第14話 束の間の休息

「えぇ⁉ デルカって四一歳なの⁉」


「ええ。そうなの。お父さんと同い年なのよ」


「すげぇな。魔法って。どおりで子供っぽくないって思ったわけだ」


「簡単にできるわけじゃないけどね。魂と肉体の適正とかもあるし」


 四方を新月樹に囲まれた場所で白い髪の少女サーニャと彼女に名をもらった目付きの悪い少年、ルナは空を見上げながら話し込んでいた。


 数十分前から断続的に銃声や爆発音が届いて来ており、それが戦闘のものであることはサーニャから説明を受けていた。アンドウが行ってしまってからもう一時間以上経つ。その間、ルナはサーニャからこの世界のことを聞き続けていた。今の世界のことが知りたいという心ももちろんあったが、純粋に彼は魔法という未知の技術がどのようなものかが知りたかった。


 一際大きな爆発音が響き、地面も少しだけ振動した。近くのガラクタ山が少しだけ崩れる。


「いつもこんな感じに戦ってるのか?」


「そうね……。でも、こんな風に攻め込まれるのは久しぶりよ」


「え、そうなのか」


「ったりめぇだろ。毎日こんな風に戦ってたら一月も持たねぇよ」


 ルナの頭の上に寝そべるラピが丸い耳をピコピコ動かしながらそう答えた。


「この拠点はそもそもあいつらに見つからないように何重にも魔法がかけられてる。でも、何日か前にここに偵察隊が来やがって、それからよ」


「……もしかして、俺ってそれに関わってるって思われてる?」


「ご名答っ。なぜかこの拠点が敵にばれた数日後に人間とも機傀ドールとも言えねぇやつが来たんだから、関係ねぇって思うほうがおかしいだろ?」


「まあ、そりゃあな……」


 迷惑千万だと言いたいところだが、記憶のないルナに返せる言葉はない。またも「自分が敵かもしれない」という思考が足元を這い上がってきそうになったので、大きく頭を振った。


「そういうわけだから、あなたのことをちゃんと調べるのはずっとあとになりそう」


 サーニャが眉を下げて申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「ずっとって、そんなにこの戦いは長引きそうなのか?」


「ううん。戦いはそんなに長くはならないとは思うけれど、そのあとのことにみんな忙しくなるの」


「そのあと?」


「引っ越しだよ! 引っ越し! 拠点がバレちまった以上ずっとここにいるわけにもいかねぇだろうが? この町で根っこがあんのは生えてる樹だけで、人間はみんな根無し草よ」


 ラピが二人の視線の間を飛び回りながらそう声をあげた。


「新しい拠点を探したり、いろいろな道具を移動できるようにしたり、準備しなきゃいけないことがたくさんあるの。その間はどうしても守りが薄くなるけど、機傀ドールたちはどんどん攻めてくるからその迎撃もしなきゃいけないし、とても他のことに時間を裂いてる余裕がないの」


「それってどれくらいかかるんだ?」


 眼前をうろつくラピを手で払いながら、ルナはサーニャへ言葉を返す。


「そうね。私はに三回経験したくらいだけれど……早い時でも二週間近くかかったわ」


「二週間って……」


 一日もはやく自分の正体を知りたいルナにとっては、途方もなく先の話に聞こえた。


 二週間で引っ越しを終えたとして、新拠点に移動したあとも生活が安定するまでやることがあるだろうし、そう考えるとあの元いた場所へ行くのは、一月後とかでもありえるのだ。


(いや、ていうかそもそも俺が知ることができるのか?)


 アンドウは例外としてサーニャ以外の人間は、ルナへの信頼など存在しないどころかマイナスだろう。そんなルナへ知り得た情報を教える義務も彼らにはないし、教えたくもないはずだ。魔法を使えばルナが元いた場所など簡単にわかるだろうし、そうなれば案内人として現地にいくことすら叶わない可能性が高い。可能性の話をするなら、一ヶ月、いやこの先ずっと自分のことを知れない可能性も……。


「だ、大丈夫よ。そんな、ずっと教えてもらえないなんて――」


「ないって言えるのか?」


「それは、その」


 目を左右に走らせながら言い淀んだあと、彼女はハッと顔をあげた。彼女に悪気はないだろうが、生まれもった正直さは、今はルナを刺すトゲとなった。


「……あるんだな」


「ち、違うの。その、みんなは教えないかもしれないけど、私やアンドウさんは教えるわ! それに、その間に記憶を取り戻すかもしれないじゃない!」


「それは、そうかもしれないけど……」


 サーニャはルナの手をとった。


「約束する。絶対私はあなたにわかったことを教えるから。ね。だから、安心して」


 不安の闇に飲まれそうなルナを慮っての言葉だろう。そのまっすぐに優しい心の温度の感じて、ルナの心は軽くなったが、しかしそれも僅かなもの。泣きたいほどに優しい彼女の言葉は彼の心の支えとなれど光とならず、心に広がる闇は晴れない。


 ルナが言葉を返そうと口を開いたとき、彼は自分の手の上に置かれたサーニャの手が震えていることに気づいた。それによく見るとサーニャの顔色も少し悪い。また体調が悪くなったのかと心配するが、


「や、違うの。そういう訳じゃないから、心配しないで」


 心を読んだ彼女がそう言う。しかし、見るからに体調が悪そうなことに変わりはない。


「いや、でも……」


「いーんだよ。いっつも、やめなって言ってんのにやめねーんだもん」


「やめる……?」


「サーニャはさ、この町くらいの範囲にいる人間の心がみんな読めちまうんだ。つまり、誰がどこにいるか分かるんだよ。生きてる人間の場所が」


「生きてる人間の……。ってまさか!」


 ルナは、思わずサーニャの顔を見た。彼女は青ざめた顔のままルナから目を逸らしていた。


 この町に今生きている人間がわかる。それは裏を返せば、


「わかるのか? 仲間の誰が死んだのか」


 それもほぼリアルタイムで。


 サーニャはルナと目を合わせないままに小さく頷いた。ルナは一瞬だけ目を丸めたが、しかしすぐにその言葉が意味する残酷な事実に顔をしかめた。


 今まさに彼女は、戦場にいる者たちの感情を受信しているのだ。それは闘争心、憎悪……死への恐怖さえも……。人が死に際に感じる、血の滴った生々しい感情まで、彼女は感じ取っている。そして、それが死によって虚空に消え去ることも……。


 仲間の死と、そのときの感情を感じ続ける。想像するだけでも、その感覚はあまりに辛い。それは目の前で人が死にゆく姿を何人も見ているようなものではないかと、彼は思った。事実、彼女は受け止めた現実の冷たさに震えている。


「別に、制御できるんだぜ? 耳を塞ぐみたいに人の心を感じる範囲を狭くすることはできるのに、やらねぇんだもん」


「なんで……」


 サーニャは自分の両肩を撫でながら、言葉を紡いだ。


「これが、私にできることだから――」


 彼女は言葉を続けようとして、喉をついた咳に遮られる。数度咳をした後、彼女はひび割れのような緑の筋が走る自らの腕へ視線を下ろした。


「私の体、こんな風だし、覚えてる魔法もほとんど戦いに使えるものじゃないでしょ? 今のこの世界で、私は役立たずだけど……それでも、こうして人の心を感じることは、この世界で私にしかできないことから……だから、できることをやっていたいの。……なんの意味のないことでも……」


 辛くとも、なんの役に立たなくとも、ただ自分にしかできないことをやる。無明の世界の中で一人歩き続けるように、それはきっと孤独であれど、それすら行わなければ、闇に自分が溶けてしまう。彼女の言葉には、そんなある種の恐れが混じっていた。


 恐れに突き動かされる彼女は果たして弱いのか、ならば恐れすら感じない者は強いのか。少年が次に言葉を発するまで時間がかかった。


「サーニャ……」


 しかし、少年が何か言おうとしたとき、突如新月樹で成されていた外壁が爆発した。


 二人が驚く間もない。爆風が吹き荒れ、凄まじい衝撃とともに爆炎と四散した木片が瞬時に二人のいた空間を飲み込んだ。

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