第2話 機傀

「お、おぉーい!」


 少年の声に反応し、少女がゆっくりと彼へと顔を向ける。


 


 少女の顔の半分はなかった。




「なっ……!」


 思わず少年は凍り付く。


 振り返った少女は、顔どころか体の半分も激しく損傷していた。しかし、そこから一切血肉は覗いていない。代わりに見えるのは、飛び出した配線と剥き出しの金属。配線よりショートした青白い火花が小刻みに散っている。


「は……な、なに……?」


 またもや彼の理解を超えた現実。僅かに残されていた常識すら外れた存在。


 少年の脳裏に「機傀ドール」という言葉が走り抜ける。


 痛ましい姿にも拘わらず少女は笑顔を浮かべながら少年へ体を向ける。壊れたもう半分の顔の奥から青い光を瞬かせて、


「ふ、ふふふ」


 笑う。


 ギシリと体を軋ませながら、ゆっくりと機械の少女が動き出す。緩慢な動作で損傷が激しいほうの腕を上げる。紫電を散らすその腕の先にあるのは、五指の手ではなく、真っ黒な穴を持った銃口。


 虚ろな穴が自身に向けられたのと、ほぼ同時に、本能が呆然としていた少年を突き動かし、彼は横っ飛びに地面へ伏せる。瞬間、乾いた破裂音とともに、少年の背後にあった瓦礫が砕け散る。


「マジ……かよ!」


 パニックになりながらも、近くの瓦礫に身を隠す、その間も何度も銃声が響き、彼の近くで瓦礫が弾けた。何発もの銃声が鳴り、数秒もしないうちに瓦礫が大きく崩れ、頭を抱える少年の姿が露わになる。恐怖に見開かれた目が、無情の瞳に射抜かれる。


 世界から音が消え去った。


 少年の目が硬く閉じられる……が、衝撃はいつまでたっても彼を襲わなかった。それどころか何も聞こえない。いや、


『おいおい、大丈夫かよ?』


 声が脳に響いた。


 おそるおそる目を開けるとそこには、背を向けて立つ幼女の姿があった。小さな矮躯を包むのは、大きな三角帽子と風に翻るマント。彼女は幼い顔に似つかわしくないニヒルな笑みを少年に向けている。


 短い亜麻色の髪を靡かせるその少女の姿はまるで絵本に出てくる魔法使いそのもの。しかし、そんな少女が右手に持っている杖らしきものは、古木ではなく、黒い金属でできている。紫のラインを光らせるその杖は幼女の身の丈の倍近くの長さがあった。


 少年は気づく。自分と幼女の前に淡く光る半透明の壁が張られていることに。その光の膜は、少女の左右に浮かぶ十字型の機械から生み出されている。少女の浮世離れした格好とは対照的な杖と同様に、その十字機械も複雑に組まれた金属部品で構成されており、わずかな駆動音が彼の耳に届いていた。少女の周囲を見れば、光の壁を作っている二つの十字の機械とは別に円盤状の機械も彼女の周囲に浮かんでいる。


 幼女が大きく杖を振るう。すると、円盤状の機械の一つから、光でできた複雑な幾何学模様、魔法陣が飛び出した。


 機械の少女は銃弾を放つが、全て紫に光る壁に触れた途端消滅し、円盤状の機械から浮かぶ魔法陣からは数匹の小鳥が飛び出す。それらは目にも止まらぬ速さで機械の少女に着弾すると、機械の少女の動きが鈍り、次の瞬間、金属であるはずの体に紫色の花が芽生える。


 少女はその花を払おうとするが、その体は瞬く間に紫の花弁と蔦へと変容していき、あっという間に少女がいた場所に紫色の花の柱ができていた。


 杖を持った幼女は一息つくと少年へと振り返る。彼女の瞳は星空のように深く透き通っていた。


 十字状の機械が変形し、獣の咢のような形となる。同時に彼を包んでいた紫の膜が消え去り、少年の耳に音が聞こえるようなる。


「おい、立てるか」


「あ、ああ」


 見た目にそぐわぬ粗野な口調であったが、今の少年にそんなことは些細なことだ。


「なんなんだよこれ。意味わかんなさすぎるだろ……。一体……」


「質問はあと。立てるんならちょっとその辺の物陰にいてくれ。あいつらが来る」


「あいつら……?」


 答えは向こうからやってきた。


 最初に来たのは、風切り音を引きつれた大型ドローンだ。四枚のプロペラを激しく動かすそれには複数の銃口が光っている。後に続いてビルから飛び出してきたのは大型の銃を持った人……のように見えるが、きっと違う。少なくとも少年は直感的にそう思った。その見た目は完全に人間のそれだが、浮かべている不吉な笑顔はさっき花の柱へと変わった機械の少女を髣髴とさせる。


「俺がやる」


 険しい表情を向け、幼女は獣の顎状の機械を一つ残して駆け出す。残された機械は高い駆動音とともに紫に輝くと、十字型へと変形し、少年の周囲を紫の膜で覆い、少年から再び音が奪われる。


 そこから起こった出来事は、現実という言葉とは完全に離れたものだった。


 人の形をした機械たちが、笑いながら一人の幼女を撃ち殺そうとし、大型のドローンもそれに手を貸す。そんな銃弾の雨を一身に向けられる幼女にはしかし銃弾は届かず、紫の膜に阻まれ、あるいは着弾したはずなのに彼女の体は傷つかない。幼女が杖を振るえば機械が花へと変容し、円盤が光れば伸びた蔓が機械たちを拘束していく。


 僅か数分にして無機質な襲撃者は、次々と美しい花々へと変貌し、荒れた廃墟に似つかわしくない花畑が広がっていく。しかし、ドローンや機械の人間たちの数は多く、銃撃の激しさは弱まらない。


 突然幼女が爆炎に包まれる。機械の人形が放ったロケット弾が直撃したのだ。少年は瞠目するが、爆炎からは無傷の幼女が飛び出してくる。


「ゲホッ、キッツ! おい、逃げるぞ!衛星機ステラについてけ!」


「す、ステラ……?」


 知らない単語に戸惑うが、幼女の言葉に呼応して、少年の近くに浮遊している十字型に変形していた機械が近くの廃墟へと飛んでいく。その誘導するような動きで、直感があれが衛星機ステラだと教えてくれる。


 機械の周囲5メートルほどに展開されている光の膜から出てしまわないように、少年は急いで足を動かした。


 衛星機ステラは崩れた廃墟の壁へと入っていき、少年もそれに続き瓦礫や埃にまみれた室内を縫うように進んでいく。悪路を走ることに少年の体はすぐに悲鳴をあげはじめたが、建物の外に感じる戦闘の気配が彼の体に鞭を打ち、恐怖が疲労すら押しのけた。光の膜が音を排してくれなかったら飛び交う爆発音や銃声にパニックを起こしていたかもしれない。


 そうしてしばらく走り続けるうちに、衛星機ステラの動きも止まり、過呼吸寸前だった少年は倒れ込むようにその場に膝をついた。


 また衛星機ステラが動き出すかもしれない。しかしそうなったらもう動けない、と不安の目を衛星機ステラに向けるが、物言わぬ機械はただ紫の膜を静かに消して獣の顎のような形へと戻り、世界に音が戻る。


「ふぃー。ようやく撒けたか。ギリギリだったぜ」

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