第9話 融合能力

「だから、だからあなたは人間よ」


「ま、心にあたる機械機能に反応してるだけかもしれんがの」


 と、アンドウが水を差しながら、少年を縛っている木の根元を、コンコンと不思議なリズムで何度か蹴る。その動作に呼応して、グネグネと生き物のようにその木が動き、少年の体も大きく揺れる。


「な、ちょっ、なにするつもりだ!」


「こら、暴れなさんな」


 抗議の声虚しく、木の拘束が緩んだタイミングで、右腕しかない少年はそのまま落下して地面に叩きつけられた。


「アンドウさん!」


 サーニャが声を上げる。


 少年は痛みに呻きつつも、せめても抵抗でアンドウを強く睨みつけた。


「おお、怖い怖い。さっきといいとんだ気概じゃの。記憶もない状態とこんな状況でまだこんな目ができるとは」


「もうわけわからんことのメーターが振り切れて、不安なんかどっかいっちまったんだよ!」


「ほう、わからんこと? 例えばなんじゃ?」


「全部だよ。魔法なんて俺は知らなかったし、町中に生えてるこの木もわけわかんねぇし!」


「ああ、町中に生えてる木は、『口なしの森』とか言う大規模魔法じゃ。生えてる木自体は『新月樹』とか言ったかの。町中どころか世界中に生えとるぞ。敵の感知や今みたいに自在に操って、広範囲に多様な運用ができる高機能な魔法だそうじゃ」


「え……」


 まさか素直に教えてもらえるとは思っていなかったために、少年の動きが止まる。


 近くにいたサーニャも、敵の可能性を疑っているアンドウが、軽々しく情報を漏らしたことに目を丸くして彼を見つめた。


 少年のほうへ歩を進めつつポケットをまさぐりながら、アンドウは続ける。


「ほかにわからんことは?」


「え、じゃあ、なんで俺はこんな目にあってんだよ」


機傀ドールとも、人間ともつかんお前さんが、超高度な魔法を使っているからじゃ。機傀ドールだとして、そんな機傀ドールは今までいたことはなかった。人間だとして、そんな体中が機械でできてる人間もいない。調査せんわけにもいかんじゃろう。……お、あったあった」


 と、言葉とともにアンドウがジャラジャラと音のなるポケットから取り出したのは、屑鉄を張り合わせてできたような見た目をしている鈴だった。


「サーニャちゃん。つらいところすまんが、これを使ってもらえんか。わしじゃ魔法を使えんもんで」


「え、でもそれは……」


「いいからいいから」


 サーニャは眉を潜めつつも、アンドウから鈴を受け取り、目を閉じて軽く鈴を振った。


 すると、小さな鈴であるはずなのに、協会の大鐘を鳴らしたような重厚な音がドーム内に鳴り響き、同時に切断されていた少年の腕が淡く光始めると、切断部から光でできた根のようなものが出現し、それらは空気に触れると霧散していく。


 この光の根は、少年の回復を妨げていた魔法であった。完全に光の根が消えたとき、傷口から別の魔法陣が発生し、少年の手足が徐々にではあるが修復されていく。


 何をされたのかおよそ検討をつけた少年は、傷口からアンドウへ目を向ける。アンドウは、すでに少年から離れて、近くにある機材が積まれた箱を漁っている。


「それで、他に訊きたいことは?」


「あんた……なんで……俺のこと敵かもしれないって思ってるんじゃないのかよ」


「お前さんが敵じゃったら、人類の滅亡はもう決まりじゃ」


 きっぱりと彼はそう言った。軽い調子で放たれた言葉は、晩秋の風のようにどこか冷たい。


「なっ……どういうことだよ」


「切断したお前さんの腕を調べたところ、お前さんの体は、複雑に魔法と科学を融合させて機能しておる。科学が得意な分野を科学で、魔法が得意な分野を魔法で動作させることにより、限りなく人体に近い……いやそれ以上に機能しておる。お前さんが敵、すなわち機傀ドールじゃったとしたら、機傀ドール側はすでに実用化できるまで魔法を理解しておるということになる。レジスタンス唯一の有利点が消える。恐ろしい速度であいつらは学習し、すぐさまわしらの魔法技術レベルを超えてくるじゃろう」


 そうなれば、どちらの陣営が勝つかなど考えるまでもない。


「……」


「ま、そういうわけで、お前さんを敵とみる仮定は無駄なんじゃ。だから、味方である前提でわしはお前さんに接するというわけじゃ」


 後ろ向きなのか前向きなのかよくわからない割り切り方に少年もサーニャも反応に困る。


 戸惑う二人をよそに、アンドウは手のひら大の錆びついた球形の機械を少年のもとへ持ってくる。


「ほれ、これ」


 不躾にアンドウが球状機械を少年へ突き出してくる。無骨な見た目に反して、表面に魔法陣の刻まれたそれは、機械を用いた魔道具であった。


「な、なんだよ」


「デルカの報告じゃと、お前さんは衛星機ステラを取り込んで自分の武装としたそうじゃな」


「は……⁉」


「なるほど、覚えておらんか。では、今ここでやってみろと言われてもできんか」


 別に落胆するでもなく、淡々とアンドウは言葉を紡いでいく。


「俺が衛星機ステラを取り込んで……武装……?」


 またもや新たな混乱要素が舞い込んだが、もはや混乱メーターが振り切れている少年はいっそのことただ呆れてしまった。


「まじで、なんなんだよ俺……。つか、仮にできたとして、やっていいのかよ。武装なんかさせたら、反抗されるかもしれないぜ」


「じゃーかーらー、意味ないんじゃってその仮定は。そんなこと気にして研究効率下げられるかい。それに、この魔道具を取り込めても危険な使い方はできんじゃろうて」


 アンドウはジャラジャラと音のなるポケットから、二つに割れたボールペンを取り出した。そのまま球状機械の上部のボタンを押しながら、ボールペンへ近づけると、突如としてボールペンがアンドウの手の平の上で紫の炎に包まれた。


 驚く少年を尻目に、アンドウは表情一つ変えない。数秒後、幻であったかのように紫の炎は掻き消え、アンドウの手の中には、一本に繋がったボールペンが握られていた。


「ほれこの通り。こいつは、ボタンを押すだけで道具を修復する魔道具じゃからの。まっとうに取り込んだ魔道具の能力を得るなら、何も問題ないはずじゃ。まあ、攻撃用に転用できたとしても、それはそれで一つのサンプルとして面白い結果になるし……」


 またも、アンドウ話は途中から独り言へと変わっていってしまった。


 少年が言葉を挟めないでいると、サーニャが小声で「アンドウさんっ」と声をかけてくれ、彼はハッとしてこちらの世界に戻ってきた。


「おっと、すまんの。んで、ほれ少年。わからんくとも物は試しじゃ。何とかしてこいつを取り込んでみよ。そこができんと話が進まん」


「そんなこと言われても……」


 差し出された球状の魔道具を残された右腕を伸ばす。


 少なくとも少年の感覚では、機械を我が身と融合させる感覚など見当もつかない。何か近しい感覚を想起してみるかと考えるが……、


(腕が機械取り込む感覚に近いイメージってなんだよ。……手で食って栄養にする、とか? いやいや、そんな変なイメージでできるわけ……)


 瞬間、右腕が青く輝き、右腕が展開され金属部品と光で編まれた魔法陣へ変貌する。


「嘘だろ⁉」


 アンドウやサーニャも驚いて数歩下がるが、なんとも一番驚いたのは少年であった。彼の驚きすら置き去りに、球状機械は少年の右腕だった魔法陣へ取り込まれ、バラバラに分解される。


 少年の頭に再度、記憶を揺さぶる声が響く。


(融合対象認識 単能魔道機 愉快な序章パープル・ポップ 最大負荷780度……)


 バラバラになった部品が再度結集し魔法陣とともに左右に分かれる。部品たちは中空にて精緻に組み上げられ、少年の左右の腕と成っていく。


 その複雑怪奇な機械と魔法の織りなす技にサーニャもアンドウも目を丸くした。


 青い光が収まり、少年の両腕が出来上がる。右側は肩部が大きな球状になっている以外は普通常の人間と変わらない見た目の腕。左側は頼りなさげな細い金属骨格のみの腕となっている。


 何か声をかけようとサーニャが口を開いたとたん、突然少年の四肢が紫の炎に包まれ、炎の中で彼の四肢が回復していく。


 炎が形を持って部品へと変わり、彼の手足を作っていく様はまさに先ほどボールペンを直した魔道機、愉快な序章パープル・ポップの効果そのものだ。


 一分を待たずして、少年の体は五体満足となった。出来上がったばかりの四肢でゆっくりと少年は立ち上がる。愉快な序章パープル・ポップを取り込んだ右腕のみが機械の向き出した異形であるが、そのほかの四肢は色も含めて見た目は全く人間のそれだ。


 立ち上がった少年に二人の視線が注がれる。少年の表情はさきほどの動揺が嘘であったように冷め切っており、感情の色など全く伺えなかった。


「ホッホッ。まさか本当にできるとはの。いやおもしろいものを見せてもらった」


 その様子をアンドウは気に留めもしないアンドウに、少年は無機質な視線を流す。


「別人のようじゃの。今のは、取り込んだ愉快な序章パープル・ポップの機能で自己修復したのか?」


「そうだ。取り込んだ魔道具の部品のみでは欠損部位を補うことができなかったため、魔道具の修復機能で、残りの部位を再生させた」


「ほう? やはり取り込んだだけでその魔導機の機能と使い方がわかるのか」


「ああ。この状態になるといろんなことがわかる。取り込んだ魔道具のこと、何ができるか、効果時間や使用限界……」


「ほう、そりゃいいわい。詳しく話してもらうぞ」


「ああ」


 それから、アンドウから少年への質問攻めがはじまった。


 少年が淡々と自身の状態を説明し、アンドウがそれに質問、少年が再度淡々と答えるということの繰り返しが十分ほど続けられた。


 アンドウの顔つきはさっきとはうって変わって真剣で、少年の言葉をただ信じるわけではなく、時々少年の説明に根拠を求めたり、裏付けがとれそうな簡単な実験を挟んで情報の信憑性を高めていった。


「なるほど……。とりあえず大雑把にまとめるとこんな感じか。お前さんは機械・および魔道具と融合が可能。融合元の機能はほぼそのまま使えるが、融合元の性能以上の出力は出せず、融合もとに備わっていない機能は使えない。そして……」


 アンドウが少年に視線を向けると、ほぼ同時に彼の体が発光し、異形となっていた左腕が元の人間のそれへと戻った。


「効果時間は約十分。融合元の機能の複雑さや自身への負担によって前後する。融合は自分の意思で解除できず、時間切れを待つしかない……。こんなところかの」


「らしいな。どうやら」


 頭を掻きながらそう言う少年の様子はすっかり元通りで、表情に感情が現れている。


「融合中の記憶はあるか?」


「そりゃあな。自分の中から知らない記憶が湧いてくるのにはびっくりしたけど」


「ほう、じゃあ、ここに来る前の記憶も戻ったか?」


「いや……それは全然」


「そうか……それなら……」


 と、アンドウが言葉を続けようとしたとき、彼の近くの枝に赤い光の蕾が現れ、それは瞬く間に口の形をした花へと変貌した。


 花弁がまさに口のように動くと、そこからアトラスの低い声が響いた。


「アンドウ。すまないが来てくれないか。少し訊きたいことができた」


「なんじゃ、いいところじゃったのに」


「作戦実行前に不確定要素が判明したのだ。お前の意見を聞きたい」


「わかったわかった。今行く」


 アンドウは手を降りながらそう言うと、少年とサーニャに視線を向け、


「んじゃちょっと待っとれ」


 とだけ言葉を残し、口型の花に触れると姿を消した。

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