第4話 類は友を呼ぶ

「もはや詐欺だよ!!!」


 ショックに顔を歪め、床に押さえつけられながら叫ぶ尾出先輩––ついさっき走ったばかりで、興奮状態にあるのか、声もリアクションも大きくなっている。


 隣にいた部長が声にビクッと反応し、嗜虐心もほどほどに満たされたところで応えた。


「そんなことはありません。私と先輩は熱いファイトを繰り広げ、汗に塗れてぶつかり合い、お互いのことを感じ合ったはずです。そんな先輩になら当然理解頂けているものと…」


「なんか表現いやらしい?!間違ってないけど、もっと言い方あるでしょ、ほら聖里さんモジモジしてる!早く誤解解いてよぉ」


 情けなく懇願する先輩に、やれやれと息をつき、部長に近寄る。


 …尾出先輩の入部宣言の後、部長に連絡を取り、集まることにしたのだ。


 しかし部長も先輩も同じ二年生、当然ウォシュレットなる奇特な部員の顔は、認知されていた。そして、顔を合わせるなり逃げようとしたので、取り押さえ現在に至る。


 部長は頬を上気させ、壊れたスピーカーように、何事か一人でブツブツ呟いていた。昭和の家電は叩けば直ると聞くが、さてどうしたものか…


「…え、え、これわたしのせい…?変態に変態を勧誘させたから変態×変態に…あーまたお腹痛いロキソチン飲も。」


 バッグから錠剤と水筒を取り出し、ゴクリと飲み込む。痛みで正気を取り戻した部長に、男二人は気遣いながら誤解を解いていく…


––数分後。


「そんなことだと思ってましたよぉ、渡入君は説明がホントにヘタクソですねぇ。」


 薬が効いて調子づいてきた部長。ヘタクソという言葉は、男が言われて傷付く言葉ランキングの上位に入るということを女性の皆様には知っておいて頂きたい。傷心の私をおいて同学年の二人は話始める。


「尾出 幹君…ですよね、去年も実は勧誘に来てたんですけど…覚えてます?」


「正直、顔を見る前に逃げてたから、覚えて…ない、でも聖里さんのことは近くの席の人の噂話とかで知ってた。」


「いやぁ噂になるほど有名なんて照れますねぇ、美人とか?それともやっぱ可愛いの方ですかね〜?」


 言葉に詰まる、傷つけない言葉を模索するべきか考え…それでは今までと変わらないと、途中で思い直す。


(よし、そのまま言おう!)


「数多のロリコンが、いくら貢いでも攻略できない、難攻不落のロリコンホイホ––」


「あーあーそんな不名誉な噂、聞こえない聞こえない…貢がせたなんてことないですし、いーなぁって言ったらくれるけど、ありがとうってちゃんと…」


 耳を塞いで、よく分からない弁明をし始めた聖里さん。言葉選びを間違えたらしい、フォローしないと…


「僕はロリコンじゃないけど、聖里さんは綺麗な人だと、思う。あと笑った顔も、優しい話し方も好きだよ。」


 放心したように、それまで聞いていた渡入君が、ハッと急になにかに気付いたように荷物をまとめ始める––そして。


「…失礼、私は席を外しましょう。あとは二人ホテルでなりトイレでなりごゆるりと…」


「いや、待ってトイレはおかしいから!!…ホテルもだけど…」


 顔を赤らめた聖里さんが、去ろうとする渡入君の腕をガシっと掴む。仲が良いなぁとほっこりする、フォローは成功したみたいだ。

 聖里がおずおずとこちらに聞いてくる。


「それで!あの、話を戻しますけど、ウォシュレット部の件…どうですかねぇ?」


 そうだ入部の件、それを話そうとしていたんだと思い出す。誘われたのが陸上部だったのなら、何の迷いもなく入部しただろう。


 しかしウォシュレット部か…正直何も分からない、そして分からないことは怖い。


「実は私達、二回男子トイレでの尾出君がウォシュレットを使ってその…してるのを知ってるんです…」


 気付かれていたなんて…と今度は恥ずかしさに逃げ出したくなる。思いを行動に移そうとすると、言葉が続いてきた。


「だからだれよりウォシュレットに愛着を持ってる尾出君に、ウチの部に入って欲しいと思って…」


 それを聞いて足が止まる。そこまで知った上で、僕に手を差し伸べてくれる人がいるなんてと驚きを隠せない。


 ウォシュレットのことなんて、ほとんど知らないし、今までの僕ならそれでも断っていただろう、でも今の僕なら…この二人と一緒なら、きっと…

 

「ありがとう…愛着とか拘りはあるけど、全然詳しくないよ?それでも、いいなら…」


「あと録音し…ホントですか?!」


 なにか言いかけたが、聖里さんの満面の笑みを見ていたら、どうでもいいことのように思えた。


「うん、じゃあ二人とも、今さらだけど、よろしく…」


「こちらこそよろしくですぅ、ふっふっふ…とうとう三人集まりましたね!これで晴れて正式な部を名乗れますよ〜祝同好会卒業!」

 

 跳ね回る聖里さんを退けて、渡入君が近づいてきた。


「先輩なら最後は決心してくれると信じていました…改めてようこそウォシュレット部へ!」


「あぁ!それわたしの台詞なのに酷い!」


 ワイワイと騒いでいると…階段の上から女生徒が降りてきた。長い黒髪にメリハリのあるスタイル、聖里さんと対極なイメージの綺麗な人だと思う。そして気付くと、渡入君がその正面進み出ていた。


(友達なのかな?それとも…)


 あと三歩ほどの距離で、互いに停止、無言のまま見つめ合う。端正な顔立ちの二人が向き合うと絵にはなるが…チラリと聖里を見ると目が合う、考えていることは同じらしい。


((無言長っ!!!))


 既に見つめ合って五分は経過している。この沈黙を苦痛に感じない二人は、変人と呼ばれる部類の人間なんだろうなと、自分を棚に上げて変態は思う。


 見つめ合う渡入は、美女は、果たして何を思っているのか––?

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