第7話 心と居場所
「……!」
その瞳に映ったものに、サーニャは目を見開いて口に手を当てた。
そこには宙空で太い枝によって拘束されている少年の姿があった。枝は胴に巻き付いており、その四肢は右腕を除いて切断されている。
意識のない少年の姿を見ていたサーニャの目が、その切断面を見てさらに見開かれる。切断部には赤い魔法陣が無機質に回転していたのだが、その向こうには、血の滴る肉体だけではなく
「いや不思議じゃ……」
しゃがれた声がドームに響く。
見れば少年を挟んだサーニャの反対側に、大きな丸眼鏡をかけた小柄な老人がクリップボードを片手に何かを書き込んでいる。
「体の60%は機械。10%は人口有機物。人体である部分が30%しかない。いやこんな技術が存在しうるとは……」
彼はアンドウという名前の科学者だ。
唸るアンドウの隣に立つ男が口を開く。
「そのうえ、魔法まで使用可能……。私たちの知識でもこんな技術は全く該当するものがない」
白髪の混じった黒髪をオールバックし、線の細い体に大仰な装飾のローブを纏ったその男は、サーニャの父、アトラスであった。サーニャが来たことには気づいているのだろうが、一瞥をくれることもなく、その深い緑色の瞳でじっと少年を見つめていた。
ヘイルが腕を組んでサーニャに振り返る。
「『これ』がお前が助けたかったものか」
もはや不快感を隠すことのない声色だったが、その不快感はサーニャだけでなく、吊られている
「お前のせいで、デルカとユーレカは死ぬところだったんだぞ!」
「そんな……でも……」
「やめろよヘイル。死にかけたのは確かだが、でも俺たちはこいつに助けられた」
そんな言葉とともにヘイルの肩に手を置いたのは、大きな帽子と機械的な杖を持った幼女デルカであった。重傷を治療した跡があり、体中に魔術式が書かれた包帯を巻いた痛々しい姿をしている。
「だから何だっていうの? こんなものを助けに行かされて死にかけたことには変わりないじゃない」
「でもこいつは味方かもしれない。
ヘイル呆れた息をつき、彼女と同じような表情のユーレカが口を開く。
「何度も言ってるでしょ。そんな程度のことあいつらはいくらでもやる。それだけで味方かもしれないなんて……」
「あいつは魔法を使ったんだぞ! そんなことがあいつらにできるか⁉」
「でも――」
「もういい」
重々しい声音がその場を潰し、一気に全員を黙らせた。声の主は未だに少年を見据えたままのアトラスであった。
「必要なのは事実だ。憶測じゃない。彼をどうするか決めるのは君たちの仕事ではないはずだが? ……サーニャ」
「はいっ!」
「今でもこれに人の心を感じるか?」
「は、はい……。感じます」
サーニャの言葉に、アトラス以外の三人がビクリと震え、彼女の心に三人の感情が伝わってくる。それは驚き、あるいは恐れ。もしくはその両方が混ざった感情か。
「そうか。ならば読め。記憶でも、感情でもなんでもいい。『これ』に関する情報が欲しい」
娘に一瞥もくれない父の言葉。
サーニャは改めて宙づりの少年を見上げる。
血肉と金属でくみ上げられた体。
彼女は感じている。確かに彼に人間と同じ心を。生きた人間特有の心の温度を。
これが作り物のはずがない。
そんな彼女からすると、彼に恐れを抱き、人と見れない仲間たちのほうが異常に感じた。
彼女はポケットから拳大の機械を取り出す。一見それは金属の塊のようであるが、よく見れば薄い部品が織り合わさってできた金属の蕾であることがわかる。
彼女が呪文を唱える。すると、白い光が蕾の隙間に走り、金属の蕾は宙に浮いて、少女の目の前で花開いた。蕾の中から光とともに白い魔法陣が溢れだし、少女の足元へと降りて広がる。
少女は祈るように手を組みあわせると、自らの心を投じた。目の前の少年の心という深い海の中へ……。
そこで彼女が見たものは――
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