第12話 唯一の利点

「EMP爆弾かの」


 狭い部屋にアンドウのしゃがれた声が響く。


 町の中央に聳え立つ巨大な新月樹内部の一室。継ぎ目のない木造の部屋の中は、いくつもの書物や魔道具が脇に積まれており、ドアから入った正面の壁には大きなこの町の地図が張られていた。窓のない部屋は、天井に実る光る木の実の輝きに照らされており、その光は、雑多な部屋とは対照的に綺麗に何も置かれていないテーブルの存在を目立たせていた。


 テーブルには何も置かれていない。が、代わりにその中央はくりぬかれ、水が波打つ水盆が嵌められている。そして水盆から30センチほどの中空には、何やら別の場所の映像が映された水の球体が浮いていた。


 部屋にいる十人近い人物がその映像へ厳しい目線を向けている。その容姿格好は三者三様ならぬ十人十色。いかにも魔法使い然とした服装のキセルを吹かす十代の少年から、やたらメカメカしい装飾品に身を包んだ老人までいる。そして、この場にいる誰もが、互いの見た目に意味などないと理解している。


 この場の全員が向けている水球に移る映像は、先刻デルカが、少年とも機傀ドールともつかない少年と出会ったときの彼女の記憶であった。魔道具である水盆の機能の一つ、記憶の投影機能により、彼女は仲間たちにあのとき見たものの共有していた。水球に移る映像は、あのときの一シーン、謎の青い光で衛星機ステラを一時的に機能不全に陥らせたリング状の浮遊機械を目視してからのものを繰り返し再生していた。


 何度も繰り返し映像を見た後のアンドウの言葉に、この場にいる魔法使い、すなわちアンドウ以外のほぼ全員が首を傾げた。


「EMP……?」


 その場にいる魔法使いの一人、目を閉じながら水盆に指を入れて記憶の再生をしているデルカが幼い声を上げた。


「電磁パルス、瞬間的に発される強力な電磁波のことだ。自然界でも落雷などで発生する」


 魔法使いの中で、唯一首をかしげていなかったAMANECERの団長、アトラスが口を開いた。その言葉にアンドウは頷き話を引き継ぐ。


「そうじゃ。強烈な電磁波は電子機器の回路や半導体部を破壊する。電磁パルス爆弾は、それを人工的に行う兵器のことじゃな。整備班からデルカの衛星機ステラに、一度回路が破壊されたあと、魔法によって修復された痕跡があると報告を受けとる」


 衛星機ステラは魔法技術と科学技術を融合させた兵器だ。その中には電子回路や半導体基板も存在する。


「トリニティの技術で魔道具の機械化を進めた弊害ってわけか」


 真っ白な仮面を被った背の高い女が、溜息交じりにそう言った。


「それは、魔道具を機械化すると決めたときから予想できていたことだ。問題はそこじゃないんだろう、アンドウ」


 アンドウの難しそうな顔を見て、アトラスは彼に言葉を投げた。


 彼はいつの間にか取り出した細い筒状のライターをクルクルと指で回しながら、少しの間「ふーむ」と唸っていたが、やがて諦めたように肩を竦め、


「原理が全くわからん」


 と、言葉を吐いた。


 彼のその言葉に僅かながら空気が冷える。彼が科学に関してわからないことは、この日本支部で、いや、もしかしたら世界に残る人間の中で誰もわからないということだ。


「どの点がだ?」


「ただのEMP爆弾ならまだわかる。わしの知っとる技術よりはるかに小型化されとるが、あいつらならこのサイズでもあの規模の電磁パルス発生させられるんじゃろうと納得できる。じゃが、それが飛んでおる原理がわからん」


 水球には、ちょうど電磁パルスを放ったあと、謎の人影へ円盤が戻っていくシーンが再生されていた。デルカの意識が朦朧としていたせいで、その映像は不鮮明だ。


「電磁パルスの影響を一番強く受けるのはその機器自身じゃ。なのにこれはただの爆弾という機能だけではなく、浮遊移動機能という高度な機械機能まで持ち合わせておる。その二つをどうやって共存させとるかわからんし、そもそもの問題として、こんな形で浮遊できる技術もわしは知らん。……わしは、の」


「どういう意味だ」


 仮面の魔法使いが怪訝な声を上げる。その表情は全く読み取れないものの、その声には僅かな不快感を滲ませていた。彼女どころか、部屋にいる魔法使いたち全員が発する空気が鋭くなった。だが、そんなものはお構いなしにアンドウは続けた。


「いやぁ、この機械どちらかと言えば魔法使い《そっち》側の技術の衛星機ステラに似とるじゃろ。じゃから。魔法の――」


「ありえねぇよ!」


 立ち上がって声を荒げたのは、ミリタリージャケットに身を包んだ男であった。彼ほどでないものの、他の魔法使いも椅子から腰を浮かす等の大なり小なり憤りの色を見せていた。


「C4、落ち着け」


 アトラスの厳しい視線に、C4と呼ばれた青年は歯を食いしばって席に座りなおした。


「でも、ありえねぇ。ぜってぇあり得ねぇ。魔力の根源である心もねぇあいつらに魔法なんて使えるわけがねぇし、そもそもあいつらに魔法の概念が理解できるわけがねぇ」


 『水滴を以て大海とせよ』と、魔法というものをよく表しているとされる言葉がある。


 一つの水源を見たとき、それを「池」とするか「湖」とするか、はたまた「水たまり」とするかは、それを見る人間によって違う。法律や言葉の定義でどう決められていようと、人間が概念として持つ感覚は、個人によって変わる。その曖昧な概念を用い、時には拡張することで魔法というものの入り口となる。とある魔法使いから見れば、一滴の水も「大海原」と定義できるのだ。そんな非定量的な、曖昧な判別など機械にできるはずもないことなど、機傀ドールのAI構造に詳しくなくともわかる。


 他の魔法使いもC4と呼ばれた青年と同じ意見のようで、口々に反論を述べようとしたが、


「やめろ。この議論は時間を浪費するだけだ。実物を検証すればわかることだろう。各班、この機器を見つけ次第確保するよう通達しておけ」


 アトラスがそれを押しとどめた。


「アンドウ。原理はいいとして、この兵器が電子機器の回路を損傷させるものであるという確度はどれくらいだ?」


「ま、そこはほぼ確実でいいじゃろう。サージした跡があったそうじゃから、電磁パルスでの攻撃という部分もまず間違いないと見ていいの」


 そこまで聞いてアトラスは腕を組みかえた。


「となると……その攻撃は恐らくは最前線で……それも何度も使ってくるだろう。罠のようにはじめから設置してあるかもしれない」


「は? なんでそんなこと言えんだよ」


 C4が粗野な口調でそう問うた。


機傀ドールは精密機器だ。EMP攻撃を一番受けるのは彼ら自身だ。例え自分たちだけ効かないようにしていたとしても、最もリスクを背負わず運用できるのは最前線だと考えたからだ。それに、最前線を崩すのが戦術としても効果的だ」


「何度もっていうのは?」


「EMPを放った後でも自立移動していたということは、エネルギーを使い果たしていないということだ。それに、一度使うごとに再チャージが必要なら使い捨てでいいはず。現実的に考えれば、EMPを何度も放てるほどのエネルギーをあんな小さな危機に貯めておくとは考えづらいが、可能性として、2回以上は放てると思っておいたほうがいい。彼らの技術は常に我々の想像を超えている」


 重苦しい最後の言葉に、この場の全員が黙り込んだ。しかし、暗雲が空気を重くしたのは一瞬、次の瞬間アトラスの厳しい声がその空気を切り裂いた。


「各班全員に通達! 電磁波に対して個人で対策を練れる人物を招集! 各班のバランスを考慮の上、対電磁パルス用の防護専門の班を再編する! 各班は対電磁パルス班より対抗魔法を施されたうえで出撃せよ! また、使う衛星機ステラも極力電子回路を用いていない物へ切り替えろ!」


「「了解!」」


 一瞬にして全員の顔が引き締まる。


「作戦と出撃時間の変更はなしだ! 準備を済ませ、予定通り三〇分後に出発する! 解散!」


 言葉の終わりを合図に、それぞれの魔法使いの姿が光や小爆発に包まれて掻き消えた。瞬きする間に部屋の人口密度は一気に下がり、残されたのはアトラス、アンドウ、そして水盆の片づけを急ぐデルカのみとなった。


 宙に浮いていた水球を水盆へ戻し、自身も準備へ急ごうとしたところに、


「妙だと思わないか」


「うむ」


 アトラスとアンドウの声が耳に挟まった。思わず彼女は足を止める。アトラスは一瞬鋭い眼光をデルカへ向けたが、準備に向かわない彼女を咎めることもなかった。デルカはそれを同席の許可と判断し、二人のほうへ体を向ける。


「デルカ。お前も何か違和感を感じていただろう」


 デルカに向けられた瞳の色は彼女の心根まで溶かし込みそうなほど深い黒色で、サーニャの親であることも相まって心を読まれているような感覚を彼女に与える。


 デルカはアトラスと床とを視線を行き来させながら、言葉を紡いだ。


「そうだな……あいつらの技術にしては、なんていうか、パッとしないっていうか……」


「やはりそう思うか」


 アトラス顎に手を当てる。


「アンドウをしても一見しただけでは原理不明の、おそらくは新技術が使われている代物が、たった数秒衛星機ステラを機能停止させるだけものであるはずがない」


 もちろん、戦場においての数秒を隙は死に直結する重大なものだが、その隙がほしいならもっと他にやりようはあったはずである。


(それに使ったタイミングもおかしい)


 最初に使うなら大規模戦闘中など、もっと効果的な場面があったはずだ。一度使えばこちらも対策を練ることなど向こうが想定しないはずもないのに、どうしてデルカとユーレカへ突発的に使ったのか。


(あそこで使うことに意味があった……? それとも……)


「対策を練らされた……。そんな風にも思えるの」


 あまりも淡白に放たれたアンドウの言葉に、デルカは悪寒を感じずにはいられなかった。

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