第13話 血とオイルが飛沫く戦場


『これより第五フェイズに移行する!』


 デルカの頭に、アトラスの掛け声が響き、彼女はハッと顔を上げた。


 戦火と爆発が闇を裂いて廃墟を浮き上がらせる戦場にて、デルカの思考が現実へと引き戻される。


 黒い雲が天井結界オメガスフィアを覆ってしまった暗い街の中で、デルカの率いる一五人の部隊は隊列の最後尾にいた。遠くからは前線のものと思われる爆発音と、魔法が放つ光が断続的に戦場という形を彩っている。


 デルカの周囲に立ち並ぶ廃墟の瓦礫や新月樹が身を震わせているのは、果たして戦場から伝わってくる震動のせいのみなのか。余すことなく割れているビル群の窓から、衝撃によってなけなしのガラス片が零れ落ちた。


 作戦が始まってから二時間が経とうとしていた。


 アジトから出撃し20分も待たずに機傀ドールたちの迎撃部隊とこちらの最前線が激突した。空を染める戦火の輝きがデルカたちに激闘を伝えている。そしてその戦場のさらに先には、


(あいつらの巣がある)


 巣。すなわち補給施設。機傀ドールは人間と違って食事こそ必要としないが、定期的にエネルギーを供給しなければ活動できないという点は人間と同じだ。だから彼らは各地に補給施設を築き、そこを中心に活動し、侵攻作戦の際は簡易的な補給施設を戦地へ建設する。


 本迎撃作戦の主目標はその補給施設の破壊である。補給施設さえ破壊できれば、機傀ドールの活動はかなり制限され、後の計画がずっと楽になる。この戦いで、後の死人の数が大きく変わるのだ。


 空を見るデルカの瞳に強い未来への光が宿る。マントを翻し、彼女は大きな帽子を押さえて仲間たちへ振り返る。


「全員箒へ換装! 最前線上空へ展開する! いくぞ!」


「「了解!」」


 言葉と同時に、仲間たちはそれぞれ持っていた巨大な機械製の杖を呪文とともに淡く光らせる。光とともに杖の上部はガシャッガシャッと姦しい機械音を発しながら幅広く展開し、逆に上部以外の部分は細くなる。かくして、数秒の後に、複雑に組み込まれた機械の箒が全員の手に握られていた。


 即座に全員箒にまたがり、箒後方から青白い火を吹かして上空へと駆け上がる。冷たい風がデルカの頬を流れていき、ほんの少しだけ彼らは星へと近づいた。


 立ち並ぶビルの高さを超えたあたりで、一五人の仲間たちは一気に夜の空へ散る。デルカが命じた三つの班の九人はさらに空高くへ散り、デルカ率いる計六人は、ビルの合間を縫って前線へ向かう。


 デルカの班、第三後方空掃部隊は戦局の終盤に活動する部隊だ。前線部隊が十分に侵攻した後の一気に補給施設へ総攻撃をしかけるタイミングで、後衛の空へ出て後衛部隊を空からの攻撃から守る役目を持つ。部隊としても最も危険度が低く、空を飛べる魔法使いの中でも、負傷者や新兵が配属される舞台だ。デルカもその例に漏れず、普段は最前線で戦っている彼だが、先刻の大怪我のせいで急遽この部隊の部隊長となっている。


 後方へ流れていく巨大樹とビルが成す森の風景へ見向きもせず、ほんの数分で彼らは戦場へ到着した。


 戦火の根源にたどり着いたデルカは眼下に広がる光景へ目を細める。先刻デルカを襲ったマーキュリーなどの数メートル級の人型ロボットや、さらにそれらより一回り大きい四足のロボットが巨大な砲口から火を噴きながら進撃し、その周りを機傀ドールが瓦礫の影等に身を隠しつつ取り巻いている。その動きに無駄はなく、気味が悪いほどに統率がとれている。


 突如マーキュリーの一つが粉々に砕け散った。


 見れば大量に手榴弾がぶら下がったミリタリージャケットを着た魔法使い、C4が、自らの拳でマーキュリーを破壊したところであった。


「ハハハッ。柔い柔い!」


 犬歯を剥き出しに彼は笑うと、周囲の機傀ドールも拳一つで蹂躙していく。もちろん機傀ドールたちも銃撃や爆撃で反撃するが、正確無比に直撃しているはずのそれは一切彼へ傷をつけることができていない。しかし彼らはそれに絶望することも打ちひしがれることもなく、異なる手段で彼へと攻撃を加えて試行を重ねていく。が、そんな彼らの体も突如錆びて崩れ落ちた。ボロボロになった錆びクズたちは、独りでに動いてビルの陰に身を潜めていた魔法使いの王冠型の衛星機ステラの中へ吸収されていく。


 魔法使い側の戦い方は全くの無秩序だ。それぞれが全く違う魔法と戦い方を駆使し、そこに統一感という言葉は欠片もない。魔法使い側のデルカから見ても混沌としていると思うこの魔法のるつぼは、機傀ドールからみればさぞ意味不明な事態の連続だろう。れでも効率的な動きで味方が消えた穴を埋めていく機傀ドールたちの姿が上空からだとよくわかる。


 魔法使いの圧倒的優勢……のように見えるが、


「……っ!」


 突然デルカは身を翻し、一直線に夜の闇を裂いて飛ぶ。向かった先は、配置につこうとしていた味方のもと。


 次の瞬間、デルカもろとも中空で爆発が生じた。


 爆煙が晴れた先には、黒いキューブ状の衛星機ステラを盾のように展開したデルカの姿があった。


「アブラー! ぼーっとしてんじゃねぇ!」


「す、すみません!」


 撃ち込まれたのは、小型のミサイル。発射点へ目を移せば、敵陣後方から、今前線にいる倍近くの機傀ドールや大型ロボットが押し寄せてきている。


「相変わらず数ヤバすぎなんだよっ……!」


 血が上りかけたデルカの頭に、アトラスの声が響く。


『デルカ。もう配置につけ。それと、口頭で命令を出すなといつも言っているだろう。奴らに聞かれる』


『……了解。全く嫌になるよ科学ってのは……。デルカ隊空中展開! これより長距離兵器迎撃態勢へ入る!』


 箒からバーナーを噴出させ、彼の隊全員が空へと昇る。厚い雲に覆われた空に、天へと上る流れ星の軌跡が描かれる。


 地上百数十メートル地点でデルカの隊は散開し、それぞれの配置につく。


 デルカも自分の配置につきながら、夜の闇へと目を向ける。空に淡く輝く巨大魔法陣、天井結界オメガスフィアが完全に雲に隠れているため、空を照らす光は遠い地上の戦いで起きるもののみ。それはあまりに頼りなく、自身に纏わりつく夜の深さにデルカの心が少しだけ冷えた。


 魔法により知覚機能は強化しているが、それでも本能が夜の闇に潜んでいるかもしれない脅威に毛を逆立てている。


 視線を下ろせば、新月樹に侵食されたビル群たちが目に入る。明らかな人工物がありながら、戦場以外に光はなく、人の気配も感じない。人間の気配を感じない人工物は、この世界に漂う死の匂いを一層濃くしていた。


 視界の先遠方で複数の光が瞬き、あるいは光の尾を引いて舞っている。最前線で戦っている仲間たちの戦火だ。障害物も魔法で利用できる物体もない空での戦いは地上よりも厳しく、数多の戦闘機やミサイルに相対して最前線に立つのは精鋭ばかり。本来なら、あの場所にデルカはいるはずだった。


 尾を引いた光がいくつも空へ上がる。それらは全て魔法使いに向けて放たれた空対地ミサイルであり、火の尾を振りながら一直線に魔法使いたちへ向かっている。これらミサイルや戦闘ヘリ等の兵器から地上部隊を守るのが、デルカ率いる空掃部隊の役目である。


謎だけでできた恒星モノリスター平行起動」


 少女の声に喚起して、キューブ状の衛星機ステラがガコンと鈍い音を立てて、大きさを変えないままに二つに分裂した。そしてさらにまた分裂し真っ黒な衛星気は四機に、八機に、一六機に分裂し、数秒の後に彼女の周りには数えきれないほどの衛星機ステラが周回していた。


「散れ!」


 数百機のキューブが一斉に消失し、瞬間的にそれぞれがデルカから離れた場所へ移動した。そして、そのうちの数機は、戦場の遥か手前の上空に出現し、飛来したミサイルと激突した。


 いくつもの爆破の花が夜空に咲いて、衝撃と爆風を辺りに散らす。廃墟たちの僅かな窓ガラスはさらに割れ散り、外壁に新たなひび割れが産み出される。


 凄まじい破壊の権化。しかし、爆煙が晴れた先に現れた黒いキューブには、やはり傷一つついていない。


 継ぎ目すら見当たない、よく見れば形すらも不定形にぶれている不気味なその衛星機ステラが司る本質は、「不明」。数も、場所も、形すらも、この衛星機ステラは未確定。それがゆえに無数でもありえ、そしてどこにでも居うる。増殖と瞬間移動は、この衛星機ステラが持ちうる可能性の一部を具象化しただけに過ぎない。「不明」の性質を内包するこの衛星機ステラは、外界からの干渉を一切受け付けない。硬さや重さも決まっていないこの物質が、物理法則の土俵に立てるはずもない。その性質を持つがゆえに、この衛星機ステラは盾として有能なのだ。破壊できず、瞬時に移動できるのだから。


(もう少し魔力食わななきゃ文句ねぇんだけど)


 気合いの意味を込めて、細く鋭く息を吐く。


 仲間たちも順次衛星機ステラを展開しているようで、上空にて光る風船型の衛星機ステラが膨れ上がったり、時計型の衛星機ステラが時の音を刻み始めたりしている。


 部隊全員へアトラスの声が響く。


『予定通り、第六フェイズへ移行する』


『『了解!』』


 第六フェイズ、それは今まさにミサイルを打ち込んできている敵制空兵器を無力化する作戦だ。あれを潰さないことには敵補給施設への侵攻リスクが高すぎる。


(……みんな、死ぬなよ)


 本来自分がいるはずだった場所で断続的に起きる爆発を見ながら、デルカの箒を握る力が強まる。


 前衛部隊が敵制空要塞を落とせば勝ったも同然。だが、そのフェイズが一番死人が出るフェイズでもある。航空部隊だけ先行して一気に空中要塞を潰しに向かうので、敵の攻撃の苛烈さはこれまでの比ではないからだ。魔法使いといえど、数多の重火器から袋叩きにされて生き残れるものはそういない。どれだけ人知を越えていても、かれらもやはり人間で、結界も使える魔法も有限なのだから。


「おっと」


 空に再び数十のミサイルの火が出現する。拡張した五感が戦闘機の発進も知覚した。


「ったく! 魔法にもああいう強力なのあったらなぁ!」


 しかし、そんな魔道具はかつての英雄たちとともに歴史の彼方に眠ってしまった。今やその魔法を継ぐものも、名前を知るものさえほとんどいない。


 ここは積み上げたものが失われていくばかりの世界。


 あるもので戦うしかない。


『また口に出してるぞ』


『へい。すんません』

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