよそれ!」
光が収まると同時に白髪の少年へ飛びかかったのは、全身を黒い鋼で覆い背と脚部にジェット噴出口を持つルナ。しかし、その拳は白髪の青年のもとへは届かず、青年の顔数十センチ前で白い煙に阻まれている。
「アッハ! 肉弾戦かよ!」
拳を阻まれはしたものの、起こった現象をルナの脳内のデータベースが分析し、謎の煙の正体を瞬時に探る。しかし、彼の脳内に響いた分析結果は彼に衝撃を与えるだけだった。
(推測:ダイラタント現象による流体障壁)
「なっ⁉」
ダイラタント現象。特定の物質が、普段は流体として振舞うが、瞬間的な圧力に対しては個体として振舞う現象。ルナの知識の中にも、軍隊が使う防弾チョッキに利用されていたものとしてその存在は知っている。しかし、その現象はあくまで液体と固体の性質を行き来するもの。今、目の前で起きている現象は、明らかに何もないところに固体が出現している。
「ハハッ。神に祈りな。人間らしくな」
いったい何が、と思考する暇もなく、白髪の青年の背後のリングから青い光の爆風が放たれる。それは、以前デルカたちが食らった電磁パルスそのもの。
「ぐああぁッ!」
ルナが体をのけぞらせて夜空へ叫ぶ。
対策を施してきていたデルカたちの
これをもって今度こそ、この場に立つものは白髪の男女のみとなった。
倒れ伏すものはみな満身創痍。相対するものは依然として正体不明。
白い少女は、黒いボディスーツから覗いた首筋を掻きつつ、自分の足元で痙攣しているルナを見下ろす。
「機械と融合してるって感じ? おもしろ! それでアルデバランの武装も奪ったんだ?」
ショートした回路を修復しようとルナの周囲に魔法陣が複数展開される。それを見た白髪の青年は笑みを深め、その場にしゃがみこんでルナの手をつまみ上げて魔法陣を間近で観察しはじめた。
「お前らの言う魔法とやらと、科学の融合ってやつ? なんてね。ハハハッ。そんじゃこいつは貰ってくわ」
「なっ……」
目を見開くデルカの前で、青年はルナを担ごうとその体に手を伸ばしたところで、
「ふざける……な!」
ダイラタント現象による障壁を発生させるなら、素早く近づかなければいい。ゆっくりと伸ばされたルナの腕が青年の腕をつかみ、そのまま手のひらからバーナーを噴出して青年の腕を焼き尽くす。
「うおっと」
青年は腕を焼かれたにも拘わらず小さなリアクションだけして数歩後ずさってルナから離れる。
「アハハ。ダサー」
ほんの数秒だが焼かれた腕は煙を上げて黒く変色しており、周囲にはビニールが焼けたかのような鼻に纏わりつく嫌な匂いが漂う。その匂いは明らかに機械部品を燃やしたというより、何か有機的な物質を燃やしたものであり、青年の焼き傷も妙に生々しい。これはつまり……、
「バイオ……ロイド……」
自らの脳内で出された分析結果をルナが口にする。
バイオロイド。機械的な部品ではなく、生体を模した人工筋肉や神経回路等の有機素材でできた人造人間。金属でできてはいないが、やはり人間ではなく、生物でもない。その体に電子的な部品はごくわずか。だからこそ、彼は作られた存在でありながら自分自身の電磁パルス攻撃の影響を受けないのだ。
「わかっちゃった? ハッハッハッ」
リングから再度放たれた電磁パルスがルナを煽り、体から火花を散らして今度こそルナは意識を失った。
「やりすぎた? ま、回復機能あるみたいだし、大丈夫っしょ」
そうして白髪の青年は、再度ルナへと歩み寄ろうとするが、彼らの周囲に大量の黒いキューブが発生し、それらが互いにつながって光の膜を張ることで、彼らとリング状の兵器もろともその中へ閉じ込める。
「わおっ。ビックリ!」
「うおっ、なんだこれ。ハハハッ」
言葉は軽いが、拘束を破らんと瞬時に青年は光の障壁内で雷撃等のあらゆる攻撃を試みる。
魔法を使ったのはデルカ、立つ力すらない彼は、息も絶え絶えに膝をついて白髪の二人を睨みつけている。バヂバヂィッと轟音を立てる激しい猛攻とデルカの魔力も限界なせいで、黒いキューブにヒビが入り始めている。
デルカはゆっくり目を閉じた。
「電繕……。ルナを連れて逃げろ……!」
頭を撃たれたダメージから回復しつつあった電繕は、ハッと血だらけの顔を上げる。
「了解……!」
彼はボロボロになった帽子を拾い上げて目深に被り直し、箒へ乗り込みながら稲妻型の
「あーっ! 待ってよー!」
白髪の青年の抵抗が激しくなるが、デルカの結界が悲鳴をあげつつもそれを押しとどめる。
電繕は最速の動きで箒の火を噴かすと、歯を食いしばってルナたちとともにその場から離脱した。
電繕たちの姿はみるみる小さくなり、それを見送る白髪の二人も、彼らの姿がビルの陰に隠れたころに抵抗をやめて肩の力を抜いた。
二人を囲っていた黒い立方体が崩れ去って地に落ちる。中から出てきた二人は、自らの雷撃でその身をひどく損傷しているが、それを全く気にしていない。
「ハハハ。逃がしちまった」
彼はそのまま目の間で膝をついたままのデルカに歩み寄る。デルカは動かない。その瞳には何も映ってはいなかったが、その顔には確かな笑みを浮かべていた。
「ハッなんだよ。つまんねぇの」
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