第17話 戦場に上る月

 爆風に煽られて閉じた目をヘイルはゆっくりと開ける。その目に映ったのは、晴れた視界と、笑い声の絶えた焼け野原と、機傀ドールの残骸と、そして……一人の少年の姿。


「お、お前は……!」


 姿は先刻見た時と全く変わっていた。


 角を思わせる鋭い鋼の翼は肩から伸びており、関節部には陽炎を生み出している噴流機、右腕を中心に周回する魔法陣を纏った小型ミサイルが四つ。


 完全に人間の枠から外れた存在。だが彼女は覚えている。その存在そのものが衝撃的であったがゆえに、今も唯一変わっていないその顔を覚えていた。


 爆炎燻る瓦礫の上で、その存在は表情一つ変えずにヘイルたちへ一瞥をくれた。


『こいつ! 新手の機傀ドールか……!』


『いや、違う』


 最速の動きで、先ほどまで遠距離攻撃を引き受けていた衛星機ステラを剣状へ変形させ、攻撃準備を完成させるカインの言葉を否定しつつも、彼女も雪の結晶型の衛星機ステラへ魔力を込め、氷の槍を衛星機ステラ周辺に生成する。


「お前! その武装であそこから出たのか! まさかサーニャも殺したのか!」


 少年は、自身へ向けられた氷の槍にも殺意にも全く動じない。


「好きに思えばいい」


「何っ⁉」


「違う、と言ったとしてお前はそれを信じるのか?」


「なんだとこのっ……!」


 氷の槍を躊躇いなく打ち出すヘイルであったが、少年はジェット噴出で身を翻し、近くの電柱の上に降り立つと、右腕を四銃身のバルカン砲へと変形させ、表情を変えずにそれを放つ。


 身構えるヘイルであるが、彼が25ミリの銃弾をばらまいたのは、近くのビルへ潜む機傀ドールへ向けてだった。


 コンクリートの壁ごと抉りぬいて機傀ドールを鉄くずへと変える銃弾の嵐は、数秒の掃射でビルの一角から壁を消し飛ばす。


 少年は、赤熱した銃身に目もくれず別のビルを睨んで声をあげた。


「正面のビル方向に機傀ドール十二体。一本東側の通りに大型二足歩行の機械が3台こっちに向かってきている。機傀ドールたちとは十秒後に会敵。大型機はこのまま進むのなら20秒後に来る」


「はぁ?」


 その情報はリアルタイムで味方から送られてきている探知情報と一致する。


 しかし、


「なんのつもり? まさかそんなんで私たちを騙せるとでも――」


「喋ってる暇があるのか?」


 少年が右腕の周囲に浮遊させていたミサイルをすべてビルへと放つ。白煙の尾を生む兵器たちは綺麗に正面にあった鉄筋コンクリートビルの根元に直撃し、ビルに大穴を開けて傾かせる。


 少年が空中へ飛び上がるのと、爆煙の向こうからオレンジの発砲光と銃声は同時。少年は再度右腕の銃を放ち、煙の向こうの襲撃者を蹂躙していく。


 ヘイルの第六感が何かを察知し、彼女は自身とカインの前に高い氷壁を生成した。青く透けた氷の結晶が屹立し終えたその瞬間に、氷壁に銃弾が炸裂する。


『カイン! 大丈夫か。一旦守りに入って体制を立て直そう』


『あ、ああ。でもあいつは……』


 カインの視線は、機械と融合した姿で雨粒を散らしながら重火器を振るう少年へと向いたままだ。氷越しに見える彼の挙動はおよそ人間的ではなく、各関節部から噴出させたジェットで跳びまわりながら、ビルや瓦礫の影をうまく盾にしつつ戦闘を継続している。


 彼の存在を知らないヘイルには彼がなんなのか全くわからないだろう。


(いや、知らないのは私も同じか)


 全く持って信用もなければ理解する気も彼女にはないが、その行動だけを見るのなら、味方であるかのようなことをしている。仲間の支援もなく、その身一つで。


 ヘイルたちへ銃撃してきていた機傀ドールたちをミサイルで打ち払う少年の姿を視界に捉えつつ、彼女は意識を別のところへ向けた。


『突起報告。団長、よろしいでしょうか?』


『続けろ』


 本部にて総指揮を執るアトラスの声が彼女の頭の中に響く。


『デルカが捕縛したあの機傀ドールが、戦場に来ています』


『……それは確かか?』


 彼女の言葉が意味することは、きっとアトラスは彼女以上に思い至っているはずだ。しかし、ほんの一瞬言葉に詰まった以外は、その声色には全く動揺が現れていない。


『この目で見て、会話もしました。同一個体です。例の機械と融合する能力で、おそらくは戦闘機と融合して来たようです。カリストのものと思われる25ミリ機関銃を確認しました』


『それで、やつは何をしている』


機傀ドールと戦っています』


機傀ドールと? こちらへの攻撃行動は?』


『いいえ。今のところは機傀ドールのみを攻撃をしています。こちらの油断を誘うつもりで――』


『違います!』


 突然別の声が頭に割り込んできた。その高くよく通る声は、


『サーニャ。生きていたのか』


 アトラスの声に若干怯んだような気配をサーニャは匂わせたが、しかし彼女は声色を変えずに続けた。


『はい。無事です。そもそも、彼は無理やりあの場所から出ていったわけではありません』


『どういうことだ?』


『彼は……わ、私が逃がしました』


「はぁ⁉」


 思わずヘイルは声を上げる。


『理由を話せ』


『か、彼が味方かどうか判断するには、これが最も確実な方法だと判断したからです』


『誰がお前に判断を命じた? 命令は奴の監視だったはずだ』


『そ、それは……』


『反逆にも値する仲間を危険にさらす行為だ。お前は厳罰に処す』


『……はい。……ですが、彼は――』


『破壊しましょう』


 これ以上は耳障りだとばかりにヘイルが言葉を挟む。


『ダメだ。捕縛しろ。調べなければならないことが山のようにある』


『了解』


『急げ。仮に本当に機傀ドールと戦闘と行っているのなら……』


『はい。きっと、数十分も持たないでしょう』


 魔法陣が照らす町はまだ薄暗く、朝はまだ遠く、暗い戦場に降りる雨脚が少し強くなった。

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