第21話 貫け!

 空の戦いでの恐怖は地上で感じるものとは段違いだ。遮蔽物もない、上下左右全てから攻撃を受けるような空間に身を晒しているのだから当然だ。


 最前線の空。雨と銃弾、爆撃と電撃が飛び交う場所で、ボタンのいくつもついた帽子を被った青年、電繕は必死に意志の力で自分の体を震わせまいとしていた。


 彼がいるのは、最前線の中でも後方。さきほどの命令で新しくこの配置となった。役割は味方へ電撃兵器に対する防御魔法を展開すること。今まさに彼は、稲妻型の衛星機ステラを5つフル稼働させ、5部隊分、総勢108人の仲間へ電撃に対する防御魔法を展開していた。


 雷鳴さながらの閃光と爆音が轟かせて雷撃が仲間を襲うが、雷撃用に強化されたプルートーと電繕の防御魔法で、雷撃が直撃した仲間はなんとか撃墜されずに済む。しかし、それでも無傷とはいかず、顔をしかめている。


 雷速を避けることができない以上、受けることしかできないが、それも十分にできていない。このままではジリ貧。電繕の頬を冷や汗が伝う。


 稲妻型の衛星機ステラは、バチバチと周囲に電気を溢れさせている。彼の使う魔法は、見ての通り雷であり、そんな雷を扱う彼だからこそ、敵制空要塞が放つ電撃兵器の脅威が十分に理解できた。落雷に匹敵する天災レベルの雷撃など、電繕でも相当の準備と好条件を揃えなければできない。それをあの頻度で放つとなると、もう電繕にはできない。彼の師や先の時代を生きた魔法使い達なら可能だったのだろうが、彼らはみなその魔術を継承する前に命を落とした。


 失われ続ける命と技術。それが失われ切る前に終わらせなければいけない。この戦いも、機傀ドールとの戦争も。


 憂いを雨粒とともに払い、電繕は敵制空要塞、アルデバランへ目を向ける。


 ヒレを下に伸ばした亀のような姿で浮かぶ巨大な兵器。その巨大さで浮かぶさまはあまりに異様で、体から無尽蔵にミサイルや戦闘機を吐き出す様も相まって、別次元の生物と対峙しているような錯覚を覚える。


 下手な接近や遠距離魔法は、電磁シールドやレーザーで撃ち落とされ、今もまさにそれらの兵器が、雷撃兵器と合わさって魔法使い達へ猛攻を仕掛けている。


 電繕も、防御魔法を介して電撃兵器より集めた電力を攻撃へ転用しようとしたところで……異変を感じ取った。


「……?」


 投げた視線の先は、敵制空要塞の下。新月樹に侵食され、荒廃したビル群よりさらに下の道路。潰れた車や転がる瓦礫が散乱するアスファルトが盛り上がっており、ひび割れがどんどん広がっている。それどころか、マンホールを吹き飛ばして水が噴出し、割れたアスファルトの隙間からも、勢いよく水が噴出しはじめた。


 いったい何が、と電繕が身構えたそのとき、盛り上がったアスファルトが一気に爆散した。


「なっ……!」


 アスファルトをめくりあげ、瓦礫と廃車を巻き上げながら飛び出してきたのは巨大な水柱。目を見張る電繕であるが、5メートルほども吹き上がったそれらの中に、箒にまたがる魔法使いの姿を見たとき、彼はさらに目を丸くした。




 ――数分前




 デルカとルナは、真っ暗な水中にいた。


 そこはさきほどルナが落下した長い大穴の中。あのときルナは冷静でいられる状況ではなかったが、後になって考えてみて、そして今こうして魔法のおかげで暗視ができるようになった状態で見てみれば、ここがどこかなど考えるまでもない。


『これは……魔法陣か?』


 水中の壁面に描かれたものを見ながらそう言ったデルカの言葉に、ルナは一抹の寂しさのような感情を覚えた。


(あぁ……そうか。機傀ドールとの戦いが始まって50年……。もうデルカが生まれたときには、これはもう使われる世界じゃなかったんだ……。)


 そして、これが何か伝える人間もまた死に絶えていたのだろう。


「違う。これは……路線図だ」


 地下鉄の路線図。ルナの知識の中にある世界では、あまりにもありふれたもの。


 そう。ここは地下鉄の構内。正確に言うなら地下鉄道から続く地下街の一部だ。地下鉄は常時排水機能によって、水没しないような仕組みとなっている。逆に言えば排水機能が動かなくなれば、ものの数年で水没してしまうのだ。この場所も例外ではない。


 タイル張りの道が長く続く左右で、かつては飲食店やアパレルショップがあった跡だけが残っている。比較的この場所が戦場になることは少なかったのか、壁に刻まれた銃痕や崩れた箇所は少なく、店跡の中に金属製の椅子や道具がまだ残っている様子が伺える。


『急ごう。融合が溶けるまであと5分しかない』


『オーケー。場所はわかるのか? ずいぶん複雑そうな空間だが……』


『今路線図で確認した』


 ルナが提案した作戦は、現在融合している晴れない墓地アイレインとデルカの機動力を用いた地下道からの潜行奇襲作戦。うまくいけば、一気にアルデバランへ攻撃をしかけられるうえ、仮に敵に対策等を打たれていてもすぐに撤退すればいい。


 いずれにしても勝負になるのは時間だ。


 センサー等で察知されたら、そのぶん敵の対応は早くなり、引き際を見誤っても死は必須。なにより、ルナの融合時間はあと五分しかない。水を扱える魔法が使える今しかこの作戦はできないのだ。


『行くぞ!』


 掛け声とともに、デルカが箒からジェットを噴出する。ルナが魔法で水中での活動を可能としているので、その機能に不安はない。


 水没した暗い地下道を、二つの影が駆け抜けていく。


『そこを右だ。そのまま線路……レールが続いている道を道なりにずっと進んでくれ』


『了解!』


 場所は地上からの目測だが、相手は全長1000メートルの巨大兵器。地下道のどこから出るかは、大体の位置さえ分かっていれば十分だ。


(それに、大体の場所はあいつらが教えてくれる)


 進行方向上に、棘の少ないウニのような人間大の機会を視認する。その機械は、接近を探知して爆発する兵器、機雷だ。即座にルナが魔法を発動し、機雷を一瞬で水に溶かす。


『これで敵も気づいただろうな』


『ああ! 飛ばしてくぜ!』


 視界上に映る残り融合時間はあと4分。7分で決着をつけると啖呵を切ってからもう3分も立ってしまった。だが、今の機雷で機傀ドール達が水中からの攻撃をほとんど想定していないことをルナは確信する。本気で水中からの侵攻を警戒しているなら、この場所をあらかじめ破壊しておくか、もっと強力な兵器を配置しておくだろう。この警戒の薄さは、機傀ドール達は「魔法使いは地下道の知識をほとんど失っている」という事実を正確に把握していることに他ならない。その分析の正確さには背筋を寒くさせるものがあるが、しかしそれゆえにこの奇襲は有効になる。


(早く……早く……!)


 とはいえ、機雷という最低限の警戒を敷いているうえ、機雷に反応があれば即座に対応できるようにはしてあるだろう。おそらく今地上では機雷の消滅した路線と消滅間隔から、ルナ達の移動速度や移動ルートを把握し終え、機傀ドールや他の兵器が迎撃配置につこうとしているだろう。それが整ってしまっては、奇襲は失敗となる。融合時間も相まって、今は時間すら二人に牙を剥いて急き立てる。


『ここだ!』


 数十個ほどの機雷を処理し終えた頃、ルナは魔法を発動させながらデルカを止める。細い右手足を赤く輝かせながら、周囲に水流を激しく渦巻かせ、一気にその流れを天井に集中させる。


 起こす魔術は『千年水禍』。物質を溶かす時間の刃。水の奔流は一切の容赦なく張っていた配線ごと天井を弾き飛ばし、破片を跡形もなく溶かしつくすだけに収まるどころか、その先の岩盤まで削り飛ばして溶かしていく。


 上へ上へと穿っていく激流に続くルナとデルカ。時間を無駄にしまいと、穴が通れるだけの幅になったそばからデルカはどんどん上昇していき、追従するルナの肩に岩肌がこすれる。そして数十秒の時を経てついに、二人は爆発のごとき勢いで地上に飛び出した。


 夜ではあるが地下よりずっと明るくて、地上の空気が解放感を纏って二人に押し寄せる。しかし、そんな感覚に二人はほんの一瞬すら浸ることなくさらに上へと飛んでいく。


 上空に蓋をするように広がる黒い機体が、空を見る二人の視界いっぱいに映っていた。


 出た場所は、アルデバランのほぼ真下。やや後方側だが、位置は十分。


 駆け付けてきていた機傀ドールや大型兵器が一斉に銃撃を集中させるが、地下より巻き上げた水の塊がそれを阻む。飛沫を上げて立ち上ったその水の量はおよそ13t。晴れない墓地アイレインで制御できる水量の最大だ。巨大なその水塊を自身の周囲へ何重にも流し巡らせ、それらをすべての攻撃を防ぐ盾として二人は空へと駆け上る。


(残り時間一分)


 ビル群よりも高度を超えたあたりで、ルナの脳内に声が響く。上空に鎮座する兵器まで、まだ1500メートル近くある。果たしてこのままの速度で間に合うか。気は急くものの、しかしこれ以上の速度は出せない。デルカの箒だけなら今の倍近くの速度は出せるが、それでは水の盾を振り切ってしまう。今もまさにルナが全身全霊を注いで13tもの水塊を移動させているのだ。


 全神経を魔法に注いで、水の右手を握りしめて少しでも速く水塊を空へと持ち上げていく。彼らを攻撃する兵器はドローンやミサイルへと変わっており、縦横無尽に空を駆け巡るそれらは、蜂のように凄まじい数で二人へ攻撃を浴びせかけている。


(あと少し!)


 しかし、残り300メートルといところで閃光が瞬き、雷撃が二人へ襲い掛かった。


 認識するころには攻撃を受けている災害級のその一撃は、しかしルナの水塊によって防ぎきられ、二人には一切届いていない。


 その結果に思わずルナは強気の笑みを浮かべる。


 純水は電気を通さない。


 すべてを溶け朽ちさせる性質を持つ千年水禍の魔法制御下にある水は、もともと水に溶解していた物質まで消滅させるので、事実上純水とほぼ同じ性質を示す。電気エネルギーを受けた部分は瞬時に蒸発して爆発四散するものの、他の箇所まで電撃を伝導させはしない。


『射程内だ!』


 数多の攻撃を防ぎきり、ついにデルカの攻撃が届く距離に、アルデバランの底部、亀のヒレのように下側へ伸びた青紫色に光る電磁浮上装置を収めた。


 ルナの頭に痛みが走り、まるで強烈な病気に見舞われたかのように、全身が震え、思考が乱れる。電磁浮上装置が作り出す強烈な磁場が、ルナの体を構成する機械部に影響を及ぼしているのだ。生半可な兵器ではこの制空要塞に近づけない理由の一つだ。


『デルカ!』


『わーってるよ!』


 デルカが大きな帽子をズリ落としそうになりながら手を大きく振るうと、長く伸びた浮遊装置の周囲に黒いキューブが瞬時に現れ、次の瞬間、それらは全て黒い槍となって浮上装置を刺し貫いた。


 バヂバヂッと耳障りな音と紫電が走り、浮上装置の各所から、青紫色の光が失われる。同時にルナを襲っていた動作不調は消え、アルデバランがその巨体をゆっくりと傾かせる。


 一気に近づく両者の距離。


 目の前にまで迫った浮上装置を躱しながら、すれ違いざまにここまで持ち上げてきた水塊を蛇のように巻き付かせて破壊していく。激流に呑まれた亀の足は無残に金属の破片となって脆く崩れ落ちていく。


(残り15秒)


 激流を前方に集め、二人の周囲に纏う水塊が一本の槍となる。デルカは速度を落とさず、出せる限界の速度のままに二人は鋼の亀の腹へと突き入った。


「「おおおぉッ!」」


 飛沫と鉄屑を散らしながら、二人は手当たり次第に魔法を放ち、アルデバランの腹を食い破りながら進んでいく。激流が朽ち溶かし、黒い槍が貫き、突き進んだ先で目に付くものを次々に破壊していってはその結果を確認する前に次の攻撃を撃ち放つ。


(4……3……2……)


 淡々と進むカウントダウン。無情に進む時間の中で、少しでも多く攻撃し、少しでも速く前に進み、アルデバランを貫いていく。そして……


(融合終了)


 無機質な機械音声が響くと同時に、二人はアルデバランの上部から飛び出した。


 融合が終わり、制御を失った水は、飛び出た勢いのまま周囲へ飛び散り、ルナの体も肉を取り戻して五体満足な姿に戻る。


 振り返れば地上まで通して見える破壊の穴。放たれた一本の槍は確かにアルデバランを刺し貫いたのだ。


 だが……、


「嘘だろ……」


 アルデバランが堕ちない。


 大きく傾き、穿たれた大穴から紫電を迸らせてはいるものの、それでもその巨体はそれ以上高度を下げず、手負いのままに上空に鎮座したままでいる。


 虚ろな目でいるデルカの心に闇が差す。この一撃のためにほとんどの魔力を費やした。これだけやってもこの要塞は落ちないという事実を絶望と言わずなんと言おうか。生まれた心の空白を破ったのは、少年の叫び声であった。


「まだだぁッ!」


 見れば、融合を終えて追従能力を失った少年が、重力にひかれるままに落下していた。慌てて浮遊魔法をかけようとするデルカであったが、先ほどの少年の言葉と、アルデバランへ向けた鋭い眼光を受け、ルナのやらんとすることを彼女は悟った。


 落下の勢いのままにアルデバランの上板部に激突する直前。ルナはその右手を硬い装甲板へと叩きつけた。瞬間、ブワッと巨大な魔法陣が展開される。彼の右腕を分解されて広がったその魔法陣は、機械と融合する彼だけの魔法。


 流石に全長1000メートルの兵器を飲み込むことは出来ないらしく、巨大といえどその魔法陣はアルデバランの上方の10分の1を覆った程度だが、一際強く魔法陣が輝くと、魔法陣に覆われた部分がバラバラに分解されて取り込まれていく。


「ぐっおおおおおぉ!」


 ルナにも負担が大きいのだろう。竜巻のごとき勢いで分解された金属部品を腕から取り込む彼のその顔は大きく歪んでいる。


 そんなルナへ容赦なく打ち込まれるミサイルや銃撃をデルカが片っ端から撃ち落とす。


 表面装甲に始まり、対空レーザー、内蔵されていたミサイル、戦闘機、アルデバランの内部にあったものが、次々に分解されて取り込まれていく。巨大な亀を甲羅ごと捕食するかのようにアルデバランの後部はどんどんえぐり取られていく。


 そうして2分近く経過し、ルナの魔法陣が閉じた時、アルデバランはその機体の4分の1を失っていた。


 光に包まれルナが融合からの変形を始める横で、今度こそ浮上機能を保てなくなったアルデバランは、損壊したあちこちの部位から小爆発と煙を吹き上げその機体を大きく傾けた。


「やった! やったぞ!」


 デルカが小さな拳を上げたところに、アトラスの声が頭に響く。


『全部隊突撃! アルデバランが墜ちた! 一気に制圧しろ!』


『『了解!』』


 墜落したアルデバランが、地上のビルと激突し、炎上しながらビルと共に折れ曲がってさらに下へと落ちていく。


 これで魔法使いの勝ちは決まり。


 しかし、喜んでいる余裕はデルカにはなかった。依然、デルカのいる場所は敵地のど真ん中。アルデバランが落ちても、最前線より更に前で集中砲火から身を守らなければいけないことには変わりはない。既に相当数の被弾を許し額からは血が流れており、今もなお被弾しまいと必死に謎だけでできた恒星モノリスターを操っている。


 彼が撤退しない理由はただ一つ。


『あいつ大丈夫なのか……?』


 デルカの意識は、未だに巨大な光に包まれたままのルナへ向けられている。彼を包んでいる光は10メートル近くもの大きさで、小さな太陽のように夜空に輝き続けている。あの光の中で融合と形態変化が行われているのだろう。今も光の中でいくつもの魔法陣と駆動音がせわしなく折り重なっている。あの光の大きさといい、融合規模といい、彼の負担が大きいのは明らかだ。


 何にしても、彼を置いては逃げられない。誰が何と言っても彼はこの戦いの最大功労者。きっとアトラスも彼を認めるはずだ。


 雨水を散らしながら素早く右手を振るい、少年を標的としたドローンやミサイルの前に謎だらけの恒星モノリスターを出現させ、それに激突させることで敵兵器を破壊していく。


 その動きに意識を取られた隙をついて、死角から飛来したミサイルが直撃し、プルートー越しに防ぎきれなかった衝撃に内臓がひどく揺さぶられる。


『ぐうぅっ……!』


 自分だけではなく、ルナも守らなければならない劣勢。


(でも、一部とはいえあのアルデバランと融合したんだ。融合が終われば一気に逆転――)


 と、彼はその思考を最後まで続けることはできなかった。それは、敵からの攻撃を許したわけでも、防御に気を取られたわけでもない。


 ただ意識の外から。守る対象と見ていたルナから、そのレーザーは放たれ、乗っていた箒ごとデルカの小さな矮躯を貫いたのだ。


「がっ……」


 130cmにも満たないデルカの小さな体に大人の拳ほどの穴が焼き開けられ、焼き切られた箒の残骸ごとデルカは夜の空から落ちていった。


 夜空に現れていた光が収まり、その中から現れたのは黒い鋼の翼。その異形はもはや人の形を成しておらず、長い首や尻尾のようにも見える器官も相まってまるで巨大な竜のよう。


「ヴォオオオオォッ!」


 雷よりも巨大な黒竜の咆哮が空に轟き、前線へ向かう飛空部隊を怯ませる。


 夜はまだ終わらない。

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