第20話 希望の雷光

 雷光が轟いた。


 一瞬にして視界を焼いた光に手を翳すとほとんど同時に、空気を割り裂いた雷鳴の音圧が二人の体に叩きつけられる。


「なっ、雷⁉ こんな、小雨だぞ!」


 思わず声に出してそう言ったデルカは、雷光が走った場所へ目を向けて絶句する。


「そんな……!」


 見れば、彼の視線の先で落下していく箒と人影が二つあった。どちらも激しく煙を上げており、人間と思しき影は、丸焦げとなっている。


 落雷。電圧にして1000万ボルト。電流は最低でも1000アンペアとなる放電現象。光の速さで瞬間的に人体を貫くその一撃は、単位時間当たりのダメージを肩代わりするプルートーでは防ぎきれない光速の槍。


 偶然なのか? だが、デルカの言う通り、そんな威力の雷が、こんな小雨の中発生するわけがない。さっきまで雷鳴すらどこにも聞こえていなかった。


 目の当たりにした現実に呆然としている矢先、再度雷光が轟き、残光を目に刻む眩い一閃は、またも前線の魔法使いを貫いた。


 二人はその雷光が空からではなく、敵の制空要塞アルデバランから射出されてたのを確かに見た。


『電撃兵器⁉ でもあんな規模のなんて……』


 知らない、とデルカだけでなく、彼よりもより詳しい兵器のデータベースを頭の記憶領域に持つルナさえもその仕組みの検討すらつけられなかった。


 彼の視界に重なって表示される分析結果は、その射程と人間を黒焦げにした事実から、相当の威力の電撃が射出されていることを算出しており、その数値は落雷に等しい。


 そんな凄まじい威力の電撃を指向性を持たせたうえで放つ原理がわからない。


『これじゃあ、まるで……』


 魔法だ、とデルカはそこまでは言わなかった。それを言ってしまっては、彼らの何かが壊れるから。


 十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。クラークの三法則の一つであるその言葉が、ルナの遠い記憶から浮かび上がっていた。


(待て……雷を撃つ兵器ってことは……)


『気をつけろ。おそらくEMP兵器と同系統の技術を用いた兵器だ』


 ルナと同じ結論にたどり着いていたアトラスが、空にいる部隊へ支持を飛ばす。


『プルートーの防御帯域をを電撃まで網羅させるが、おそらくそれでも防ぎきれない。アブラー、シトリン、ダイガルタ、電繕。前衛支援へ移行し、空掃部隊に電撃に対する防御策を――』


 再度雷撃が空を切り裂く。


『シトリン……撃墜されました』


『くっ……。シトリンの代理にエウロパを立てる! 急げ!』


『『了解!』』


 前線の魔法使いたちが散開し、空中にていくつもの魔法陣が展開される。


 デルカはその様子を後目に、歯を食いしばりながら群がってきたドローン達を薙ぎ払っていた。今だけで四人の仲間の命が散った。1人で何万もの機傀ドールや兵器を屠る魔法使いの死が、戦力や戦術に与える影響は大きい。だが、きっとデルカが思っていることはそんなことではなく……。


『おい! 俺達も出るぞ!』


 振り向いてそう言った彼から散ったのは果たして雨粒だけだったのか。濡れていないのはその目の奥で燃える闘志だけ。


『だめだ。その機傀ドールを連れていることを忘れたか。これ以上前線に不確定要素を入れるわけにはいかない。それにいまのお前は前線で戦える状態じゃない』


 割り込んできたアトラスの言葉の後半は、ルナの心に鋭く刺さる。デルカが重傷を負ったのは、ルナを助けたせい。服の隙間から覗く血のにじんだ包帯が、彼の状態をよく表している。


『言ってる場合か! もう四人も仲間が死んでる! 賭けに出なきゃもっと仲間が死ぬんだぞ!』


『その賭けに負ければさらに死者は増えるんだ』


『あのなぁ……!』


『アトラス。提案がある』


 ルナの静かな声が二人の会話を止めた。


『君からの提案を私が受け入れるとでも思うのか?』


『7分、前線に出るだけだ。それならデルカも負担も軽くて俺が前線に出るリスクも少ないだろう?』


『7分で何ができる』


『アルデバランを墜とせる』


『……。……話してみろ』


 雨脚がほんの少しだけ弱まってきていた。

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